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1話 とある転生者の物語



次に目を開けた時、目の前に広がっていたのはこちらを愛おしそうに見つめる二人の男女だった。





俺は 風見野 (みぞれ)

日本生まれの25歳で、サラリーマンとしてとある会社に勤めているごく普通の一般人…の筈だった。

まさか、あんな事になるなんて…。


その日も俺はいつも通り業務を終え、定時から二時間を超えた時刻にタイムカードを打ち、会社を出るた。ウチはサービス残業禁止の、比較的まともな職場だ。


空はすっかり暗くなっており、街の至る所にある看板はピカピカと沢山の色で彩られ、流れていく飲み放題の文字列や香ばしい炭火の匂いがついた煙に引き寄せられるように、自分と同じく仕事帰りであろう人間達が楽しそうに店に入っていく。


そういえば今日は金曜日か。華金だな…。

俺はどちらかというと、自宅でコンビニやスーパーの割引品のつまみにビールで乾杯するのが好きな一人飲みタイプだ。目の前でジュウジュウと焼かれる焼き鳥に、ジョッキで出されるキンキンに冷えたビールの最初の一口、お通しの枝豆をつまみながら他の客の喧騒を眺めるのも悪くはないが、今日は気分ではない。


さて明日明後日は休み。

まずはこの平日を乗り越えた体と精神を労わる為の  一人お疲れ様会の準備だ。

今日は少し奮発して刺身でもいいなと、俺は周りに気付かれないようにだが、軽い足取りで行きつけのスーパーへ歩を勧めていた。


その途中、まだ21時すら回っていないというのに酷い酔っ払いが通りすがりであろうサラリーマンに絡んでいるのを見た。


絡まれている彼は、まだ着慣れていないスーツと飲み街には合わないおどおどした雰囲気で、俺から見たら新卒か普段こんな場所に来慣れていない人物なのだろうと思った。恐らく会社の飲み会終わりで帰路についていた所を絡まれたのだろう。


一方酔っ払いは呂律の回らない口で、訳の分からない言葉を大声で叫んでいる。ありゃ飲み過ぎだ…。

関わると面倒だが、ここで通り過ぎて後からモヤモヤするのも気分が悪い。


「おい、もうやめろ。アンタ飲み過ぎだ」


俺は酔っ払いの手を掴むと、そのまま腕ごと引っ張り上げて新卒君(仮)から引き離した。


「☆○×¥%<〒〆???#&♪☆1*!!!」


「いや何言ってるのか分かんねーよ…相手も困ってんだろ、誰かに絡んでる暇があるなら早く家に帰んな」


するといきなり酔っ払いが俺の胸ぐらを掴み、罵声をあげてきた。…相変わらず何言ってるかは分からんが。


「ったく面倒だな…警察呼ぶぞ」


警察という言葉を聞いた瞬間、酔っ払いは顔真っ青にして掴んでいた胸を離し、そそくさと逃げていく。あんだけ呂律回ってない状態でも、警察の言葉の意味は分かるんだから、流石のネームバリューだな。正直助かった。


「あ、あの、ありがとうございました…!なんとお礼を申し上げればいいか…」


新卒君(仮)がおどおどと俺に頭を下げる。

酔っ払いの戯言とはいえ、見慣れてないと怖いよなぁ…。


「気にすんなよ。ま、暫くは一人で夜の通りを出歩かないようにしたほうがいいぞ。酔っ払いでも人見て絡みに行ってる奴もいるからな、気ぃつけろよ」


じゃ、と片手をあげて俺はそのままスーパーの方向へ歩いて行った。

まったくとんだアクシデントに見舞われたな、大ごとにならずに解決できただけ良しとするか。


目的のスーパーの名前を示し光る、分厚い看板がようやく見えてきた。

店舗付属の駐車場を突っ切り、店の入り口へと向かっていると、突然の衝撃と共に俺の視界はぐるんと切り替わった。


……は?

気付いた時には俺は地面に倒れており、ぼんやりとし続ける視界の先には夜の暗闇に紛れて一台の車が停車していた。


「(まさか轢かれた…のか?)」


憶測だったが、そう自覚した瞬間に全身に痛みが走る。

追突されたのか、それともそのままタイヤに巻き込まれたのか定かでは無いが、体が中ごと潰れてしまったのでは無いかと感じる。

もしかしたら、骨もどこか折れているかもしれない。


だらり。

額に生温かい液体が鼻から顔の凹凸を伝って流れていく感触に、俺は理解した。

頭を強打したのかと。

俺は医療関係についてはサッパリだが、それでもこりゃ相当だなと分かってしまう。

もしかしたら…助からないかもしれない。


ぼんやりと視界が徐々に白くなり、薄れていく景色の中でどうにか犯人の顔を見てやろうと、俺はまるで酷い睡魔が襲いくる時のような重たい瞼を必死に開け、目を凝らして車から降りる奴の顔を見た。


俺がさっき追い払った酔っ払いだった。

クソっ!!!飲酒運転までしてやがったのか!!


あまりの衝撃に、何とか保ち続けていた俺の意識は糸が切れたようにプツンと切れ、待っていましたかのように瞼が俺の目を多い視界が真っ暗になった。

救急車のサイレンが聞こえたような気がしたが、それもすぐに小さくなり、無音に包まれた。


…あぁ、神様。

次に生まれ変われるなら、善意が思わぬ悪意になって返ってくる世界は懲り懲りだな…。





そして冒頭に戻る。

俺の体は今赤子になっているらしく、目の前で俺をあやす二人は両親らしい。

これはつまり…だいぶ前にアニメ好きの部下が力説していた異世界転生というやつか?

という事は俺は、あの事故で死んだのか?

嘘だろ…




「あらアイディール、ミルクを飲んでお眠かしら?」


「そのトロンとした顔も可愛いなぁ〜♡よし、パパがお休みのチューをしてやる!ん〜♡」


「(…俺は今日まで、この男に何回キスをされたんだろう…)」


この世界での俺は「アイディール」と名付けられた。

顔も家族も全てが変わった世界で、母さんの愛と父さんの熱すぎるキスを受けながら、平穏に暮らしている。


俺は元の世界では独身で、彼女もいなければ妹や弟もいない一人っ子だった。

だから今の自分の体…赤子の成長の速さには驚いた。


ミルクだけで食事を済ましていたのが、あっという間に歯が生えて離乳食になり、少しずつ大人と同じものが食べられるようになる。

歩行も言葉もあっという間にできるようになっていた。


「すくすく育ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり寂しい気持ちもあるわね〜」


「そうだなぁ、もうちょっと長く赤ちゃんの姿のお前を見ていたい気もするよ。今も十分可愛いけどな〜♡」


そう笑う両親の「可愛い」という言葉に、俺はゾワっとしていた。


外から見たらまだまだ可愛い子供だが、中身は25歳。いくら事情を知らないとはいえ、正直キツいものがある。

特にまだ赤子の頃は、玩具で喜ばせようとする両親の機嫌を取るためにバブバブと赤子を演じていた事は自分にとっての黒歴史だ。


だが成長が早い事で助かったことがある。

それは今いるこの世界がどんなものなのかを、早めに把握することが出来ることだ。


歩けるようになれさえすれば、さらに知識は広がる。発語も早めにマスターしておきたいところだが、体の発達に自分の知識が追いついていないのか上手く言葉に出来ず喃語や一語文になってしまう為、焦るものでは無いと諦めた。

まぁ、成長するにつれて以前のように喋れるようにはなるだろう。


観察したところ、この世界は簡単に言えば魔法や魔物が存在するファンタジー系譜のものらしい。

言語の壁を心配していたが、日本語と英語が基本的に使われているらしい。

…異世界でそんなことある?

だがアニメ好きの部下は確かそういうもの!って片付けてたな…じゃあそういうものなんだな…うん。


そんな世界で転生という形で新たな人生を歩む事になった俺は、新しい名前と新しい顔と新しい家族を手に入れたのだった。

俺は平凡なのが売りだったんだが、どうしてこんな事に…。





そこから数十年が経ち、俺は17歳になっていた。

この歳になるまで魔法や剣技を両親にしこたま扱かれながらもある程度の技術を習得していた。


この世界ではもう自立の年齢らしく、俺は両親のもとを立ち魔法ギルドがある都市部へ旅をしている。

その途中とある神殿の御神仏的な石を盗んだ盗賊と遭遇し、取り返し戻した結果だが…。


「あぁ!私の救世主!!本当にありがとうございます。お礼に貴方に新たなスキルを与えましょう…私からの加護をお受け取りください」


青色の長髪で、昔のギリシャ神話のようなドレスを着た女神のような存在に、半ば強制されるような形で俺はスキルを受け取った。


しかしそれは、「剣の打ち合いをした際に刃同士がぶつかり合った瞬間、相手の過去に得た経験値から未来に得る予定だった経験値を自らの経験値に丸ごと上乗せする」という実力者と剣を交えれば交えるほど、レベル値がカンスト超えをしていくチートスキルというものだった。


「私はこのスキルを…”在るべき場所は貴方”(ソードプレイ・レガシー)と呼びます。」


「いやこれはやりすぎだろ!??どうすんだよ、相手がボス級だった場合、打ち合いしただけで俺の勝ちだぞ!??それに、真っ当に剣の技術磨いてる奴に対して失礼だろがこれは!!」


「私は勇者様を死なせたく無いのです!加護といったでしょう?私、女神ですから守る時は徹底的にやります!」


「勇者!?いや、石取り戻しただけにしてもこれは…」


「その勇気に私は心底陶酔してしまったのです…勇者様…いえ、アイディール様!私もこれから貴方の人生にご一緒しますね!」


「神殿放ったらかして自由行動する女神がいるか馬鹿!!!!」


そうして予期もしない仲間とスキルが増え、俺の旅は賑やかになったのだった。





「ちょっと!アンタ、アイディールに引っ付きすぎ!歩きづらそうにしてるでしょう!?」


「貴方こそ人のこと言えないじゃ無いですか!!それに私は女神なので、アイディール様とは一心同体…貴方の立ち入れる関係では無いんですからね!」


「アイディール様ぁ〜…私疲れちゃいました…あのお店で一緒に甘いものでも食べません?勿論二人きりで!」


「ちょ、ちょっと!みんなアイディール様を困らせないでください!!…私だって…私だって甘えたいのにぃ…」


「お前ら頼むからもうちょっと静かにしてくんないか」


都市部に着く頃には、俺の仲間はほぼパーティのような人数になっていた。





気が強く我儘で、すぐに手が出るが実力はある剣使いのルージュ。


「ちょっと!一言も二言も余計なのよ!!」


ロマンチストですぐ引っ付いてくるが、女神としての力は本物。だが要らんことをやらかしがちのペール。


「私はアイディール様と運命共同体ですから、仕方ありませんね♡」


メンバーの中では一番の年下だが、俺以外には何かと生意気な面がある弓使いのオランジュ。


「大丈夫ですよぉ!アイディール様のことは、ちゃんと尊敬してますから♪」


気弱でおどおどしているが、知識に長けており回復魔法が頼りになる魔術師のライム。


「わ、私…私も!アイディール様を守る為に、頑張ります!」





彼女達の騒ぎを止めることができない俺は、やれやれと肩をすくめるのだった。

このままでは埒が開かないと、俺は彼女達を残して一人で街を回る事にした。


「へぇ、この街には貴族学校なんかも建ってるんだな」


学生の頃に歴史の資料集やテレビで見た事のあるようなヨーロッパ様式の建物を眺めながら、俺は散策していた。

前の世界での俺は、ヨーロッパどころか海外旅行に行った事すらない人間なので、まさか世界が変われど似たようなものを眺められるとはと感心していた。


学校の正門からは皆清楚な制服に身を包んだ男女が何人も出入りしており、隣接する寮に向かう者や迎えの馬車に乗り移動する者もいた。


さすが貴族。

歩き方まで綺麗なもんだと眺めていると、正門側のベンチに座り、俯く一人の女子生徒がいた。

誰がどう見ても彼女に何かあったとしか思えない。

それほど、彼女の纏う憂いは強いものだった。


全く、面倒ごとはごめんだ。

しかし何だかんだで、その面倒事に関わり自分は今のように仲間に恵まれた。

仲間の心を救うことができた、そんな俺が今更彼女の前を素通りするなんて事はできない。


彼女の座るベンチの空いている方にドカッと座ると、俺は声をかける。


「元気なさそうだが、どうしたんだ?ここの生徒だろ、虐められでもしたか」


彼女は声をかけられるとは思っていなかったようで、静かに顔を上げて俺を見た。

胸元辺りまで伸びた赤茶色の髪の彼女は、この世界にしては珍しい日本人の顔立ちをしていた。


少なくとも転生してからの俺の周りは、西洋の顔立ちの人間ばかりだった為、久々に見た元故郷の国の遺伝子に面を食らってしまう。


「…女性の顔をジロジロ見るのはマナー違反よ」


「あ、わ、悪い。何というか…珍しい顔立ちだったから…いや、悪い意味じゃなくてな!久しぶりに見た雰囲気というか…」


俺はあまり人の相談に乗るのは得意じゃ無い。

仲間達も当初に困りごとを解決はしてやったが、どうして俺に引っ付いてくるのか未だに分からずにいる。

ほら見ろ、女の子が怪訝そうな顔してるじゃない

か。

年頃の女の子に顔の話は良くないだろ、俺。


「あー…えっと、詳しくは言えないんだけどさ。俺、ここにくる前は別の世界にいたんだ。…いや、信じれないならそれで良いけど…ただその時というか…俺の本当の故郷的な場所の人が、お前みたいな顔立ちしてる人ばっかで…懐かしいなと思って」


すると、彼女の沈んでいた目つきが大きく見開いた。

先ほどまでどうでも良さそうな顔をしていた彼女の表情は、まっすぐこちらを見据えている。

そして、一言俺に問いかけた。


「……貴方も、転生者?」





驚いた。

俺はこの歳まで田舎暮らしだった為、今まで他の転生者と出会う事は一度もなかった。

まさかこんな所で同じような存在に会えるとはな。



「そうか、お前はつばたって名前なんだな。俺はアイディール…元の世界では風見野霙って名前だった。同じ境遇同士仲良くしようぜ。」


つばたと名乗る彼女も、俺と同じく赤子の姿でこの世界に転生をしたらしい。

そして前の世界の記憶と自我があるまま成長し、今に至ると。

…この世界の転生ってそんな不備だらけで大丈夫なのか?


「…まあ、転生者ってのは大変だよな。俺もさ、転生前はただのサラリーマンだったのに目覚めたら赤子から人生再スタートなんだからよ…こんな物語みたいな世界に平凡な俺を寄越すなんて、神様も見る目が無いよなぁ。お前は?転生前は何してた?…もしかしたら俺たち、同じ日本にいたかもしれないな」


「私は…日本で歌手をしてたわ。芸名もつばたって名前で…」


「……ん?つばたって名前の歌手?なんか聞いた事あるような……あーっ!!そうだ、同僚が俺にCD押し付けてきた事あったな!?」


思い出した。

前の世界で人気を博していたらしい歌手のつばた。

俺は意識して聞いていたわけではない為に詳しくは知らないが、特に女性人気が高く音楽番組ではランキングトップを走っているとファンの同僚から熱弁されたことがある。


憂いを帯びた表情で誰かを切実に恋焦がれる歌詞を歌い上げ、聞いた者は過去に自分の失ったものを想起し涙せざるにはいられない。

どんな気持ちで、誰を思って彼女が歌詞を書いているのか。

それを本人は決して語らず、ファンの間では元彼やら身内の誰かやらと様々な考察が上がっている。

そんな事を聞かされた覚えがあった。

とにかく彼女は、俺が思っていた以上の大物人物だったらしい。


「そうか、お前がそのつばただったんだな!俺はあんま流行りの音楽とか聞かないから分かんなかった…なんだ、やっぱり同じ世界から来てたんだな」


「そうみたいね」


「あ、でも俺は確かに流行りの音楽は分からないけど、あの曲は好きなんだよなぁ……ほら、あの一時期凄く音楽番組で流れてた…えーっと…〜♪〜♪♪」


転生してからは聞けていなかった事もあり歌詞が思い出せず、俺は口笛でメロディーを口ずさんだ。

それを聞いた途端、つばたの顔色が変わったのを俺は感じた。

そして次に響いたのは俺の口笛では無く、パチィンという大きな平手打ちの音だった。


つばたに、頬を叩かれた。

何が起こったのか分からず固まっていると、彼女の目にはいっぱいの涙が今にも溢れそうなほど溜まっており、悔しそうに唇をギュッと噛み締め俺を敵と言わんばかりに睨んでいた。


「日本生まれ?私のこと知ってる?本当に私達に何が起こったのかは何も知らない癖に!!私が奪われて、貴方達が手に入れたものすら分からない癖に!!!!」


「お、おい、落ち着けって」


「貴方が軽い気持ちで口ずさんだその歌が!!!…私にとってどれだけの価値と悲しみがあるのか…分からない癖に………気安く触れないで…私と貴方は…仲間なんかじゃ無い…!!!!」


つばたはそう叫ぶと、そのまま涙も拭かずに走り去ってしまった。

…よく分からんが、俺はどうやら特大の地雷を踏んでしまったらしい。


しかし何のことだ?

俺の元いた世界にも、本当は何かが起こっていたのか?分からない…心当たりがない…。

そんな俺に周囲からの視線が突き刺さる。

女学生に話しかけた挙句、泣かせて平手打ちまでされたのだ。

どこからどう見ても不審人物である。


仕方なく俺は、頬についたモミジの跡を氷魔法で冷やしながら仲間達を探しに再び街の中を歩き出した。





「あー!!アイディール様、やっと見つけましたよ!」


「うわっ!」


俺の姿を見るなり、いの一番にペールが駆け寄りそのまま思い切り抱きついてくる。

いつもの事だが受け身がうまく取れず、俺はそのまま地面に尻餅をついてしまう。


「勝手にどこかに行ってしまうから、心配したんですからね?もう離しません〜!」


抱きついたまま、ぐりぐりと頭を俺の胸に擦り付けるペールを思い切り蹴飛ばしたのはルージュだった。


「アンタねぇ!そうやってすぐ抱きつきにいくのやめなさいって言ってるでしょ!?」


「ル、ルージュさん。落ち着いてください!」


「いやぁ〜、相変わらず先輩のキックはよく飛びますねぇ。」


「女神を蹴飛ばすなんて酷いじゃないですか!それに私とアイディール様の感動の再会を邪魔するなんて…!!」


「毎回毎回性懲りも無くアイディールに抱きつきに行くアンタが悪いんでしょ!!全く…アンタも勇者ならあれくらい避けて…ちょっと!?何その真っ赤に腫れた頬!…まさか、どこぞの馬の骨とも分からない女にやられたの!?」


「こ、これは酷いです…今、治癒魔法をかけますね!」


「もしかしてアイディール様、またデリカシーの無い事言ったんですか?あれだけルージュ先輩にボコボコにされてるのに、学習しませんねぇ…」


「なっっ!?あ、あんたねー!」


「アイディール様、大丈夫ですよ!私が貴方への愛のキスですぐに癒してさし上げます!」


「………」


まぁ、今回は全面的に俺が悪いんだけどな。


女の気持ちは正直よく分からんし、どうしていつもルージュには何かとボコボコにされるのか理解できていなかった俺だが、あれは完全に自分の落ち度だとは理解できた。

彼女があれほどに取り乱すほどの、大きな地雷を俺は踏み…いや、何なら踏み荒らしたレベルまでいったのだろう。もしやタップダンスまでしてたかもしれない。


やはり同じ転生者相手とはいえ、元の世界でのプライベートな話は軽率だったか…。

だが今回の事で分かった。

きっと彼女だけでなく、この世界には他にも同じような転生者が存在しているのだろう。


次にコンタクトを取る機会があれば、気を付けないとな。

…彼女にも、謝れればいいのだが。


「きゃあっ!!!」


突如、すぐ近くで甲高い悲鳴が聞こえてきた。

誰かが襲われているのかと辺りを見回した瞬間、すぐそばで俺の頬の腫れを治療していたライムが、ゆっくりと倒れていく。

背中には刃物で切られたような大きな切り傷があり、石畳の床が溝を伝ながらみるみる鮮血で汚れていった。


斬られたペールの姿を見た3人が、蒼白な顔をして彼女の元へ駆け寄る。

俺もすぐに自分の身につけているローブを脱ぎ、止血のために彼女の体に巻いた。

だが出血が多い。

ローブをいくらキツく巻いても、傷口から溢れ出る多量の血を布が吸いきれず直ぐに意味をなさなくなってしまう。

彼女の顔色もどんどん白くなっていく。


「ペール!!しっかりしなさいよ!アンタのお得意の回復魔法はどうしたの!?ペール!!ペールってばぁ!!」


「先輩落ち着いてください!!けれど、どこから攻撃が!?」


「お前ら!とにかく戦闘態勢に入れ!守りを固めろ!」


「彼女は私が何とかします!アイディール様達はまずの位置を確認してください!」


俺は剣を構え、他の仲間達も各々の武器を構える。

しかしそれはあっという間だった。


彼女達の首が、一瞬で全員飛んだ。

俺以外の全員、全員だ。


ぼとり、ぼとりと足元に仲間達の首が転がる。

先ほどまで騒がしくもニコニコと笑っていた彼女達の瞳には、もう光など宿していなかった。


ルージュの口からは二度と悪態は出ない。

ペールの腕は二度と俺を抱擁しない。

オランジュの顔は二度と悪戯が成功した時の笑顔を見せない。

ライムの瞳は二度と俺や他の人間を癒さない。


「くそっ…!!!くそくそくそ!!!!」


あまりにも突然すぎる別れに、混乱と怒りで冷静さを保てない俺は、血眼で辺りを見回す。


「誰だ!!姿を表せ卑怯者!!!!何が目的だ!!」


いくら叫んでも、返事は無かった。

だがその代わりと言わんばかりに、俺の胸を背後から刃が貫いた。

ごぶり、と勢いよく口から血を吐き出す。

こんな出血と痛みは人生で初めてだった。


だがまだ俺には意識がある、ギリギリだが刃が心臓を貫いていない。

それに…俺にはまだ、ペールから貰ったスキルがある。


俺のスキルは「 ”在るべき場所は貴方”(ソードプレイ・レガシー)」

相手の経験値を全て俺に上乗せする。

この悲しみも怒りも仲間達の無念も、お前の経験値ごと俺の糧にしてやる。


お前を倒して、前に進んでやる。


俺は転生者。

この物語の主人公だ。


「お前を俺のチートスキルでぶっ倒す!!!!」


そう言い放った瞬間、その刃はまるで豆腐を斬るかのように滑らかに横にスライドし、冷徹に心臓を真っ二つに切り裂いた。

俺の未来と仲間達の無念は、呆気なく終わった。




心臓を真っ二つにされ、地面に伏す彼はもう息をしていない。

そんな彼を見下げる、ローブを羽織り顔をフードで隠した人物がいた。

手には鮮血で汚れた刃が握られ、刃先からは一滴一滴不規則な音を立てて滴り落ちる彼と他の仲間他の血が地面に血溜まりを作っていた。


「お前に主人公になられちゃ困るんだ、悪く思うなよ。」


そう言い残すと、その人物の体は霧のように霧散し暗闇へ紛れるように姿を消した。


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