第3話 主人公になんてなりたくない!
「いくつか聞きたい事があるんだけど、まずどうして貴方…男の子の姿なの?」
*
社交パーティーの会場から移動した私達は、学園そばに立っている寮の私の部屋にいた。
私は1人部屋なので、他の誰かが急に入ってくる事は余程ない。
それはつまり、元婚約者が学園で姿を見た事がないと言っていたレインを匿っていてもバレる心配がないという事だ。
同じく生徒の私から見ても、素性の分からない彼は不審者だ。見つかればきっと外に摘み出されるだろう。
せめてその前に、私はレインに聞きたい事が山ほどある。やりたい事もあるが、それは事態が落ち着いた後にゆっくりする事にしよう。
今はこの部屋で、この子を守る事を優先しなくては。
そんな私をよそに、会場からくすねたケーキやご馳走を机に広げるレインはルンルンと楽しそうにしていた。
「(…やっぱり、可愛い子ね)」
「ねーぇ、つばた!僕さ、お肉はあまり食べないから分からないんだけど…このローストビーフって美味しいかな?前の世界にもあったよね、丼にしてるやつ!」
おぉ、サラッと転生前の世界の話をしてきた。
もしかしたら、その辺りの事情についての彼の認識は軽いもので、私もこの子には話のネタの一つという軽い感覚でしても良いのかもしれない。
「…そうね…私はローストビーフ、好きよ。この世界には無いけど…ほら、この白い方のソースをかけて食べるのが私は好き。レインもどう?」
「ちょっと!それ山わさびソース!!辛いやつでしょ!!僕が辛いの苦手なの知ってる癖に!」
「んふふ、相変わらずお子ちゃまなんだから」
「あんまり意地悪するとつばたの分のケーキ食べちゃうんだから!」
「はいはい、ごめんなさいって。あんまりプンプンすると、私がキスしちゃうわよ?」
「…………それ以外の時もしたがる癖に」
「分かってるじゃない。……ところでいくつか聞きたい事があるんだけど、まずどうして貴方…男の子の姿なの?」
その質問に、副菜のカナッペを口に運ぶレインは手も止めずに即答した。
「だってこれからつばたの隣にいようと思ったらさ、姫を守る王子様みたいな構図で行った方が…つばたの学園内の地位的にも違和感なく馴染めて良いかなって。女の子同士だと、周りからちょっと距離近すぎるって思われそうだったから…」
彼はまた、サラッと大事な事を言った。
聞き間違いでなければ、これからは私の隣にいると確かに言っていた。
「…私の隣に、いてくれるの?これから?」
「うん!その為に戻ってきたんだから!…もしかして、今の姿じゃやっぱり覇気がない!?もっと強そうな姿が良かったかな?それとも猫とか動物?つばたの隣にいて、安心する姿で僕はいたいの!要望があるなら何でも言って!」
「………なら、お願いがあるの」
「うん!なぁに?君が望むなら、どんな姿にもなるよ!」
「…私が知ってる貴方がいい。元々の貴方が…女の子のレインが良いの」
「………本当に、本当に、それで良いの?」
「当たり前じゃない…どんな姿でも貴方は貴方だけど…私の為に姿を変えるくらいなら…本当の姿で隣にいて欲しいの。…私だって、貴方が安心できる環境でいて欲しい。2人で一緒に…幸せになりたいの」
「つばた……」
「それにね、私は女の子の…本当のレインの姿がやっぱり一等好きよ。男みたいな力は無いし、小さくて綺麗で可愛らしい姿。でも…貴方はそれだけじゃない。私にとっては、その背中も手も足も全てが…とても強くて頼りになるものだった。だけど私、もう随分とその姿を見ていないの。久しぶりに顔を見たいわ。」
それはもう、離れ離れの時間以上に。
貴方の顔をずっと見ていたいの。
「……分かった。あのね僕、低い身長も小さい胸もコンプレックスだったけど…それでも自分の姿…大好きなんだ。だからね、つばたも好きって言ってくれるの…凄く嬉しい。ありがとう。」
レインはそう言うと、立ち上がり私から数メートル離れた場所に移動する。
「元の姿に戻るから、つばたにも見ていて欲しいな。僕の事…見ててね」
「えぇ、勿論。ちゃんと貴方を見ているわ。だから、貴方は貴方のままで…私の元へ帰ってきて頂戴」
「うん!…ちょっと待っててね…」
レインが静かに目を閉じると、全身が眩い光を放ち始め室内がまるで昼間のように明るく照らされる。
その光量はとても強く、私は思わず手の平で顔を覆いながら目を閉じる。
少しだけ開いた目で指の隙間から覗き見ると、光源となっているレインの姿は先ほどの青年の体からみるみる変化していった。
ガッチリとした体は私よりも一回り小さい、少女の体型になり身体的特徴も女性のものに変わる。
短かった髪も長く伸び、毛先がクルンと巻かれそのシルエットは私のよく知っている姿となっていた。
「……綺麗」
思わず私は呟いた。
そしてレインが目を開くと同時に、体から放たれていた光が一気に弾け飛び部屋は元の明るさを取り戻す。
「………っ……」
目の前には私がよく知っている、女の子の姿のレインが立っていた。
蜂蜜色で、毛先がクルンと巻かれた長い金髪。
少しつり目で、沖縄の海の色のような瞳。
16歳の平均身長よりも小さい体と白い肌。
両耳についた、ガムランボールのピアスはあの時と変わらずに彼女の動きに合わせてシャランと小さな音を奏でている。
レインは、私の顔を見るなりニッコリと笑う。
その笑顔もまた、何も変わっていなかった。
私は言葉を発することができず、そのままヨロヨロと歩きたての赤子のように彼女の元へ向かう。
そして感情のままに、彼女の小さな体に縋りついた。
「レイン」
「うん、僕はレインだよ」
「レイン…レイン…レイン…!!!!」
さっきあんなに泣いたというのに、私の涙は呆気なく再び溢れ出した。
レインの胸元に頬を擦り寄せ、彼女の服が私の涙で濡れるのも構わずに私は大声を上げて泣いた。
何度も何度も、愛おしい彼女の名前を呼びながら。
2度と離さないと言わんばかりに、彼女の体に抱きつきながら。
今の貴方の姿じゃ、私のこの力のこもった抱擁は痛いでしょうに。
それでも彼女はこんな情けない姿の私の背中に優しく手を回し、時折片方の手の平で私の頭を撫でる。
部屋の中が涙の海に溺れてしまうのではないか。
そう思うくらい、私は泣いた。
化粧もすっかり落ち、泣き腫らした目に鼻水は垂れ、貴族令嬢としての風格や威厳はもうすっかり無くなっていた。
それでも私は、彼女に自分の弱さを見せる事に抵抗なんて無かった。
ただただみっともなく、母親を見つけた迷子の子供のように私は泣き続けたのだった。
明日起きたら、全てが幻になっていませんようにと願いながら。
*
気付いたら、眠ってしまっていた。
泣き疲れてしまったのだろう。
瞼に何と無く痛みがある、恐らく泣きすぎて腫れた。
声も少し枯れており、昨晩の号哭があまりに喉へダメージを与えていた事を物語っていた。
ただ、あれだけ泣けば当然ではあるがかなりスッキリとした気持ちになっている。
ああ、これで今日から私は希望を抱いて生きれる。
そんな確信さえ持つほどだった。
レインは私の胸元でスヤスヤと眠っていた。
ここで私達が、一つのベッドを二人で使っていることに気付く。
きっと私が寝落ちた後、彼女が運んでくれたのだろう。
前の世界では、私が貴方を運んでいたんだけどね。
静かに寝息を立てて眠るレインにの前髪を、優しく撫でるように触る。
「(…良かった、起きたらいなくなってなくて)」
他にも色々聞きたいことがあるとは言ったけど、結局聞きそびれちゃったわね。
そういえば、今は何時なのかしら。
時計を確認すると、時刻は始業時間から30分過ぎていた。
「………遅刻ね」
転生後、人生初の寝坊だった。
*
「というわけで、前の世界で貴方がどうして私の前から姿を消したのかを聞きたいのだけども」
「いや遅刻してるんだよね?まだ朝ご飯も食べれてないのに、それ話してる余裕なくない?…さてはもう開き直ったな!?」
「えぇ、そうよ。どうせ初めての遅刻だし、私は一応優秀な生徒として見られていたから適当な理由付ければなぁなぁで許されると思っているわ。」
「こ、こいつ……本当に許してもらえると思っている顔してる…」
「とりあえず朝食をつまみながら私の質問に答えて頂戴。流石に事情を知っておかないと、私もこれから臨機応変に対応できないわ」
「…まぁ、それもそうね」
レインはくわっと口を開けて欠伸をしながら、伸びをするとベッドから降りる。
私はともかく、彼女まで起きなかったあたり相変わらず朝は苦手なようだ。
まだ眠そうな顔をして、モサモサと私の元へ歩いてくるレインの髪は、もともと猫っ毛気味なのもあり至る所にハネ回りしっかりと癖がついていた。
「(ご飯を食べたら、この凄まじい寝癖も直してあげないとね。)」
「この学園って基本食堂使うんだよね?流石にこの時間帯に行ったら、ご飯食べる前に教師に捕まりそう…」
「昨晩かっぱらってきた食事がまだ残ってるから、それを食べましょ。ふふ、実は良いものがあるの」
私は部屋にある棚の一つを開けると、中から未開封の食パンを取り出した。
この街にある人気のパン屋で購入した、ふわふわ湯種食パンである。
とても美味しいという評判を聞きつけ、買いに行ったものだ。
「このパンで残り物をサンドイッチにして食べましょう」
*
「…それで、どうして貴方…私の前から、いや世界からいなくなったの?」
「神様になったからだよ」
サラリと返された言葉に、サラダを口に運んでいた手が思わず止まる。
神様?…神様って、あの?
私の中で、「神様」という言葉が何度も反芻した。
確かに彼女は…そう呼ばれるに相応しい人間だと私は思う。
彼女が無自覚に振り撒く優しさや慈悲、そして自らを盾とし誰かの命を助けようとする自己犠牲の強さ…誰が見てもその姿は眩く、そう簡単に到達できる場所にいない。
正しく彼女は、神様だと思う。
けれど、なったって…?
「…何が、あったの?」
「詳細は言えないなぁ。僕、君に嫌われたくないしね。」
「嫌わないわ…!!絶対嫌ったりしない…!!そんな事を言ったら、私だって…本来なら貴方に嫌われてもおかしくない事を前の世界ではしてるじゃない…」
「うん、僕じゃ無かったらアウトだとは思う。つばたは確かに、社会から追い出されかけるような事をした…それは事実だ。…でも、僕のは……規模が大き過ぎるんだよ」
「…もしかして、そのツケを払うために…嫌々神様に?」
「それは違うよ、全部僕の意思だ。確かに紆余曲折あったけど…最終的には僕が自分で神様になる事を決めたの、だから後悔なんてしてないよ。それにね…他人から見たら確かに真っ当な人間の判断じゃないと思うけど、僕にとっては初めて自分と向き合って、傷つけ合って決めれた大事な決断だったんだ。だから…結果的にも、神様になって良かったなって思ってる」
…それが、世界から貴方の存在を消し去る事になっても?
私はそう言いそうになったが、口を紡ぐんだ。
それもまた、この子の判断だったのだろう。
自分の存在まで消さなければならない事情が、あったのだ。きっと。
でも…どうして私に話してくれなかったの?
どうして…今も私に全てを話してくれないの?
「(私は貴方のことなら…全てを受け入れられるのに…)」
「君の元に戻ってきたのは、転生した君が心配だったから。…黙っていなくなった上に、酷い取り残し方をしてしまった僕が一番悪いんだけど…転生してからも君があまりに悄然としているから…」
「…貴方のせいなんだからね」
「うん、そうだね。僕のせいだ。…ごめん、本当にごめんね」
「私のことが心配なら、今度はちゃんと最後まで隣にいて。…絶対に黙っていなくならないって、約束して頂戴」
「勿論!ほら、指切りしよう?」
私の前に小指を向けるレイン、私は同じように小指を出しキュッと絡める。
これって神様との契約になるのかしら。
それはそれで幸せね…きっとこの約束は、運命の赤い糸よりも重たく確証あるものになるんだもの。
神様が約束を違うなんて、そんな事絶対しない筈だものね。
「指切りげんまん、嘘ついたら……どうしよ?」
「じゃあ嘘ついたら、私がレインにエッチなお仕置きする事にしましょ」
「…………煩悩が過ぎない?」
「私の気持ち知ってる癖に?本当なら今すぐにでも100回くらいキスしてやりたいのよ私は、恋人同士じゃないからやらないだけで我慢してるの」
「…じゃあ、キスして良いよ。恋人同士、なろ?」
「……ん?」
「安心して、何も惰性とか君への同情とか罪悪感で言ってるわけじゃない。ま、こんな所まで君を心配して駆けつける僕も大概だよなぁ…って思っただけ。僕、恋愛事は経験無いからニブチンだったんだなぁ…そういう事」
ぷいと顔を逸らすレインの顔は、相変わらず全てを俯瞰しているような表情だったがプックリと吸い付きたくなる頬はしっかりと桃色に染まっていた。
私は思わず、彼女に飛びつく。
さっきまで気分が落ち気味になっていた私は、待ち侘びた待望の展開に簡単に舞い上がり、まるでお花畑で踊っているかのような気持ちになっていた。
「もう!!本当に!ほんとーに!ニブチンなんだから!!!」
「僕も本当にそう思う……」
「あーもう許嫁とか血筋とか知ーらない!私、レインと結婚するんだから!!あっ、もう婚約破棄されてるし関係ないわね!これで人目も憚らず、恋人としてイチャイチャできる!!」
「あっ、こら!君さっきコーヒー飲んでたでしょ!?その口でキスは嫌!苦いからやめて!」
「私がそれを素直に呑むと思ってるならまだまだ甘いわね〜♡嫌がるレインも可愛いわよ♡」
「にゃーーー!!!!」
こうして私は、神様と恋人になった。
*
「あら、つばたさん。もう体調は大丈夫なの?あんまり無理しちゃダメよ…レインさん、今日は彼女の様子を特に気にしてあげてね。つばたさんの一番のお友達の貴方にしかお願いできない事よ」
「はい!ちゃんと僕がそばで見てますから、任せてください」
「………………」
レインの話を信じていないわけでは無かったが、彼女は本当に神様になってしまったようだ。
初対面の筈の教師や生徒達は、レインの存在を疑う事なくこの学園の生徒だと認識している。
おまけに、私が体調不良で遅刻していたという与太話はまだ誰にも連絡すらしていない。
私が心配していた物事は全て、サクサクと都合良く進んでいた。
「(…これが神様の力、なのかしら…)」
確かにこんな事ができるなら、自分の存在を世界から消し去ることも容易いわけだ。
彼女の決断を考えると、ズキっと胸が痛んだ。
「つばた、どうしたの?もしかして本当に体調悪い?」
「…いいえ、大丈夫。貴方がいるから、私はもう大丈夫よ」
「……うん、そっか」
「さ、教室に行きましょう。次の授業に遅れちゃうわ」
私はそう言うと、彼女の手を取り指を絡めて歩き出す。
それに引っ張られるように、レインも歩き出した。
お互い繋ぐ手を嫌がる事も恥ずかしがる事もない。恋人繋ぎで二人、廊下を一歩一歩踵を鳴らしながら歩く。
「あのね、僕の席もつばたの隣にしといたよ。だから授業中もすぐ近くで一緒だね」
「そうなの?神様ってそんな事もできちゃうのね」
「私情すごく挟んでるけどね!」
アハハと笑うレインの笑顔は、年相応の女の子の顔をしていた。
本当に、貴方は可愛い子。
思わずその頬に、チュッと軽くキスをしてしまう。
「………もう!!」
みるみるリンゴのように顔を赤く染める彼女のウブな反応に、私は思わず吹き出してしまった。
コラー!と覇気のない怒りを出すレインから逃げるように走り出すと、彼女も私を追いかけて走り出す。
まるで昔の、砂浜で追いかけっこをするカップルのように私達は廊下をキャイキャイと走った。
しかし相変わらずレインは足が速いようで、運動があまり得意ではない私はあっという間に捕まってしまった。
彼女は私の腰に抱きつき、逃さないと言わんばかりにカーペットの床を踏ん張る。
しかしその時の顔は楽しそうで、揶揄われる事も満更ではない様子だった。
「捕まえた!もう、流石においたが過ぎるんだから!」
「ならレインも私にキスしたらおあいこじゃない?」
「人目のつくところではしません!!」
「ケチィ」
「おい、廊下で騒ぐな。他の生徒の邪魔になる」
彼女の反応に、すっかり気を良くしていた私は突如降りかかった氷のような声に固まる。
声の方を見ると、そこには元婚約者が立っていた。
そばにはあの時の彼の運命の人とやらが立っており、気まずそうにこちらへ会釈をする。
私は返さなかったが、レインはそれにペコリと会釈し返した。
「…お友達は礼儀正しいようだな。シッシィ、君も彼女に会釈の一つや二つ返したらどうなんだ」
「だから私、シッシィじゃなくてつばただって言ってるじゃない」
「今はそんな話をしていない!」
「もー、つばたったら。意固地にならないの!ごめんね、彼女ちょっと今日は体調悪いみたいで」
「レインは彼に構わなくて良いの!!」
「そういうわけにもいかないでしょ〜!」
「………………」
彼は私…いや、私達を何とも言い難い表情でこちらを見ていたが、呆れたのかすぐに踵を返し運命の人を連れてこの場を去っていった。
「全く、私達の時間を邪魔しないで欲しいわ」
「廊下で走り回る僕らが邪魔なのは正論なんだけどね」
「……レインは、今回の婚約破棄…どっちが悪いと思う?」
「つばた」
「ゔっ…思い切り刺してきたわね……いやまぁ、私もそれは分かってはいるけど…もうちょっと味方して欲しかったというか…」
「そりゃあれだけ彼に興味ない素振りしてたら、他の相手に靡くのも当たり前だとは思うよ?二股かけられてた訳じゃないんでしょ」
「…そうね、そうよね…貴方はちゃんと正しい立ち位置を見極められる子だものね…」
「そりゃ神様ですから」
「でも私は彼に夢中になれないくらい、貴方の事が一番で…」
「まぁ要らないトラブルを避けようと思ったら、やっぱりもうちょっと態度を改めた方が良かったんじゃないかなとは思う」
「…レインのつばた心知らずー!!」
「何言ってるの?」
*
この日から私はレインと学校生活を共に送る事になった。
隣同士の席で授業を受け、休憩時間は二人きりで過ごし、放課後は街へデートに。
それはまさに最高の日々である。
なので私は……
「ねぇ、レイン。この問題分からないの…手取り足取り教えて?」
「レイン、私体育で疲れちゃった…チューしてくれないともう動けない…」
「今日の昼食のメニューも美味しそうね。レインがあ〜んしてくれたら、もっと美味しくなると思うの私…♡」
「え゛っ、職員室!?嫌よ面倒臭い!レインが手を繋いで一緒に行ってくれるなら行く!!」
「ねぇレイン、チューしたくない?チューしたい気分にならない?ていうか私がしたいからしましょ?ねぇねぇねぇねぇ」
「レイン〜!今日の宿題全然分からない!!教えてくれなくて良いから頭撫で撫でしてギュッてしてぇ〜!!」
「なんで私と一緒にお風呂入ってくれないの!?レインが一緒に入ってくれないなら風呂キャンするわ!!」
「私、レインのおやすみのチューがないと睡眠不足になっちゃうの…お願い♡」
レインがいる事で新たな人生を前進するどころか、彼女に全力で甘え倒しすっかり腑抜けになったのだった。
*
「……ってバカーーっ!!!!」
結果、私は生まれて初めてのレインからの全力ゲンコツを食らった。
「ちょっと!どうして僕が来た事で事態が悪化してるのよ!?ここはつばたが僕に普段のかっこいい姿を見せつけるもんじゃないの!?」
「だ、だって私、レインにはもう沢山弱みを見せてきたから今更かなって…かっこいい所を見せるよりも、ダメな所を見せて貴方に甘えたいの…」
「だからって職員室くらい一人で行きなさい!僕が学園の人間の認識を改変してなかったら、今頃君…周囲からドン引きされてるんだからね!?」
「嫌よ!私はこれからレインとイチャイチャする為に駄目な生徒になるの…優等生は終わりなのよ…これからのつばたは、恋人にヨシヨシされないと宿題すらできない女になるんだから〜!」
私はベットの淵に座るレインの膝に顔をグリグリと押し付け、それはもう情け無く駄々を捏ねた。
「赤ちゃんか!!…もう、しっかりしてよ。君はこれから、主人公になるんだよ?」
「…え?しゅ、じんこう?私が?」
「そうだよ。その為に僕はこの世界に来たんだから…君にはこの世界の主人公になってもらわないといけないの!」
私は、自分が課せられようとしている役割に空いた口が塞がらなかった。
主人公?え、どうして私が?
そんなのあり得ない、望んでもいない。
私には世界を背負う勇気も気持ちもない。
だって主人公は…。
「主人公は…レインのはずでしょ?」
「違うよ、僕はもう舞台を降りた。…次はつばた、君なんだよ。君が主人公にならないといけないんだよ」
その言葉が、私には酷く残酷に聞こえた。
私は、貴方にずっと主人公でいてほしかったのに。
どうして私を、貴方は選んだの…?
「ね?だからつばた、明日からはもうちょっと背筋を伸ばして主人公らしく…」
「嫌!私は主人公になんかなりたくない!そんなもの、私には背負えない!!」
「つばた……」
「だって私は…私にとっての主人公はいつまでも、レインただ一人だけなのよ…他の誰でも演じられない…貴方だけの役…それを私が継ぐなんて…」
「…自信、ない?」
「そうじゃないわ…解釈違いなの…」
「解釈違いって何?」
「貴方にはいつまでも、主役として舞台の上で輝いていて欲しいの。そして私はその陰で、誰よりも近い距離で人知れず貴方をひっそりと支えている。…そんな立ち回りで、充分なのよ。」
「………………」
「それにね、今はただただ…貴方と一緒にこの平穏な日々を笑って過ごしていたいの。失った時間を、もう一度取り戻したいのよ。…それを分かって頂戴」
「だけど、それじゃあ君の人生は…」
「そうね、レインという存在に囚われている。そんな事、貴方と離れ離れになる前から分かっているし、私は受け入れていたの。…貴方の事で苦しむ日も、悲しむ日も全てが幸せだったのよ。だからそれを…お願い、取り上げないで…」
私は、レインの両手を強く握り懇願する。
「私の手を、もう2度と離したりしないで…」
レインは何も言わなかった。
ただただ、黙って私に手を握られていた。
「ねぇ、レイン。明日の放課後はどこにデートしましょうか?」
「………甘いもの、食べたいな」
「それなら明日はケーキ屋さんに行きましょう。ふふ、明後日も明明後日も何をするか考えておかないとね…」
例え私の愛が依存だと言われようが構わない。
この舞台を支える鉄骨が錆び、ミシミシと悲鳴を上げようが私は主人公になったりしない。
この二人だけの甘い空間で、ずっと過ごすのだ。
例え舞台が崩れ、瓦礫の山になったとしても。
その隙間に二人で身を寄せて、世界の脅威からひっそりと身を隠しながら。
ねぇ、レイン。
私は本当に汚い女よ。
貴方を私の元へ縛り付ける為なら、貴方の私に対する罪悪感まで利用してやろうと思ってるの。
…本当に、どうして貴方は私に関しては特別見る目が無いのかしらね。
「…まぁ、暫くはいっか」
ため息と共にそんな言葉が、頭上から聞こえた。




