第14話 戻れない理由
使者は、二人だった。
一人は宰相府の文官。
もう一人は、かつてアルトと同じ会議室に座っていた男だ。
北方の集落に、王都の馬車が止まる。
人々が作業の手を止め、遠巻きに様子をうかがった。
アルトは、何も言わずに前に出た。
「……久しぶりだな」
声をかけたのは、後者だった。
疲れが、隠しきれていない。
「話は、分かっている」
アルトは先に言った。
「理解した、という報告も」
文官が一歩前に出る。
「王国中央は、
あなたの判断が正しかったことを、
公式に認めました」
それは、最大限の譲歩だった。
三年前なら、あり得ない言葉だ。
「地位も用意します。
決裁権も、例外的に認める」
アルトは、表情を変えなかった。
「責任は?」
文官は、ほんの一瞬、目を伏せる。
「……国家として、引き受けます」
アルトは、静かに首を横に振った。
「それでは、意味がありません」
二人が息を呑む。
「国家が引き受ける責任は、
いつも“分解”されます」
アルトは、集落の奥を指差した。
壊れた水車が、修理途中で止まっている。
「ここでは、
壊した人間が分かる」
「直す人間も分かる」
「だから、次に活かせる」
文官が言った。
「……王国は、
その規模ではありません」
「だからです」
アルトの声は、低く、はっきりしていた。
「規模が大きすぎる場所では、
正しさは“平均”になります」
後者の男が、堪えきれず口を開く。
「それでも……
戻ってくれないか」
アルトは、彼を見た。
かつて同じ机で、
同じ国の未来を考えていた顔だ。
「君たちは、
間違えなかった」
その言葉に、男の肩が震えた。
「だが——」
アルトは続ける。
「間違えられなかった」
沈黙。
「戻れば、私は
また“止める役”になる」
「だが今の国は、
止まることを許さない」
「なら、
私は免罪符になるだけです」
文官が、声を絞り出す。
「……それでも、
国は続きます」
アルトは、頷いた。
「ええ。
だから、戻りません」
その答えに、
もう交渉の余地はなかった。
二人は深く礼をし、
馬車へ戻った。
誰も、背中を呼び止めなかった。
夜。
焚き火の前で、
若者がアルトに尋ねる。
「正しかったのに、
どうして戻らないんですか」
アルトは、少し考えてから答えた。
「正しかったからだ」
若者は、首を傾げる。
「正しさは、
遅れると人を殺す」
アルトは、火を見つめた。
「だから私は、
遅れない場所にいる」
帳面を開き、今日の記録を書く。
《王都より再要請》
《拒否》
その下に、最後の一文。
《戻れば、
正しさがまた遅れる》
ペンを置く。
遠く、王都の方角に、
微かな光が見えた。
あそこでは今も、
正しい判断が、
正しい手順で、
正しく下されている。
それでも——
自分の居場所ではない。
アルトは、火が小さくなるのを見届け、
静かに立ち上がった。
選択は、終わった。
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