第18話 真似をする者
最初に真似をしたのは、賢い国だった。
交易で栄え、学者を抱え、
制度改革の成功例として名を知られている都市国家。
王国より小さく、だが柔軟だと自負している。
「北方の集落の件だが」
評議会で、一人の官僚が資料を掲げた。
「大規模な制度を敷いていないにもかかわらず、
事故率が低い。
復旧が早い」
「統計は?」
「不十分です。
記録が簡素すぎる」
別の官僚が言った。
「なら、思想だけ抜き出そう。
“余白”だ」
その言葉に、全員が頷いた。
余白。
便利な言葉だ。
定義しなくても、賛成できる。
都市国家は、新しい指針を出した。
《現場判断を尊重する》
《一定範囲の裁量を許可》
《失敗は許容する》
紙の上では、完璧だった。
だが、現場は違った。
「裁量の範囲は?」
「まだ定まっていない」
「失敗の責任は?」
「共有、だそうだ」
共有。
それは、誰のものでもないという意味でもある。
数週間後、小さな事故が起きた。
倉庫の屋根が、部分的に崩落。
死者は出なかったが、負傷者が出た。
「判断が早すぎた」
「いや、遅すぎた」
「誰が決めた?」
議論は噛み合わない。
最終的な報告書には、こう書かれた。
《制度移行期の混乱によるもの》
《判断に大きな誤りはなし》
誰も責任を取らなかった。
だが、誰も納得もしなかった。
酒場で、囁かれる。
――北方の集落では、
こんな言い訳は聞かないらしい。
噂は、形を変えて広がった。
北方。
アルトは、集落の集会に出ていた。
屋根の修理についての話し合いだ。
「前より、雪が重くなってる」
「なら、梁を太くする?」
「材料が足りない」
「じゃあ、傾斜を変えるか」
意見が出る。
ぶつかる。
決まる。
誰かが言った。
「失敗したら?」
「そのときは、
決めたやつが謝る」
笑いが起きた。
軽いが、重い言葉だ。
会合が終わり、アルトは一人、外に出た。
夜風が冷たい。
遠くの街道で、
馬車の灯りが揺れている。
——もう、始まっている。
自分が何かしたわけではない。
教えたわけでもない。
書物を出したわけでもない。
それでも、
思想は勝手に歩き出す。
そして、
一番危険な形で真似される。
「責任のない余白」
アルトは、そう呟いた。
帳面を開く。
今日の記録。
《屋根改修検討》
《判断:共同》
《責任:施工者》
短い。
だが、ここには線が引かれている。
誰が決めたか。
誰が引き受けたか。
それがない余白は、
ただの穴だ。
焚き火の火が、風に揺れた。
——このままでは、
“余白”が人を傷つける。
アルトは、帳面を閉じた。
まだ、教ばない。
だが、
見て見ぬふりもしない。
次は、
断る話になる。
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