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第5話 焦るご主人様

(あ! あそこが演習場だ。やっとついた)


 訓練が一段落したのか、隊が引いていっている。

 まだ少し先だけど、ボクは目がいいから訓練している様子がわかるんだ。


 スピードを上げて演習場まで急ぐ。

 近くなってくると、ご主人様が気が付いたみたいで、こっちに駆け寄ってくる。

 ボクは急降下し、ご主人様の前に着地した。


「テオ、いったいどうしたんだ。怪我が完全に治るまで飛んではいけないと言っただろう」

(それどころじゃないよ! フィーナが解雇されて、王宮を出ていったんだ!)

「なに?! どういうことだ?」

(いきなりアンジュ王女や獣舎にやってきて、フィーナを解雇したんだよ。グランディ様も了承済みだ、なんて言ってたよ!)

「俺が了承済み?! そんなわけないじゃないか!」

(わかってるよ。でもフィーナはご主人様に迷惑はかけられないからって出ていったよ)


 焦りを露わにするご主人様。やっぱり了承したっていうのは何かの間違いだったんだ。

 

 訓練に参加していた他の騎士と魔獣たちも集まってくる。

 ボクの話を聞いて、みんなは騒ぎだした。


(フィーナが出ていったってどういうこと?!)

(そんな話聞いてないよ!)

(テオ! なんで引き止めなかったんだよ!)


 演習場はパニック状態だ。


「全員落ち着け! ここで騒いでもフィーナは戻ってこないぞ!」


 ボク以外の魔獣の言葉はわからないはずなのに、ご主人様はみんなの言っていることがわかってるみたいだ。

 まあ、騒ぐ理由なんて一つしかないけど。


(とにかく、早く帰らないと)

「そうしたいところだが……」


 まだ演習が終わっていないから、渋っているんだろう。

 責任感が強いから、途中で抜け出すことをためらってるんだ。


「なにやってるの。早く行きなさいよ」

「ミラーナ……いいのか?」


 彼女は副団長のミラーナさん。

 魔獣騎士団唯一の女性で、フィーナともとっても仲良しだ。

 

「いいも何も、テオが怪我してるから今回は参加しなくていいって言ったのに無理に来たのはあなたでしょ。残っていたらこんなことにはならなかったのに。タイミングの悪い男ね」

「それは、団長としての責務をはたそうと――」

「いいから早く行きなさいよ。フィーナを連れ戻してこなかったら許さないからね」


 ミラーナさんがご主人様の背中を押す。

 ご主人様は小さく頷くと、ボクの背中に飛び乗った。


(超スピードでいくよ)

「ああ、頼んだぞ。テオ」


 大きく羽を広げ、すぐに出発する。


(このままフィーナのところまで飛ぶ? 魔力の匂いでだいたいの場所はわかると思う)

「いや、いったん王宮に帰ろう。アンジュ王女がからんでいるなら連れ戻したところでまた同じことになる」

(王女様を説得するんだね)

「説得でどうにかなればいいがな」


 本当は今すぐにでもフィーナのところへ行きたいと思っているはず。

 だってご主人様は、すごくフィーナのことが好きだから。

 でも、感情のままに行動しないところがご主人様のいいところだ。


 フィーナがまだ聖女として訓練をしていたころ、こっそり獣舎に来てボクたちと過ごしていた時も、話しかけたいのを我慢してじっと見ていた。

 きっと、声をかけたらフィーナはもう来なくなるとわかっていたんだ。


 待って、それってただのヘタレってことかな?


 まあでもそのおかげで掃除婦として獣舎で働いてくれることになったから、よしとしよう。

 

 ――もうすぐ王宮に着くという時、違和感を覚えた。


(え……あれ? おかしいな。フィーナの魔力の匂いがしない)

「どういうことだ?」


 フィーナの魔力は特別だから、多少離れていても感じ取ることができていたのに。


(もしかしたら、国境を越えたのかも)

「エルドラードを出たのか? どうして国外なんかに」


 家には帰らないと思っていたけど、まさか国の外へ行くだなんて思わなかった。

 こんなことなら無理にでも引き止めたらよかったかな。


(とにかく、早く戻ろう)

「そうだな」


 一人で飛ぶよりも、ご主人様がいる方が速く飛べる。

 それは、お互いの魔力を高め合うことができるから。


 行きにかかった時間よりも随分早いスピードで帰ってくることができた。

 まずは獣舎に戻る。

 

(あ! 帰ってきた!)

(テオ! フィーナは?)


 フィーナが出ていった時よりも落ち着いてはいるけれど、みんなまだソワソワしている。


(まだフィーナのところには行ってないよ! ところで新しい掃除婦は来たの?)

(そんなのここに来た瞬間悲鳴をあげて逃げていったわよ)

(どうせミリが威嚇したんでしょ)

(失礼ね。挨拶がてらちょっと吠えただけよ)


 こんな大きなオオカミに吠えられたら普通の女性は逃げ出すに決まっている。

 でも、王女様が連れて来た新しい掃除婦なんていなくていい。


「みんな、そんな様子だとフィーナが心配する。俺がなんとかするからいつも通りでいてくれ」


 ご主人様の声にみんな静かになる。

 不安そうにはしているけれど、今ここで騒いでもどうにもならないとわかったのだろう。


(これからアンジュ王女のところへ行ってくるからね)


 この時間、きっと王女様は中庭でアフタヌーンティーを楽しんでいるはず。

 広大な敷地の王宮内、獣舎から王族が生活している東殿の中庭までは少し離れている。

 ボクはまたご主人様を背中に乗せ、ゆっくり飛び立つ。


「テオ、アンジュ王女はフィーナになんと言っていた?」

(出来損ないのくせにグランディ様に取り入って王宮に居座るなんてみっともないって)

「出来損ないだなんてそんなわけないじゃないか」

(そうだよ! フィーナは唯一無二の存在だよ)


 でも、ボクたちがフィーナの力のことを黙っていたせいでこんなことになったのかもしれない。

 フィーナは特別なんだとちゃんと言っていたら……。


「テオのせいじゃないからな」

(ご主人様……)


 どうしてこんなにボクの気持ちをわかってくれるんだ。

 本当に良いご主人様だ。


 東殿の建物を飛び越え、中庭の上空に入る。


 いた。アンジュ王女はガゼボの中で優雅にお茶を飲んでいる。


 ボクは少し離れたところで着地した。

 ご主人様はゆっくりとアンジュ王女に近づいていく。


「アンジュ王女」

「あら、グランディ様? どうされたの? 今は演習に行っているはずじゃなくて? もしかして私に会いたくて早く帰ってきたのかしら? 」

「なぜ、フィーナを解雇したのですか。彼女は我々にとって必要な人です」

「グランディ様も言っていたでしょ? 新しい掃除婦を雇ってもいいと」

「それは、フィーナを解雇するという意味ではありません!」


 そうだそうだ!

 成り行きで掃除婦になったフィーナは、掃除、餌やり、ブラッシング、買い出しにボクたちの相手まで全部一人でやっていた。

 だから負担を減らすために新しく雇ったほうがいいのかもしれないというご主人様の気遣いなんだ!

 それに王女様が連れてくる人は雇うつもりなんてないって言ってたよ!

 現にすぐに逃げ出しちゃったしね!

 

「まだ人手が必要ならまた私が連れてくるわよ?」

「結構です。我々はフィーナを必要としています。彼女を連れ戻しもう一度雇わせてもらいます」

「グランディ様がそこまで言うならどうぞお好きなように。あの女が生きていればの話だけれど」

「生きていたらって……いったいどういうことですか?!」

「ほら、帰る家はないって言っていたでしょ? どこかで死んでいてもおかしくはないってことよ」


 不適な笑みを浮かべるアンジュ王女。

 なんだか、嫌な感じがする。


「とにかく、好きにしていいのなら、好きにさせていただきます。これ以上は魔獣騎士団のことに口を出さないでください」


 またご主人様を背中に乗せ、獣舎へと戻る。

 

(今から探しに行くの?)

「むやみに探すのはよくない。まずどの国境門を通ってどこに行ったか調べないと」


 確かにその通りだ。


 でも、すごく心配だ。

 フィーナ、危ない目に合っていないといいけど――。

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