第24話 水源の秘密
(フィーナ、どうして来たのさ)
「みんながなかなか戻って来ないから心配で……」
(そんなに僕のこと信用できなかった?)
「そういうわけじゃないけど……」
帰って来なかったのは洞窟の中で魔蝙蝠に苦戦していたからで、だれも怪我はしていない。
心配し過ぎだったかもしれないけど、やっぱり一緒にいる方が安心する。
「私も、キュウやみんなと一緒にいたいの。お願い!」
(ここまで来たら引き返せないし。絶対に無茶はしないでよ)
「わかった! ありがとうキュウ」
動きやすいようにずっと小さいままでいたけれど、数も多くすばしっこい魔蝙蝠に痺れを切らし、元の大きさに戻ったそうだ。
狭い空間に体が収まりきらず、洞窟を崩壊させてしまった。
(でも、僕が感じたのは魔蝙蝠の魔力じゃないんだよね)
視界を遮り行く手を阻んでいたのが魔蝙蝠だっただけ。
本当の要因は別にある。
瓦礫をどかしながら、ミラーナさんたちがいた道を、さらに奥へと進んでいく。
「ミリはミラーナさんがこの洞窟の中にいるってわかったの?」
(キュウが呼んでくれたの。この洞窟の中にいるって)
(外から彼女を探す声がしたからね)
ということは、きっと私やグランディ様が探していたこともわかっていたはず。
わざと教えてくれなかったんだな。
「獣舎にいるはずのミリがいてすごく驚いたわよ。心配してきてくれたんでしょ? ありがとう。でもグランディ、騎士団の仕事は大丈夫なの?」
「正当な手続きを踏んできたから問題ない。そのおかげで来るのが遅くなったが」
ミラーナさんは強いから大丈夫だって言っていたけど、やっぱり心配だったよね。
先へ進んでいくと、遠くのほうから水の音が聞こえてくる。
さっきの湖と繋がっているのかもしれない。
それと同時に、なにか禍々しい魔力を感じるとキュウたちが言った。
「気を引き締めていこう」
少し進むとやはり先ほどの道と繋がっているようだった。
奥には湖があり、右側へ川が流れるように続いている。
「この川、自然にできたものじゃないわね」
ミラーナさんが壁面を触りながら首を傾げた。
薄暗くてよく見えないけれど、触ってみるとたしかに何かで掘ってできた造りをしている。
(さっきの湖、たぶんあれが水豹のすみかだったと思う)
「じゃあ、この水が水豹が守っていた水なんでしょうか?」
「その水を、川を造ってどこかに流そうとしているってこと?」
農園が広がる場所とは違う方向に川が引かれている。
水豹が水質を守ってくれていた水。オラーヴァはこの水のおかげで農業が栄えてきた。
そんな水を奪おうとしている。水豹が連れていかれたのもそういうことだ。
いったいだれが、何のために?
(ああもうじれったいなぁ)
キュウは小さくしていた体をまた元に戻す。私を抱え羽で包み込むと大きく息を吸った。
(え? ちょっと何する気?!)
(きみたちは自分の体は自分で守るように)
キュウは大きく息を吐きながら飛び上がる。
洞窟の壁は風に舞うように吹き飛ばされていく。
みんな大丈夫だろうかと思ったけれど、瓦礫を上手く避けながら開けていく方へと進んでいく。
さすが常日頃から訓練を積んでいる騎士団だ。
キュウはどんどん壁を崩し、ついに問題の場所へとたどり着いた。
「これは、いったいなんでしょう……」
目の前に広がる現状に目を疑った。
人工的に切り開かれた広い空間に、大きな湖。
そして、その湖の中には禍々しい生物が沈んでいた。
「ミラーナ、これは!」
「八頭蛇? 生きているの?」
八頭蛇……八つの頭を持つ蛇の、魔物?
どうしてこんなところに?
(僕が感じてたのはこれだよ。生き物ではない嫌な魔力だ)
「生き物ではないってどういうこと? 魔物ですらないってこと?」
(わからない。でも、普通じゃないよ)
湖の中で蠢くそれは、まるで恐怖が生まれる直前を見せられているかのようだった。
その時、対岸の奥から不適な笑みを浮かべた男性が現れた。
「これだから外の者は野蛮で嫌なんですよ。神聖な洞窟をめちゃくちゃにして」
そこにいたのはアーチャーさんだった。
私たちに蔑みの目を向ける彼は、お見合いの時の穏やかな表情はなく、まるで別人だ。
「すべてあなたがやったことなの? ここで何をしているの」
「これは偉大な研究ですよ。知っていますか? この水には水豹の魔力が流れているんです。その魔力のおかげでオラーヴァの作物は大きく質の良いものが育つ。たかが作物にこの水はもったいないんですよ」
「だから勝手に水を奪ってるっていうの? この魔物はいったい何なのよ!」
ミラーナさんはひどく怒っている。
マルスさんだってなにも知らなかった。水豹がいなくなって心配していたし、アーチャーさんのことはとても信頼してた。
独断でこんなことをやっているなんて許されないはず。
それにこの魔物……。
「そんなに気になるなら教えてあげますよ」
アーチャーさんは手に持っていた何かのボタンを押した。
すると、湖の水がゆっくりと抜けていく。
少しずつ、八頭蛇の姿が露見してきた。
八つの頭を蠢かせ、こちらに牙を向ける。
「グランディ、この八頭蛇……」
「核がない?」
身体の中央にある核。
核の魔力によって生きているはずの魔物に、核がない?
腹部には大きく抉られたような痕があり、そこにあるはずの核がないのがわかった。
(ミラーナ、これはあの時の八頭蛇よ)
「やっぱりそうなのね。でも、どうして? あの時ちゃんと砂化を確認したはずよ」
「だから言ったでしょう。この水は特別なんですよ。少しの残骸があればその姿を形成させることができる。いくらでも魔物を復活させることができるということですよ」
「あの時の八頭蛇の残骸を持ち去ったということか。魔物を復活させてどうするんだ!」
「従順な魔物を育てるんですよ。言うことを聞く魔物ほど便利なものはないでしょう?」
意味がわからない。
人々を恐怖に陥れ支配しようとしているの?
そんなことをして何が得られるというのだろう。
(なんでもいいけどさぁ。さっさとあいつ倒そうよ。あんな気味悪い生き物いやだよ。ここ、全部吹き飛ばしてもいいかな)
八頭蛇を前にキュウが鋭い目つきで魔力を蔓延らせる。
開けた場所とはいえ、戦うには狭すぎる。
吹き飛ばすにしても、魔蝙蝠の時とは比べ物にならないほどの威力になるはず。
この洞窟は崩れてしまうかもしれない。
「この魔物を倒すことを優先しましょう」
「ああ。八頭蛇は侮れない」
全員が戦闘態勢に入るけれど、アーチャーさんだけは変わらず不敵な笑みを浮かべていた。
「あれがどうなっても知りませんよ」
視線は八頭蛇の足元にある。
目を向けると、浅くなった湖に半分ほど身体が浸かった状態で、横たわる水豹がいた。