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第8話 治癒魔法

「おはようございます。ゼンデさん、ランさん」

(おはよう、フィーナ)

「おはよう。ゆっくり休めたか?」

「はい、とても快適なお部屋でぐっすり眠れました」


 昨日あれからシャワーを浴び、ドレッサーの前でゆっくり髪を梳かしてからベッドに入った。

 落ち着いた時間に、旅をしていることを忘れそうなほどリラックスできた。

 

「良かった。じゃあ、早速だけど行こうか」


 ゼンデさんは街がある方とは反対に足を進めていく。


「今から行くのはさ、魔獣の診療所なんだ」

「魔獣の診療所があるんですね」


 エルドラード国にはそういった施設はなかったはず。

 魔獣が怪我をすれば、テイマーが手当てをして回復するのを待った。

 獣舎の子たちも何かあればしっかり栄養を摂って休んでいるだけで、お医者さんに診てもらうことはなかったな。

 それだけでも、人とは比べ物にならないくらいの速さで回復していた。


 しばらく歩き住宅街を抜けると、大きな一本木の横に黄色い三角屋根の一軒家があった。

 ここが診療所らしい。


 ゼンデさんはドアをノックすることなく開き中に入る。

 

 入ってすぐには大きな診察台があり、横の棚には包帯や薬品のような物が並んでいる。


「モリー先生~!」


「はいよー」


 ゼンデさんの声に返事をしながら出てきたのは、白衣を着た白髭の男性。

 この人が獣医の先生か。


「あの子、調子はどう?」

「全然だめじゃのう。傷口は塞がったが、部屋の隅で怯えて近づけば噛みつこうとする」

「そうだよなぁ」


 二人は難しそうな表情で話をしている。

 怪我をした魔獣がいるのだろう。


 すると、私に気付いたモリー先生がおや、と声を漏らす。


「あ、はじめまして。フィーナといいます」

「はじめまして。ここでしがない獣医をやっとりますモリーです」

「先生、フィーナにあの子を会わせたいんだ。何かわかるかも」


 モリー先生は小さく頷くと、奥の部屋に案内してれた。


 中央にソファーと机が置かれただけのこじんまりとした部屋に、ゆっくりと足を踏み入れる。


 そこには、足を怪我した焔虎がいた。

 初めて直接見るけれど、赤と黒のしま模様の毛、太い脚に鋭い牙から一目で焔虎だとわかる。

 部屋の隅に小さく丸まり、こちらを不安そうに見ていた。

 強く気高い魔物だと聞いているけれど、今はひどく怯えている様子だ。


「あの子、右の前足の甲から先がないんだ」

「……本当だ」


 足を隠すように身体を丸めているけれど、よく見ると、足先が丸く途切れたようになっている。


「傷口は塞がっても、無くなった足は元には戻らんからのぉ」


 この子は国境の森で倒れていたのを見つけ、保護したそうだ。

 天角鹿と同じように罠にかかり、それが原因で足を無くしたのだろうということだけれど、ランさんが聞いても、何も話してくれないらしい。


「森に帰すにしてもあの状態ではまた危険な目に合うだろうから、どうにかしたいんだけどな」


 あの足では満足に走ることができないだろう。

 それに、あんなに怯えたままでは確かに森へ帰すことなんてできない。


 私に、どうにかできるだろうか。

 同じ魔獣であるランさんにも警戒しているみたいだしな。


 足も、私の力で治すことができるだろうか。

 今まで無意識に使ってきた力を、ちゃんと使うことができるだろうか。

 あの子が、心を開いてくれるだろうか。

 

 いや、私が不安がってちゃダメだ。

 大丈夫だよって伝えないと。


「近くに、いってもいいですか?」

「あまり刺激はせんようにの」

「わかりました」


 ゆっくりと、一歩ずつ近くに行き、少し離れたところで立ち止まる。

 そして、そっとしゃがんだ。


「こんにちは。フィーナといいます」

(来ないで……怖いよ……)

「たくさん、怖い思いをしたんですね。でもここにはあなたを傷つける人はいませんよ」

(嘘だ。森で声をかけてきた人間もそう言った。それなのに、酷いことをしたじゃないか)


 声をかけてきた人間? この子は罠にかかったのではないのだろうか。

 詳しく話を聞いた方がいいかもしれない。でもその前にちゃんと安心させてあげなければ。


「人を信用できないのですね。酷いことをされたのなら仕方のないことだと思います。でも、一度だけでいいので、私にチャンスをくれませんか?」

(チャンス……?)


 私は袖を捲り、危ない物は何も持っていないことを示す。

 そして手のひらを上に向け、魔力を蔓延らせた。


「握手を、しませんか? もし私が変なことをすれば噛みついてもかまいません」

(フィーナ、魔獣の咬合力を甘く見たらだめよ)

「大丈夫です。私はこの子のことを信じています」


 怯える焔虎の目をしっかり見てそう言った。

 すると、焔虎の目が揺れるのがわかった。

 少しだけ近づき、怪我をしている右足の前に手を差し出す。


(温かい、魔力を感じる……)

「どうぞ、触れてみてください」


 焔虎はおそるおそる私の手に前足を置いた。

 その前足をそっと両手で包むように触れる。


 魔力を足に流し込みながらイメージする。

 無くした足がそこにあるかのように、スーッと撫でながら形成していく。

 すると、前足は少しずつ形を取り戻してきた。


「すげえ」

「こんな治癒魔法、初めてじゃ……」


 初めて使う形成魔法に、思ったよりも魔力の消費が激しくて額から汗が滲む。それでも最後まで集中力を切らさず、魔力を注いでいく。


 そしてついに、右足の爪先までが元通りになった。

 私は治った足をそっと床に置く。

 焔虎は踏みしめるようにギュッと体重をかけた。

 

(足が……戻った)

「痛みは、ありませんか?」

(大丈夫だよ。ありがとう……)


 まだ少し距離は遠いけれど、安心してくれたみたいだ。


「フィーナさんはいったい何者なんじゃ?」


 モリー先生は驚いた様子で私を見る。


 答えたのはゼンデさんだった。


「フィーナは、魔獣たちの聖女なんだよ――」

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