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追放された制度設計官は、国が壊れるまで戻らない 〜正しい改革が、なぜ人を殺したのか〜  作者: 影山クロウ


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第16話 余白のある場所

朝は、静かに始まった。


北方の集落には、王都のような鐘はない。

代わりに、鳥の声と、土を踏む足音がある。


アルトは川辺に立ち、水の流れを見ていた。

昨夜の雨で水位は少し上がっている。

だが、溢れるほどではない。


「……想定内だな」


そう呟き、岸に積んであった石を一つ、少しだけ上流に動かす。

目印だ。

次に失敗したとき、迷わないための。


背後で声がした。


「先生、水路の様子はどうですか」

「問題ない。

 だが、次の雨では越えるかもしれない」

「そのときは?」

「そのときに、直す」


若者は頷いた。

ここでは、未来を約束しない。

ただ、修正できる距離にいる。


昼前、集落に旅人が立ち寄った。

商人ではない。

使者でもない。

だが、王都訛りが混じっている。


「……この辺り、

 最近“死ににくい”と聞きまして」


アルトは、手を止めた。


「噂です」

「ええ。

 ですが、噂は数字より早く広がる」


旅人は、それ以上踏み込まなかった。

名も告げず、礼をして去っていく。


アルトは、背中を見送った。


——来たか。


予感はあった。

だが、恐れはない。


夕方、焚き火を囲み、人々が集まる。


「橋の板、一本割れました」

「交換した?」

「しました」

「なら問題ないな」


笑いが起きる。

誰も責めない。

誰も隠さない。


失敗は、ここにある。


アルトは帳面を開き、今日の記録を書く。


《水位上昇》

《原因:昨夜の雨》

《対応:観測のみ》

《被害:なし》


ページをめくり、余白に一行、書き足す。


《次回、増水時は警戒》


それで終わりだ。


夜。

焚き火が静かに燃えている。


遠くの空に、灯りが瞬いた。

王都の方角だ。


あそこでは今も、

正しい判断が、

正しい手順で、

正しく下されている。


国は続いている。

壊れてはいない。


だから、あの追放は間違いではなかった。


間違いだったのは、

正しさを、修正できない形にしてしまったことだ。


アルトは焚き火のそばに腰を下ろし、帳面を閉じた。

だが、今日はそこで終わらなかった。


帳面の最後の白紙に、

無意識に線を引いてしまったのだ。


余白。


彼は、少しだけ眉をひそめる。


——この場所は、

 世界を救わない。

 国も変えない。


だが、

世界が放っておくとも限らない。


アルトは、ペンを置いた。


《正しさは、

 遅れると人を殺す》


その下に、書き足す。


《だが、

 遅れた正しさを、

 どう扱うかは選べる》


火が、ぱちりと音を立てた。


夜は深い。

だが、冷えすぎてはいない。


アルトは立ち上がり、集落を見渡す。


ここは、戻れる場所だ。

だが——

閉じた場所ではない。


誰かが、必ず来る。

理解のために。

利用のために。

あるいは、間違えるために。


そしてそのとき、

自分はまた選ばなければならない。


止めるのか。

見送るのか。

教えないのか。


アルトは、まだ答えを書かなかった。


余白は、残しておくものだ。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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