第10話 正しい修正
王都は、忙しかった。
修正が始まったからだ。
改革そのものは否定されなかった。
否定できなかった、と言うべきかもしれない。
数字は依然として良好で、国は回っている。
だから修正は、こう定義された。
――改革を前提とした、部分的な調整。
宰相ヴァルドは、会議室の中央に立ち、言った。
「効率は維持する。
ただし、リスクの高い部分に限定して緩衝を設ける」
官僚たちは頷いた。
現実的だ。
誰も責任を負わずに済む、最善の案。
若い官僚が質問する。
「緩衝の判断基準は?」
「統計に基づく」
「どの程度の異常で発動しますか?」
宰相は、迷いなく答えた。
「死亡率、事故率が
有意差として確認された時点だ」
その瞬間、
誰かが、ほんのわずかに目を伏せた。
――それでは、遅い。
だが、誰も言わなかった。
言えば、責任を問われる。
修正案は、即日通過した。
現場に通達が出る。
新・新基準。
名称は変わらない。
中身だけが、少し増えた。
だが、その「少し」は、
設計思想ではなく、条件分岐だった。
北方。
アルトは、噂として修正を聞いた。
帳面を閉じ、目を閉じる。
(……それでは、持たない)
彼は、理由を言語化しなかった。
もう、する必要がない。
数週間後、再び報告が上がる。
今度は、二名。
別の輸送線。
だが、同じ判断基準。
「緩衝は発動しなかったのか」
「数値が、基準未満でした」
正しい。
基準通りだ。
王都では、会議が荒れた。
「なぜ止まらなかった!」
「基準は守った!」
「なら基準が悪い!」
「だが誰が決めた!」
言葉が、宙を舞う。
宰相ヴァルドは、机に手をついた。
「……アルトなら、どうした」
誰も答えなかった。
答えられなかった。
なぜなら、
アルトは“基準で止めていなかった”からだ。
彼は、
止める必要があるかどうかを、
基準になる前に考えていた。
だが、その思考は、
どこにも残っていない。
英雄セインが、低く言った。
「……俺たちは、
判断を、制度に預けすぎた」
沈黙。
誰も、否定しなかった。
北方。
アルトは、集落の子どもに言った。
「失敗したな」
「うん」
「じゃあ、どうする?」
「なおす」
「それでいい」
そのやり取りが、
王都には、もう存在しない。
夜。
宰相ヴァルドは、一人で資料を見返していた。
追放決定書。
自分の署名。
「……正しかった」
そう呟き、
しばらくして、続きを言えなくなった。
正しかった。
だが、正しすぎた。
国は、まだ壊れていない。
だが、戻れない。
その事実だけが、
重く、静かに残った。
北方の夜は、今日も冷え込んでいた。
アルトは帳面に一行、書き足す。
《修正は行われた》
《だが、回復は行われていない》
ペンを置き、空を見る。
星は、王都からも見える。
同じ光だ。
それでも、
見ているものは、もう違う。
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