第34話 火災現場
火災現場は想像以上に酷い状態だった。
何軒もの建物に火が移り、街の人たちはすでに避難してるようだが、負傷者がたくさんいる。
騎士団や怪我をしていない人たちで火を消そうしているが、炎はどんどん燃え上がっていく。
「大丈夫ですか?! 遅くなってすみません、すぐに治療しますからね」
フレアさんはすぐに負傷者たちが集まる広場へと行き、治癒魔法を施していく。
重症の患者を瞬時に判断し、手際よく治療をしている。
けれど、フレアさん以外の聖女は来ていないみたい。
「あの、他の聖女の方は?」
「今いるのは私と、もうご老人であまり魔力のない聖女様だけなのです。実質動けるのは私だけなんです」
「フレアさん一人だけ……」
一人でこの人数の負傷者を治療するなんて無理だ。
私は、人に治癒魔法は使えない。
こんな時、自分の無力さが嫌になる。
いや、私はできることをすると決めたじゃない。
「私が透視魔法で症状の確認をするので、フレアさんは治療に専念してください」
「ありがとうございます!」
透視魔法を使わないだけでも魔力の温存はできるはず。
それに軽症者の応急処置なら私にもできる。
私は運ばれてきた男性の体をよく確認して透視魔法で喉の中を確認する。
火傷は目に見える皮膚よりも、気道熱傷に注意しなければいけない。
一見軽症なように思えても、危険な状態である可能性もある。
「やっぱり……」
皮膚の火傷はないけれど、呼吸がおかしいと思った。
「フレアさん、この方、上気道熱傷があります」
「わかりました」
フレアさんはすぐに治療をし、男性は呼吸が戻ってきた。
私はもう一人一緒にいた女性の火傷の応急処置をする。
消毒をして、包帯を巻くだけだけれど、それだけでも安心したように落ち着いている。
私たちはしっかり連携をとりながら怪我をした人たちを手当てしていった。
けれど……
「次から次へと運ばれてきますね」
「火がどんどん広がって、被害が拡大しているんです」
必死に火を消し止めようとしているけれど、なかなか鎮火にいたらない。
これではどんどん被害が大きくなるし、フレアさんの魔力もつきてしまう。
私も、魔力は透視魔法でしか使っていないのに、もう随分と疲れが出てきているように感じる。
その時、キュウが私を引っ張り火元から離れた路地裏へと連れていった。
「キュウ、どうかした?」
(少し休んだら?)
「できないよ。まだ怪我をした人たちがたくさんいるから。戻らないと」
(そう言うと思ったよ)
ため息を吐きながら、上空に飛び立った。
「キュウ?」
(僕は別にこの国のためにするわけじゃないからね)
体を元に戻し、大きく息を吸う。
周りの人たちは突然現れたその姿にざわつき始めるが、それは一瞬の出来事だった。
キュウは口から水を噴射すると一面の炎をあっという間に消し去っていく。
火が鎮火したことを確認すると、まるで姿が消えたかのように体を小さくし、私の元へと戻ってきた。
「キュウ、水も出せたの?!」
(まあね)
何食わぬ顔で戻ってきたキュウは、また私の肩にちょこんと乗る。
いったい、どれだけの力を持っているんだろう。
私たちはすぐにみんなのところへと戻った。
周りにいた人たちはまだ上空を見上げ、ドラゴンの姿を探しているけれど、フレアさんだけは私たちを驚いた表情でじっと見ている。
「フィーナさん、キュウくんは……」
さっきのドラゴンはキュウだと気付いているようだった。
「フレアさん、このことは黙っていてもらえませんか?」
「わかり、ました……」
気になることはあるみたいだけれど、今はそれどころではない。
負傷者の手当てを再開する。
周りは、突如現れ火を消していったドラゴンはどこにいったのかと騒いでいた。
それでも、今は街の惨状の方が重要だ。
火が消えたことにより、救助活動には勢いがついていた。
負傷者も大勢運ばれてきていて、フレアさんは休む暇もなく治癒魔法を使っている。
疲れが出ているけれど、終わりがみえてきたことで、気力を奮い立たせていた。
私も、できる限りのことをした。
そしてやっと負傷者の手当てが終わった頃、ヘリオス様が戻ってきた。
汗をにじませ、息を切らした様子に急いで戻ってきたことがわかる。
街の人たちもヘリオス様が来たことで、どこか安心した雰囲気になる。
「死者は?」
「いません。重症者はいましたが、治癒魔法で命は取り留めています」
「よかった。フレアありがとう。ところで、ドラゴンは?」
ヘリオス様の最後の言葉でフレアさんの表情が変わった。
「あなたはどうしてこんな時までそんなことばかりなのですか! 死者は出ていないにせよたくさんの負傷者が出て、街も焼け、大変な状況です。もっと気に掛けることがあるでしょう!」
いつも穏やかなフレアさんが声を荒げた。
ヘリオス様は、ハッとしたように街を見回す。
「すまない……。広場に集まっている負傷者は全員王立病院へ運ぼう。残った者たちは瓦礫の撤去作業と逃げ遅れた人がいないかの探索を!」
ヘリオス様の指示により、騎士や街の人たちが動きだす。
その時、瓦礫の中から一人の男性が運ばれてきた。
「取り残されていたようです」
男性は全身酷い火傷を負い、意識がない。
フレアさん駆け寄り症状を確認する。
「お爺さん!」
彼は出火もとである工房のお爺さんだそうだった。
「すぐに治療します」
フレアさんは寝かされた男性の横にしゃがみ、治癒魔法を施していく。けれど症状は重く、魔力も残り少ないのか、なかなか上手く治療が進まない。
「フレア、このままでは君が危ない。お爺さんは病院に運ぼう」
「それでは間に合いません!」
「だが、君が倒れたら元も子もない。たった一人の聖女なのだから」
「光属性の魔力を持つ聖女は、これからも生まれるでしょう。ですが、トラガノの伝統技術を継ぐのはお爺さんしかいません! これからお弟子さんを育ててもらわなければいけないのです」
フレアさんは治療を続けた――。