第35話 初代国王の生き写し
何もできない自分がもどかしかった。
それは、ヘリオス様も同じなのだろうと見ていてわかる。
拳を握り締め、ただ見守っている。
「――フィーナ、この子の治療をお願いできるか」
捜索と撤去作業の手伝いをしていたグランディ様が魔獣を抱いて戻ってきた。
瓦礫に足を挟まれていたようだ。
後ろ足の骨折と、火傷がある。
私はすぐに治療を始めた。
もう随分と魔力を使っていたので体がつらかったけれど、フレアさんを見ていると弱音なんて吐けない。
すると、キュウがそっと背中に寄り添ってきた。
体に温かいものが流れてくる。
魔力供給だ。
「キュウ、ありがとう」
(当たり前だよ)
キュウの魔力のおかげで魔獣はすぐによくなった。
フレアさんの方を見ると、やはり上手く治療ができていないようだ。
このままでは本当にどちらも危ないかもしれない。
「そうだ、魔力供給……」
私が魔力供給すれば……いや、私の魔力は人には使えない。
契約を結んだ使い魔なら問題ないけど……。
でも、今すぐにテイム契約を結ぶ魔獣なんていない。
やっぱりこの方法はだめだ。他の方法を考えないと。
(僕が聖女様と契約を結んだらだめかな?)
すると、どこからともなくひょこっと白狐が現れた。
火災の前に施設で手当てをしていた子だ。
「どうしてここに?」
(気になってついてきてたんだよ。僕、力になれると思うんだ)
「ですが……」
そんな簡単に契約を結んでもいいのだろうか。
お互いの相性もあるだろうし、こんなに小さな体で、魔力供給のために契約を結ぶなんて負担になってしまう。
(彼なら大丈夫だよ。心配いらない)
「キュウ? どうしてわかるの?」
(見た目では判断できないってことだよ。僕みたいにね)
どうしてかはわからないけれど、キュウを信じよう。
それに、判断するのはフレアさんだ。
私たちはフレアさんのそばへ行き、そっと声をかける。
疲弊しきったフレアさんは、白狐を心配したけれど、お爺さんを助けることができるならとテイム契約に了承した。
(僕もやっと役に立つことができるよ)
白狐はフレアさんの中指を優しく噛んだ。
喉をごくりと鳴らすと、全身の毛が逆立っていく。
そして、みるみる毛が伸び、体もどんどん大きくなっていった。
「え……」
「天、狐……?」
白銀の毛並みに、大きな尻尾。
それは絶滅したと言われる、最古の魔狐である天狐の姿だった。
周りにいた全員が驚いているけれど、天狐はすぐフレアさんに魔力を供給する。
(早くお爺さんを助けてあげて)
「わかった。ありがとう」
魔力の戻ったフレアさんはあっという間にお爺さんを治療した。
皮膚も綺麗になり、スーッと息を吹き返す。
まだ目は覚ましていないけれど、もう大丈夫だろう。
お爺さんはそのまま病院へと運ばれていった。
無事で良かった。これも、天狐のおかげだ。まさかあの小さな白狐が天狐だなんて思わなかった。
けれど、天狐は耳をピクリとさせると険しい表情になる。
(向こうから微かに人の声が聞こえる)
「行きましょう!」
フレアさんは天狐の背に乗り、瓦礫の中へと颯爽と駆けていく。
崩れ落ちる瓦礫を避け、一目散に声のする方へと向かっている。
そしてすぐに女性と共に戻ってきた。
女性は無事のようだ。
(もう、取り残されている人はいないよ)
一連の出来事に周りもほっと息をついた。
フレアさんは天狐の背から降りると目の前へ行き、向き合う。そして、そっと頬に触れる。
天狐は頭を下げ、ゆっくりと膝を着いた。
「私と契約を結んでくれてありがとう。これからも力を貸してくれる?」
(もちろんだよ)
大きな体に白銀の毛並みの天狐と、トラガノ国の聖女様。
その様子はどこか神秘的で見惚れてしまっていた。
周りの人たちも同じようで、二人の姿をじっと見ている。
「白銀の姿の魔獣と、光の魔力を持つ少女……。まるで初代国王の生き写しじゃ……」
誰かが呟いた言葉に、街の人たちは息をのんだ。
――その後、ヘリオス様の先導により街の再建が行われることとなった。
多くの建物が焼けてしまったけれど、大切な命は誰一人欠けていない。
だから大丈夫だ、とヘリオス様が言った。
今、彼は憑き物が落ちたかのように、ただ真っ直ぐに再建に向けて邁進している。
私とグランディ様も手伝いをして過ごした。
数日経ち、ある程度落ち着いてきたので、グランディ様はエルドラードへ帰ることになった。
そして私も、グランディ様たちと一緒にトラガノ国を出ることにした。
忙しいだろうから見送りはいらないと言ったけれど、ヘリオス様が街の境門まで来てくれていた。
「フィーナさん、この度は本当にすみませんでした」
「謝らないでください。私はトラガノ国を訪れて良かったと思っています。それに、ヘリオス様は大切なことに気付かれたのでしょう?」
「はい」
視線の先には、天狐と共に街の再建に奔走するフレアさん。
彼女は良き妃になる。そして、ヘリオス様と共にこの国を守っていくだろう。
「ヘリオス王子、我が国にできることがあればいつでも向かいます」
「ありがとうございます。グランディさん、あなたにも大変お世話になりました」
軍事協定会議は中止になったそうだが、これからもエルドラード国とトラガノ国は良好な関係を築いていくと約束してくれた。
「では行こうか」
「はい。それでは、また」
「お気を付けて」
私たちは、トラガノ国を後にした。
◇ ◇ ◇
「フィーナはこれからどこに行くんだ?」
「それが、まだ決めてないんです。とりあえず、国境の森を南に向かおうかと思っていました」
「南か。森の中腹から急に気温が高くなるから気を付けて」
「わかりました。グランディ様はこのまますぐエルドラードへ戻られるのですか?」
「ああ。テオのスピードなら夕刻には着くだろう」
今日中に着くなんてすごい。さすがテオ。
私もキュウに乗って移動すれば速いのだろうな。
どれくらい速いのか気になるけど、でもそれはしないと決めている。
「テオ、またね」
グランディ様の隣にいるテオをそっと撫でる。
けれど、どこか様子がおかしいことに気づいた。
いつもの元気がないし、どこか苦しそうだ。
「テオ? どうかした?」
(フィーナ、ちょっとお腹が痛いんだ……)
そう言うと、その場にうずくまり、嘔吐した。
「テオ! 大丈夫か?!」
「すぐに診ます!」
お腹に手を当て、病状を確認する。
「何か、良くないものが体を巡っているようです……」
「良くないもの?」
「大丈夫です。分解して取り除くことができますから」
私はテオに魔力を込め、体に潜む病原菌を分解した。
直後、もう一度嘔吐したテオは、スッキリしたようで体調が戻ってきた。
(あっという間に良くなったよ。フィーナ、ありがとう)
「いえ。それにしても、先ほどの症状は人間がかかる病気ではよくありますが、魔獣にはとても珍しいと思います」
不思議そうにしていると、グランディ様とテオは眉をひそめた。
「実は、少し前から獣舎の魔獣たちがこの症状を発症しているんだ。激しい腹痛と嘔吐で、全快までにも時間がかかっている」
(まるで人間の流行り病みたいに広がってるんだ……。僕はフィーナといるときに発症したからすぐにに治ったけどみんな苦しそうにしてたよ)
「そんな……。魔獣が流行り病にかかるなんて聞いたことがありません」
「騎士団で原因を探してるんだが、わからないんだ」
何か特別な病原菌が発生した?
原因が見つかって対処できればいいけど。
でも、その前に獣舎の子たちを治してあげないと。
「私も、エルドラードへ向かいます」
「いいのか?」
「当たり前です。みんなが辛い思いをしているのに放っておくなんてできません。それより、もっと早く言ってくださいよ」
「フィーナに迷惑をかけるわけにはいかないと思ったんだ」
「決して迷惑だなんてことはありません。みんなの役に立てるなら、それほど嬉しいことはありません」
「ありがとう……」
そうして私は、エルドラードへ戻ることを決めた。