第30話 晩餐
ソワソワしながら部屋で過ごしていると、侍女らしき女性が晩餐の準備ができたと呼びに来た。
王宮の長い廊下を歩き、突き当りの部屋に通される。
そこには、大きなテーブルに向かい合って席に着いたヘリオス様と、グランディ様がいた。
「フィーナ?!」
「グランディ様……」
私のことは聞かされていなかったのだろう。ひどく驚いている。私もまさか晩餐の席にいるとは思っていなかったけれど、この王宮のどこかにいるグランディ様に会えたらなとは思っていた。
「フィーナさんにリラックスして晩餐を楽しんでいただきたくて彼を呼んだのですよ」
「そう、だったのですね……」
ヘリオス様に隣に座るように促され、しぶしぶ隣の席に着いた。
キュウの席まで用意されている。
向かいに座るグランディ様は状態が掴めずにいるようだ。
「ヘリオス王子、どうしてフィーナがここにいるのでしょう?」
「先ほど、彼女に結婚を申し込んだのですよ」
「け、結婚っ?!」
グランディ様はテーブルに両手を付いて身を乗り出す。
けれど、目の前にいる人物が王太子だということにハッとして姿勢を正した。
「フィーナさんは我がトラガノ国にふさわしい素晴らしい力を持っています」
「フィーナの、返事は?」
「私は、お断りしたのですが……」
ちらりと隣に視線を向けると、やはりにこにことした表情で私を見ている。
「まずはトラガノ国のことを知っていただこうと思っています。返事はそれからということで」
ね、とこちらを見るヘリオス様に小さく頷くことしかできず、なんだかいたたまれない気分だ。
グランディ様はなんとも言えない表情を浮かべている。
「フィーナは、現在旅をしていますが、エルドラードの者ですし、彼女の気持ちを尊重していただけるとありがたいです」
「もちろん、決めるのはフィーナさんです。けれど僕にだってチャンスをいただきたいと思っています。それにこれはトラガノとエルドラードの今後の発展のためにも必要なことですからね」
あ……。そうだ。グランディ様がここにいるのは、私の結婚の話をするためじゃない。
トラガノとエルドラードの国交問題がどうなっていくかがかかっている。
もし私が下手な態度を取れば、両国の関係が悪化しかねないんだ。
その後、たくさんのお料理が運ばれてきたので食事をとることになった。
ヘリオス様が食事中は難しい話は無しにしましょうと言ったので、先ほどまでの話は終わりになった。
代わりにトラガノの特産物を使った料理や、歴史についての話をしてくれる。
「このスープに入っているボウブラの種はドラゴンが運んできたと言われているんですよ」
「そうなのですね。甘味があってとても美味しいです」
トロっとした食感が甘味を引き立てている。まるでフルーツを食べているみたいだ。
(ドラゴンはボウブラ好きじゃないと思うけど)
ブツブツと言いながらも、キュウ専用に作られたであろう食事をモグモグ食べている。
さっきから相手をしてあげられてないな。
でも、やはりどこか厳かな雰囲気に無駄口をたたいてはいけないと思ってしまう。
キュウごめんね。あとでいっぱいお喋りしよう。
「フィーナさん、明日トラガノの街を案内させてください」
「えっ……と、ヘリオス様が案内してくださるのですか?」
「僕はあなたを口説いているのですから当たり前ですよ」
王太子様直々に街を案内してくれるだなんて恐れ多い。
それに、時間が合えばグランディ様とお出かけをする約束をしたのに……。
グランディ様は困ったような表情を浮かべている。
でも、気は乗らないけれど、ここで断れば失礼になってしまう。
私が失礼なことをしてしまえば、エルドラードの心象も悪くなってしまうだろうか。
案内してもらうだけだし、お受けしたほうがいいよね。
「よろしくお願いします」
ヘリオス様は満足そうに微笑むと、食事を楽しんだ。
気休まらない晩餐を終え、部屋に戻ってきた。
こんな華美な部屋で滞在するなんて休まらないと思っていたけれど、一人になれるだけで随分と落ち着く。
ふう、と息を吐きながら、ボスッとベッドに倒れ込む。
なんてフカフカなんだろう。良い匂いもするし、まるで別世界にきたみたいだ。
「キュウ、明日も図書館にいくつもりだったのにごめんね」
(それはいいから。それよりフィーナ、あまり我慢し過ぎないようにね。嫌なことは嫌って言いなよ)
「ありがとう。結婚はできないけど、それ以外は特に嫌ってわけではないから」
キュウと一緒にベッドに寝転びながらゆっくりしていると、窓のガラスがコンコンと鳴った。
外? だよね。
私は起き上がると、カーテンを少し捲り窓の外を覗いた。すると窓の前にはグランディ様が立っていた。
急いで窓を開ける。
「どうされたのですか?!」
「フィーナ、その……こんなことになって、心配で」
「心配していただきありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
「ヘリオス王子との結婚は、どう思っているんだ?」
「王太子様と結婚をするつもりはありません。ですが、国交のこともありますし無下にはできないなと……」
「そのことは関係ない! 協定会議は俺がしっかりするから、フィーナは気にしないでくれ」
グランディ様は気にしないでと言うけれど、それを決めるのはトラガノ側だろう。
今、信頼を失っているのはエルドラードの方だ。
私の言動がマイナスになるようなことがあってはいけない。
と言ったところでグランディ様は納得しないのだろうな。
きっと私のために無理はするなと言うだろう。
「……わかりました。とりあえず、ヘリオス様の言う通りにしてみようと思います」
「そうか、なにか困ったことがあればすぐに言ってくれ」
「はい。グランディ様も、なにか私にできることがあれば言ってくださいね」
ありがとう、と小さく呟いたグランディ様は心配そうに眉を下げながら去っていった。