第28話 トラガノ国の歴史
翌朝、私とキュウは王立図書館へと向かうことにした。
グランディ様に教えてもらった道を真っ直ぐ歩く。
(フィーナ、その髪飾り気に入ってるの?)
「これ? ほんと綺麗だよね」
昨日グランディ様からいただいたバレッタを早速付けてみた。
キュウは私の後ろをパタパタと飛びながらじーっと見ている。
(あの騎士団長からもらってそんなに嬉しいの?)
「うん。キュウとお揃いになったみたいで嬉しい」
(え……お揃いって、どういうこと?)
「ドラゴンをモチーフにしたアクセサリーなんて珍しいよね。鱗の模様と赤い石がキュウみたいでとっても素敵」
(っ! 僕もそれ、フィーナにすごく似合ってると思う!)
昨日、グランディ様たちと会ってから少し不機嫌なキュウだったけれど、今は頬を緩ませてご機嫌のようだ。
私の肩の上で鼻歌なんか歌っている。
今は体を小さくしているし、昔キュウと過ごしていた頃に戻ったみたいで楽しい。
そしてもうすぐ図書館に着くという時、また魔獣を乗せた馬車が走っているところを見かけた。
檻の中にいるのは天角鹿だった。立派な角を携えている。
けれど、意識が錯乱しているのか檻に角を打ち付け、暴れていた。そのせいか、角が欠けているところもある。
「あの子、大丈夫かな……」
(かわいそうだけど仕方ないよ。保護施設に行くだろうし、悪いようにはならないよ)
早く良くなってくれたらいいな、そう思いながら目の前を馬車が通り過ぎようとした時、檻に角を打ち付けた拍子に檻の格子が数本折れて倒れてきた。
「えっ」
(フィーナこっち!)
キュウに引っ張られなんとか格子を避けることはできた。けれど、壊れた格子の間から天角鹿が飛び出してきた。
馬車を引いていた騎士二人が捕らえようとするけれど、ひどく暴れ回り手が付けられない。
これでは手荒く捕えるしかなくなってくる。そうなればまた怪我をしてしまう。
「ねえキュウ……」
(しょうがないなぁ)
私の考えていることがわかったのか、キュウは天角鹿のところへいくと、首元に軽く噛みつき地面に伏せさせる。
天角鹿は手足をバタつかせるけれど、逃げることはできない。
キュウは体を小さくしたままなのに、相当な力だ。
「ありがとう。あとはこちらで」
「あのっ! 少し待ってもらえませんか」
騎士が頭を下げ、連れて行こうとするけれど、このままでは同じことを繰り返す。
私は天角鹿のお腹に手を触れた。
「危ないから早く下がりなさい」
「大丈夫です」
キュウは黙って押さえたまま、私を見守ってくれている。本当に危険なら止めるはず。だから大丈夫。
私はいつものように透視魔法で体の中を視ていく。
内蔵などに損傷もないし、血の巡りも問題ないから薬を飲まされたとかでもない。
だとすると……。
角に気を付けながら、額にそっと触れた。
やっぱり。脳が萎縮している。
これは、薬の作用ではなくて、薬が切れたときの症状。
きっと、大人しくさせるために常に薬を飲まされていたんだろう。
このままでは保護されても命が危なかったかもしれない。
私は脳を元に戻す治癒魔法を施した。
天角鹿はスッと大人しくなり、キュウも押さえていた首を放した。
治療自体は難しいものではない。でも、しっかりとした見極めが大切だ。
「もう、大丈夫だと思います」
「いったい、何をしたんだ?」
怪我を治したわけではないし、手を触れただけで治癒魔法を使ったとは思っていないのだろう。
それならそれで、都合がいい。
「特には。少し落ち着かせただけです」
「そう、か……どうもありがとう」
騎士は腑に落ちないようだったけれど、そのまま天角鹿を馬車に乗せる。檻は壊れた状態だけれど、逃げ出すことはなかった。
「しっかり休んでくださいね」
天角鹿に手を振り、走り去る馬車を見送った。
(フィーナはほんと、お人好しだよね)
「私、自分の持っている力でできることをするって決めてるんだ」
今までずっとなにも出来ずにただ守られているだけだった。
今度は、私が周りに尽くしていきたい。
(もっと自分のすごさを自覚するべきだよ)
「全然すごくなんてないよ。さ、図書館に行こう。お父さんとお母さんのこと、なにかわかるといいね」
王立図書館は、外から見るよりもかなりの広さがあった。
トラガノの歴史書から魔導書、物語など、様々な本が揃っている。
いくつか歴史書とドラゴンの生態について書かれた本を持って読書ができるスペースへと移動した。
「この本は歴代の国王について書いてあるんだって」
代々国王がドラゴンをテイムしていたのは千年前まで。それ以降、トラガノにドラゴンは生息することはなく、過去の習わしとなったそうだ。
「どうしてドラゴンはいなくなったんだろう」
(そもそも数が少ないからね。それにドラゴンは群れにはならないから繫殖にも向いてないし)
「キュウは他のドラゴンに会ったことはあるの?」
(うん。でも人間には到底行けないような場所でひっそり暮らしてる。それにみんなもうかなり老体でいつ死んでもおかしくない個体ばかりだったよ)
残念ながらお父さんとお母さんには会えていない。特性上見つからなくてもおかしくはないからとキュウは言った。
その後も読み進めていくと、面白いことがわかってきた。
「初代国王は女性……あの銅像は女の人なんだ」
まだトラガノが国として創設される前、とある少女の元へどこからともなく一体のドラゴンが現れた。
ドラゴンは少女に非常に懐き、少女はドラゴンの力を借りてトラガノの地を栄えさせた。
それが、トラガノ国のはじまり。
その後、トラガノにはどこからともなくドラゴンが現れ、少女の子孫たちとテイム契約を結び、豊で強い国にしていった。
けれど、千年前ほど前からドラゴンが現れることはなくなり、探しに出ても、その姿を見つけることはできていないようだ。
(この国で、ドラゴンが生まれていたわけじゃないんだよね)
「知ってたの?」
(まあね。でも、フィーナと一緒ならもっといろいろわかるかと思って)
わからなくても別にいいんだけどね、と言うキュウだけれど、言葉とは裏腹に真剣に本を見ていた。
「キュウは、私と会う前はどこにいたの?」
(それが全く覚えてないんだよ。目の前が真っ暗で体が痛くて、でもいつの間にか温かい光に包まれて。目を開けるとフィーナがいたんだ)
あの時のキュウはまるで生まれたてのようだったけれど、辺りに親らしき魔獣もいなくて不思議に思っていた。
ドラゴンはそういうものなのだろうか。
それから何冊か目を通したけれど、手がかりになるような記述は見つけられなかった。
随分と時間が経ってしまったので、また明日も来ることにして図書館を出ることにした。
キュウと二人で街をブラブラしようと思って歩き出す。
すると、図書館を出てすぐ目の前に一台の馬車が止まった。
王家の紋章が刻まれた豪華な馬車だ。
何事かと固まっていると、中から一人の高貴な男性が出てきた。
黒い燕尾服を着た、賢そうな人だ。
「フィーナ・オルパスさんですね。今から王宮へ来ていただきます」
「えっ? 王宮に? どうして……」
「大事なお話がありますので」
大事なお話?!
私、なにかしでかしてしまったのだろうか……。