第9話 魔獣にとっての聖女
魔力を使い過ぎたのか、疲れが出てきてしまったのでソファーに座らせてもらった。
モリー先生はお茶を持ってきてくれて隣に座る。
ゼンデさんも診察室から丸椅子を引っ張ってきてソファーの横に座り、私をここに連れて来た経緯をモリー先生に説明した。
エルドラードの王宮から出てきたこと、旅の途中でゼンデさんと出会ったこと、魔獣と会話ができること、治癒魔法が使えること。
モリー先生は驚いていたけど、それ以上に驚いていたのは、治癒魔法の中でも高度な形成魔法を魔獣に使ったことだった。
私も初めて使ったけれど、なんとなく上手くいくような気がしていたのだ。
「聖女としての訓練を受けていた時、魔力の巡りは問題ないと言われていたので、魔獣にならちゃんと使えると思ったのです」
あの頃は、必死に練習をしていた。
基本的な回復魔法から高度な形成魔法まで、使えずとも魔力の流れ、質量、緩急、全ての要素を完璧に扱えるように。
私の努力は決して無駄ではなかったとわかって良かった。
「フィーナさんは本当に魔獣にとっての聖女なんじゃのう」
「そうなんだ! すごいんだぜ」
(なんでゼンデが得意気なのよ)
いつものようにランさんが突っ込みを入れる。
みんな、来た時の難しそうな表情は消え、安心したように笑っている。
「なんにせよ、足が元に戻って良かったです」
焔虎に顔を向けると、私たちの話を聞きながら落ち着いたようで、森で何があったのかを少しずつ話してくれた。
はじめに声をかけてきたのは冒険者のような風貌の男性だったそうだ。
アルカ国で採れるマムアンというオレンジ色の甘いフルーツを持っているから食べないかと言われ、甘い匂いに誘われて近くに行った。けれど、マムアンを食べた瞬間体が痺れだし急いで離れようとしたが、数人の男たちに囲まれたそうだ。
(足枷をはめられて、押さえつけられたんだ……)
私とランさんが話を伝えながら、ゼンデさんは苦い顔で頷く。
(必死に嚙みついて、逃げて、でも意識が遠くなって、気づいたらここにいたんだ)
襲われて、気を失ってここにいたのなら、あんなに怯えていたのも当然だ。
でも、捕まらずに保護されて本当に良かった。
「足の調子も良いようならもう森に帰ることもできるけど、どうする? 森までは一緒についてくぜ」
ゼンデさんが尋ねるけれど、焔虎は俯き不安そうにする。
(森にはまだ、あの人たちがいるかもしれないから……)
確かに、密猟団はまだ捕まっていない。また狙われる可能性のある状態で森へ帰るのは危険かもしれない。
「だったら、しばらくはここに居たらよい」
(いいの?)
「それがいいな! 密猟団を早く捕まえて安心して森へ帰れるようにするからな」
(みんな、ありがとう)
焔虎は診療所で過ごすことが決まったところで、私たちは帰ることにした。
ゼンデさんは帰り道を歩きながら、なぜかごめんな、と私に謝ってきた。
「体調は大丈夫か? あんな高度な治癒魔法を使わせて無理させちまったかなって」
「大丈夫ですよ。それに私、嬉しかったんです」
「嬉しかった?」
「私はちゃんと治癒魔法が使える、魔獣たちの役に立つことができるんだってわかって」
「フィーナならあの焔虎も心を開くんじゃないかと思ったんだ。まさか無くなった足も元通りにするとは思わなかったけどな。本当にすごいよ」
(ええ、本当にそうよ。フィーナはもっと自分に自信を持ってね)
二人にたくさん褒めてもらいながら、街へと戻ってきた。
ゼンデさんはこれから密猟団に関する招集会議があるらしく、ギルドに行くそうだ。
私は何をしようか。
せっかく魔獣が集まる街に来たのだからいろいろな子たちに会いたい。
それに、キュウの手掛かりになるような話も聞きたいし……。
(ねえフィーナ、せっかくだから二人でスイーツ食べに行かない? 魔獣専用のメニューもあっていいお店があるの)
「招集会議はいいのですか?」
(それはゼンデだけ行っておけばいいから)
「嬉しいです。ぜひ行きたいです!」
「ええー! 二人だけずるい! 俺もスイーツ行こうかな」
なんて言うゼンデさんにランさんは尻尾でぺしっと叩き、早く会議に行きなさいと背中を押した。
ギルドの前まで一緒に行き、ゼンデさんを見送ってから私たちはお店へと向かう。
(今から行くお店のすごいところはね、魔獣だけでも入れるってところなの)
「そんなことができるんですか?!」
(店主の使い魔がお客の魔獣とやり取りしてね。お金を下げていけば人間と同じように注文して食べることができるのよ)
さすが魔獣たちが集まる街。人間と同じように扱ってくれるから、きっと生活しやすいんだろうな。
お店にはギルドから数分で着いた。
中に入ると、フルーツの形をしたカラフルなメニュー看板が一番に目に入る。
テーブル席にソファー席、カウンター席があり、人と魔獣で賑わっていた。
可愛らしい雰囲気で、スイーツ店ということもあってか、女性が多い。
「いらっしゃいませー。お好きなお席にどうぞ!」
カウンターの奥から声がしたので、空いているソファー席に座った。
ランさんと一緒に看板に書かれたメニューを見ながらどれにしようか相談する。
「どれも美味しそうですね」
(やっぱり、この時期はマムアンかしら)
「マムアン! 食べてみたいと思っていたんです」
アルカ国で採れる、甘くてとろっとした実が美味しい、魔獣も好物と言われる果物。
私はマムアンのパフェ、ランさんはマムアンのカット果実を注文した。
運ばれてきたパフェは、マムアンゼリーの上にクリーム、たっぷりの果実にマムアンシャーベット、マムアン尽くしだ。その甘い香りに食欲がそそる。
そして口に入れた瞬間、思わず声が漏れた。
「美味しいです~! 想像以上にとろっとしていて、くちどけが良く、クリームとも相性バッチリです!」
確かにこれは人も魔獣も好きになる。
(マムアンはね、アルカ国の南の森でだけで採れるのよ。収穫量にも限りがあるから国外に出回ることはあまりないのよね)
一度食べたら忘れられない味だ。
これを食べるためにアルカ国に足を運びたくなるほど美味しい。
連れてきてくれたランさんに感謝しながらご機嫌で食べ進めた。
すると突然、隣のテーブルにいた魔獣が急に唸り声を上げる。
お腹が痛い、と言っている。
向かいに座っていた女性が急いで立ちあがり様子をみるけれど、外傷があるわけではなさそうだった。
「どうしたの? 大丈夫?!」
心配そうにするけれど、魔獣はうずくまってお腹が痛いと言うだけだ。
お店にいた他のお客さんも心配そうにみている。
「診療所に行こう」
女性が魔獣を抱えようとするけれど、大きなその体を持ち上げることはできない。
外傷がないってことは、身体の中ってことだよね。
あまり動かさないほうがいいかもしれない。
「あの、少し見せてもらっていいですか?」
女性は突然声をかけてきた私に驚いたものの、頷き、魔獣をそっと寝かせる。
私は手のひらを魔獣のお腹にかざした。まずは透視魔法でお腹の中の様子を確認する。
魔力を流し込み、その魔力から患部の状態を感じる魔法だ。
これも、聖女の訓練で学んだこと。
「……胃に、裂創があるようです」
「胃に裂創?! そんな……」
「塞がってはいますが、お腹に傷がありますよね? この傷が深くて、皮膚は治ったけど、内側まではまだ完全に治っていなかったのかもしれません」
「だから、無理しないでって言ったのに……」
きっと、少し前に傷を負ったのだろう。
「大丈夫ですよ。すぐに治しますからね」
どんな傷かわかれば、後はその傷を修復するだけだ。
私はまた魔獣のお腹に手をかざし魔力を流し込んでいく。今度はしっかりと魔力を紡ぎ、傷口に集中させる。
(あ、もう痛くない)
「本当に?! 良かった……」
(じゃあ、マムアンの残り食べちゃおう)
「もう! 何言っているの。心配したんだからね。だからまだやめといた方がいいって言ったのに」
(だって明日ここを出るからどうしてもマムアン食べておきたかったんだもん)
「だもんじゃないよ。ほら、お姉さんにお礼言って。本当にありがとうございました」
女性と魔獣は立ちあがり、深く頭を下げてくれた。
「いえ、元気になって良かったです」
そして私も立ちあがろうとしたとき、目の前が大きく揺れる。
身体に、力が入らない。
倒れる、そう思った瞬間、私は意識を手放した――。