第3話 出来損ないの聖女
「自分で知らずに治癒魔法を使ってるって、フィーナは変わってるな」
「私、光属性の魔力の魔力を持っていることはわかっていたんです。でも、どれだけ訓練しても治癒魔法を使うことはできなかったのですが……まさか知らずに使っていたなんて」
「さっきの天角鹿が怪我をしたまま逃げていったから手当てしようと追いかけたんだけど、まさか魔獣に治癒魔法が使える人に出会うとは」
赤髪の彼は、冒険者テイマーのゼンデさん。
最近、魔獣を捕まえて不正に売買している組織がいて、その組織を見つける任務をしているそうだ。
任務中に罠にかかった天角鹿を見つけ、今に至る。
怪我が治った天角鹿を見送り、木陰に腰掛けて少し話をすることになった。
私が、自分の力について何も知らなかったから。
「私も今とてもびっくりしています」
「それにさ、テイムしてない魔獣の言葉もわかるなんてすごいぜ」
「魔獣の言葉がわかるのは幼い頃からで、これが特別な力とは思っていませんでした」
グランディ様にあまり言わない方がいいと言われてから、自分が特別なんだと知った。
まあ、魔獣と関わる機会なんて、キュウと離れた後は王宮で働き始めるまでほとんどなかったのだけど。
「ほんとフィーナは変わってるな!」
ハハハ、と笑うゼンデさんはとても明るくて良い人だ。
「その子はゼンデさんの使い魔ですか?」
「ああ。ランっていうんだ」
「ランさん、はじめまして。とても良い毛並みをしていますね」
(あら、ありがとう。あなたもとってもキュートよ)
キュートだなんて褒められて、なんだか照れる。ランさんは女の子だけど、とってもかっこいい。
「ゼンデさんはA級のテイマーなんですね」
「魔獣の階級がわかるのか。すごいな」
「はい。魔獣騎士団の獣舎で働いていたので、それなりに知識はあるんです」
テイマーの階級は、テイムしている魔獣の等級によって決まる。
九尾弧はA級の魔獣なので、ゼンデさんはA級テイマーということだ。
魔獣騎士団でもA級はグランディ様だけ。それだけゼンデさんはすごいテイマーということ。
「魔獣騎士団? 立派なところで働いてたんだな。でも、治癒魔法が使えるんだからそれもそうか」
「いえ、私は掃除婦をしていただけです。それに私は自分が治癒魔法を使えると思っていませんでしたし……」
やけに傷の治りが早かったのは、私が無意識に治癒魔法を使っていたから?
みんなはきっとわかっていたよね。
どうして何も言わなかったのだろう。何か理由があったのかな。
「待てよ。光属性の魔力があるってことは、フィーナって聖女じゃないのか?! なんで掃除婦を?」
「先ほど言いましたが、私はどれだけ訓練を積んでも治癒魔法を使うことができなかったんです。それで、わけあって掃除婦を――」
――全ては、適正のある仕事を知るために魔力診断を受けたことが始まりだった。
◇ ◇ ◇
十八歳になって学園を卒業する年。
婚約者もいなければ縁談がくることもない私は就職しようと思い、適正のある仕事を知るために魔力診断を受けにきた。
「光属性の魔力がありますね。すぐに王宮に報告します!」
「え……私に光属性の魔力?!」
女性しか持たない希少な魔力で、唯一治癒魔法を使うことができる。
光属性の魔力を持つ者は国に帰属し、聖女として働くことが決められていた。
私、聖女として働くの? そんな重要な仕事できるのかな。
でも決められていることならやるしかない。
それに王宮で住み込みで働けるならあの家を出られる。
家に帰ってすぐに荷物をまとめ、王宮にやってきた。
はじめは新しい聖女がやってきたと歓迎されたが、それは一時の間だけだった。
私は光属性の魔力があるものの、治癒魔法がいつまで経っても使えなかったのだ。
『光属性の魔力がありながら治癒魔法が使えないなんてほんと出来損ないね』
『あなたみたいな人が私たちと同じ聖女を名乗らないで』
出来損ない。その通り過ぎてなにも言えなかった。
周りからの重圧、蔑むような態度に耐え、いつか治癒魔法が使えるようになると信じ、たくさん努力した。
それでも、治癒魔法が使える気配すらない。
そんな時、ふと見つけたのが魔獣騎士団の獣舎だった。
中を覗いてみたが、騎士たちはもう仕事を終えた時間なのでだれもいない。
私はかつての親友だったキュウを思い出し、そっと足を踏み入れる。
(あら、可愛らしいお客さん)
最初に私に気付いたのは、オオカミの魔獣だった。
「勝手に入ってごめんなさい」
(あなた、言葉がわかるの?)
「はい。あの、私魔獣が好きで……近くにいってもいいですか?」
(もちろんよ。私はミリ。むさ苦しいところだけどゆっくりしていくといいわ)
「フィーナといいます。お邪魔します」
優しく招き入れられ、ゆっくりと近づく。
綺麗な毛並みだな。触りたい……。
すると、私の思っていたことがわかったのか、ミリは腰ほどまでの檻の柵の上に身を乗り出し頭を下げる。
私は両手で包み込むようにモフモフと撫でた。
「気持ちいい。ありがとうございます、ミリ」
(ミリだけずるいよ。ボクも撫でて欲しい!)
隣の檻にいたグリフォンも身を乗り出し、大きな羽を広げる。
「とても立派な羽ですね」
(そうでしょそうでしょ! 触ってもいいよ)
「ありがとうございます。では、遠慮なく――」
それから私は頻繫に獣舎に足を運んだ。
聖女としての訓練はいつまでたっても上手くいかず、落ち込んでいたけれど、魔獣たちが励ましてくれたおかげで頑張ろうと思えた。
けれど、王宮に来て一年が経ったころ、私の聖女解任が決まった。
治癒魔法が使えないのだから仕方のないこと。
一年訓練して使えないのだから、今後も見込みがないとして王宮を出ることになった。
最後に獣舎のみんなに挨拶をして、荷物をまとめていると、なぜか魔獣騎士団の団長室に呼ばれた。
もしかして、勝手に獣舎に入り浸っていたことがバレて咎められるのだろうか。
不安になりながら中へ入ると、騎士団の制服を纏った金髪碧眼の綺麗な男性が立っていた。
魔獣騎士団長のグランディ様だ。
背中の後ろで手を組み、無表情で私を見る。
やっぱり怒られるのだろうか。
数秒、私をじっと見つめたあと、グランディ様が口を開く。
「フィーナ・オルパスさん、獣舎で働かないか?」
「え……獣舎で、働く?」
いったい、どういうことだろう。
「テオが、君を引きとめろと言ってきかないんだ。他の魔獣たちも君がいなくなると聞いてから暴れて手がつけられなくなった。今は君を説得するからと大人しくしてもらっているんだが……」
ため息混じりに告げる様子に、獣舎での対応が大変だったのだとわかる。
「すみません……私が勝手にあの子たちと仲良くしていたから騎士のみなさんにご迷惑をおかけしているんですね」
「いや、そういうわけではない。君が獣舎にくるようになってから魔獣たちも機嫌がよくて我々も助かっていたんだ」
「私が獣舎に行っていたこと、知っていたんですか?」
「ああ、邪魔すると悪いと思って声はかけなかったが」
私がみんなといるところを見られていたんだ。
全然気がつかなかった。
本当は騎士以外は入ってはいけないのに、気付いていてそっとしてくれていたんだな。
「ですが私、獣舎で働くなんて……掃除くらいしかできません」
「掃除、いいではないか。それでいこう」
「え?」
魔獣たちに引きとめろと言われてとりあえず働かないかと言ったが、何をしてもらうか決まっていなかったのだという。
そして私はその日から獣舎の掃除婦として、引き続き王宮内で働くことになった。
仕事は獣舎の掃除と魔獣たちの餌やりやブラッシング。
大きな子たちを相手にするので大変なこともあるけれど、やりがいのある仕事だった。
なによりみんな可愛くて、癒される。
騎士の方たちもとても良くしてくれた。
でも、三年が経った今日、アンジュ王女に解雇を言い渡された。
『出来損ないのくせにグランディ様に取り入って王宮に居座るなんてみっともない』
その通りだ。私は治癒魔法が使えない出来損ない。
本来なら、たとえ掃除婦であろうと王宮で働く者はそれなりの身分がないといけない。
男爵家の妾の子の私が居て良い場所じゃないんだ。
私を雇ってくれたグランディ様もそう言っているなら、もう出ていくしかない――。