第11話 それでも国は回る
国は、回っていた。
改革は続き、物流は滞らず、税収は落ちていない。
王都の通りには人が溢れ、商人は声を張り、酒場は夜遅くまで明かりを灯している。
「落ち着いたな」
誰かが、そう言った。
否定する者はいなかった。
確かに、騒ぎは収まった。
緊急会議の回数は減り、
「念のため」という言葉は、使われなくなった。
死者は、出ていた。
だが、統計の中に収まる程度だ。
「想定内です」
「基準は守られています」
「過度に騒ぐと、現場が混乱します」
その言葉が、会議室の空気を整える。
誰もが、納得した顔で頷く。
英雄セインは、前線にいた。
医療中継所。
補給線の要衝。
かつてなら、彼が出るほどの場所ではない。
だが今は違う。
「次の便は、まだか」
「二日後です」
「……分かった」
彼は、それ以上言わなかった。
怒鳴ることも、命令を変えることもない。
判断は、制度が下す。
英雄の役割は、現場を鼓舞することだけになった。
患者が、一人亡くなった。
報告書には、こう書かれる。
《対応は適切》
《手順に問題なし》
セインは、その紙を見つめ、拳を握った。
だが、破りはしなかった。
破れば、秩序が壊れる。
秩序を壊すほどの理由は、ない。
「……次へ行こう」
彼は、そう言った。
それが、この国の“強さ”だった。
王都。
宰相ヴァルドは、朝の報告を流し読みした。
赤印は、三つ。
昨日より、一つ少ない。
「減っているな」
それだけで、胸を撫で下ろす。
減っている。
ゼロではない。
だが、減っている。
国は、良くなっている。
そう言い聞かせるには、十分だった。
彼は、ふと窓の外を見た。
街は、平和だ。
子どもが走り、荷車が行き交い、
人々は未来の話をしている。
「……これが、現実だ」
彼は、そう結論づけた。
完璧な制度は、存在しない。
多少の犠牲は、避けられない。
それが、国家だ。
夜。
北方。
アルトは、集落の中央で、壊れた水路を直していた。
石がずれ、水が溢れた。
原因は、施工ミスだ。
「すみません」
「いい」
「俺が悪い」
「だから直す」
それで終わる。
責任は、ここにある。
水路は直り、
誰も死ななかった。
アルトは、手を洗いながら思う。
——国は、回る。
——回っている限り、
人は「正しい」と思ってしまう。
帳面を開き、今日の出来事を書く。
《水路破損》
《原因:施工ミス》
《対応:即時修正》
《被害:なし》
短い記録だ。
だが、そこにはすべてが書いてある。
王都の記録は、違う。
《死亡一名》
《対応適切》
《制度に問題なし》
それも、間違ってはいない。
ただ、
直した記録が、存在しない。
アルトは、帳面を閉じた。
王国は、まだ崩壊していない。
英雄は立ち、
宰相は決断し、
人々は生きている。
それでも——
この国は、
「死に慣れた国」になりつつある。
そしてそれは、
滅びよりも、
ずっと静かで、
ずっと深い崩れ方だった。
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