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追放された制度設計官は、国が壊れるまで戻らない 〜正しい改革が、なぜ人を殺したのか〜  作者: 影山クロウ


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第17話 静かな噂

噂は、境界を選ばない。


街道を進む荷車の上で、

港町の酒場の隅で、

そして、帳簿の余白で。


それはいつも、

「問題が起きていない」という形で語られた。


――あの北方の集落では、

 大きな事故が出ていないらしい。

――死者が少ないというより、

 “間に合わなかった”話を聞かない。


誰も確かな数字を持っていない。

報告書もない。

だが、噂は消えなかった。


王都から遠く離れた、ある交易都市。

小さな会合で、学者風の男が首を傾げた。


「奇妙ですね。

 あの地域、資源は乏しく、

 制度も洗練されていないはずですが」


「だからでしょう」

と、別の男が答える。

「洗練されていないから、

 壊れたらすぐ直す」


「それは制度ではない」

「ええ。

 だから、記録に残らない」


その言葉に、場が静まった。


記録に残らない。

だが、結果だけが残る。


数日後、別の都市国家で、

小規模な水害が起きた。


被害は軽微。

だが、復旧は遅れた。


「基準を待ったからだ」

現地責任者は言う。

「越えてからでないと、

 動けなかった」


その夜、酒場で囁かれる。


――北の集落なら、

 越える前に動いたらしい。


噂は、つながり始めた。


北方。


アルトは、集落の外れで杭を打っていた。

新しい畑の境界だ。


「先生、少しずらしますか?」

若者が聞く。

「雨の流れが変わりそうです」

「……そうだな。

 半歩、上へ」


若者は、言われた通りに動かした。

理由は聞かない。

必要になったら、後で分かる。


そのとき、見慣れない旅人が近づいてきた。

服装は質素だが、歩き方が軽い。


「失礼。

 この辺りで、

 判断を現場に任せている場所があると聞いた」


アルトは、手を止めた。


「噂です」

「ええ。

 ですが、噂を確かめるのが、私の仕事でして」


旅人は、名を名乗らなかった。

だが、言葉の端々に、

制度を知る者の匂いがあった。


「あなたが、設計を?」

「いいえ」

アルトは首を横に振る。

「ここでは、

 設計は全員がしています」


旅人は、少しだけ笑った。


「それが、

 一番真似しにくい」


その言葉を残し、

旅人は去っていった。


夕方、アルトは帳面を開く。

今日の記録。


《杭位置変更》

《理由:雨水流路予測》

《結果:問題なし》


短い。

だが、誰が判断し、

誰が引き受けたかが分かる。


彼は、ふとページをめくった。

白紙が続く。


余白。


——この余白を、

 世界は放っておかない。


理解のために。

利用のために。

あるいは、

正しさに組み込むために。


焚き火の向こうで、

若者たちが笑っている。


ここは、まだ小さい。

だから、戻れる。


だが、

小さいがゆえに、

見つかってしまった。


アルトは、帳面を閉じた。


まだ、答えは書かない。


世界が、

どんな問いを持ってくるのか——

それを、見てからでいい。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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