第22話 ミラーナとミリの過去
「テオ、お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
ご主人様が羽の手入れをしてくれて、今日も一日が終わった。
羽はツヤツヤになったしとても気持ちいいけれど、フィーナの手が恋しくないと言えば嘘になる。
ご主人様には言えないけどね。
フィーナ、元気にしてるかな。
あのドラゴンが一緒なら危ない目には合っていないだろうけど。
それにしても、フィーナがドラゴンをテイムしていただなんて驚いたな。
ボクたちと会話できることも、治癒魔法を使えることもとてもすごいことだ。
でも、それ以上にあんなドラゴンをテイムしているだなんて。
ボクも昔ドラゴンに会ったことがあるけれど、あのキュウってやつは異常なほどの力を持っていると思う。
それこそ“魔獣”と一言では表せないくらい、特別な何かを持っている。
ボクは隣の檻のミリに目をやる。
彼女もフィーナがいなくなって寂しがっている。
特に今はミラーナさんもお休み中でいないからか、いつもの覇気がない。
二人は無事オラーヴァ国で会えただろうか。
ミラーナさんはずっと気を張って頑張っていたから、ゆっくりお休みできているといいな。
(何よそんなにジロジロ見て。私の顔に何かついてる?)
(なんでもないよ)
見ていることがバレてしまった。
ボクは、ミリのことも心配している。
あの時から彼女はすごく慎重に任務をこなすようになった。
悪いことじゃないんだけど、以前のようなミラーナさんと勢いのある戦い方も好きだったな。
あれは、いつもの魔物討伐の任務へ行ったときのことだった――
◇ ◇ ◇
「ミラーナ、ミリ、そっちは頼んだ!」
「わかった!」
オラーヴァとの国境の森で発生した八頭蛇。
特別強い魔物ではないけれど、八つの頭と鋭い牙から溢れ出る猛毒で接近戦が難しく苦戦していた。
「ミリ、懐へ入って一気に仕留めるわよ」
(核を狙うのね。了解)
上空から遠隔攻撃を得意とするボクとは違って、素早い動きで相手へ直接攻め入るミリ。
八つの頭がうねうねと邪魔をして体部の中心にある核を狙えずにいたけれど、ミリならいけると思った。
ボクとご主人様、他の魔獣や団員たちは頭たちの気を逸らし、ミリとミラーナさんが八頭蛇の懐へと駆けこんでいく。
ミリに跨るミラーナさんは剣を構え、腹の中心に大きく突き差した。
八頭蛇は長い首を四方八方にうねらせ、もがき苦しむ。
一撃で大きなダメージを与えた。
このまますぐに倒せると誰もが思ったその時――ミリが突然苦しみ始めた。
「ミリ! どうしたの?!」
(私は大丈夫だからこのまま仕留めて!)
ミラーナさんはミリの背から降り、もう一度八頭蛇の腹に向かって駆け出していく。
けれど、動きが鈍くなり足を止め苦しみ出した。
呼吸が浅く、大きな剣を両手で持ち上げるのがやっとという状態だ。
何が起こったんだ?
二人には一旦下がってもらい、ボクたちが八頭蛇の相手をする。
(ミラーナごめん、私が油断したせいで……)
「何があったの?」
(……あいつだわ!)
ミリは足元に鋭い眼光を向けると何かに飛びつく。
咬みちぎり息の根をとめたのは、人の腕ほどの大きさの毒蛇だった。
八頭蛇の足元に隠れてミリに噛みついていたのだ。
毒蛇は仕留めたものの、毒が体を回りはじめていた。
魔力を共有し戦っていたミラーナさんにも影響がでている。
「ミリ、大丈夫?」
(少し解毒に時間はかかるかもしれないけど、死ぬような毒じゃないわ……)
「よかった……」
けれど、魔獣であるミリよりもミラーナさんの方が体に負担がかかっているようだった。
大量の汗が流れ、呼吸はどんどん浅くなる。
(ミラーナ! このままではあなたが毒にやられてしまうわ)
「大丈夫。まだ動ける」
ミラーナさんはふらつく足取りで剣を構える。
あんな状態で剣を振るえるわけない!
(契約を解除して! そうすれば影響を受けなくなる)
「解除はしないわ、このまま戦う」
今にも倒れそうな顔色なのに戦うなんて無茶だ。
ご主人様も今すぐ助けに行きたいと思っているけれど、残りの頭が隙を与えてくれない。
その時、一頭がミラーナさんめがけて牙をむき出し迫りくる。
ミリはミラーナさんの指に嚙みついた。
血を戻し、契約を解除する。
「ミリっ!」
(早く仕留めて!)
顔色が戻ったミラーナさんは剣を構え、頭を交わし、もう一度八頭蛇の腹へと切り込んだ。
すると八頭蛇は動かなくなり、砂化した。
(倒せた)
(よかった……)
戦っていた魔獣たちは安堵していたけど、ミリはまだ苦しそうにしている。
ミラーナさんの中指からは血が滴り落ちていることにも、ボクは気づいていた。
それから獣舎に戻りミリは休養に入ったけれど、フィーナのおかげで翌日には回復していた。
◇ ◇ ◇
あれから二年が経つけれど、二人はまだ契約を解除したままだ。
あの時のミリの選択は間違っていなかったと思う。あのままではミラーナさんは八頭蛇にやられていただろう。
でも、テイム契約を解除することの重みもわかっている。
任務中の油断で起こったこと。それはもう一度契約したとしても、また同じことが起こるかもしれなということ。
お互いの実力不足だとお互いが責任を感じている。
ボクは、ミラーナさんとミリ以上に相性のいいパートナーはいないと思ってるんだけどなぁ。
(――ねえ)
その時、どこからか声が聞こえてきた。
ここのだれでもない、けど、どこかで聞いたことのある声。
他のみんなには聞こえていないみたいだ。気のせいかな?
(ねえ、ちょっと聞いてる?)
(え?! だれ? どこにいるの?)
(どこにもいないよ。僕のことわかんない?)
(もしかして……きみは、キュウ?)
(そうだよ、鈍いなあ)
頭の中に直接話しかけてくるキュウ。
まさか念信を送ることができるだなんて。
しかも、きっと場所はフィーナのところ、オラーヴァ国からだ。
そんな遠いところから念信を送ってくるなんてやっぱりすごいやつだな。
(念信が使えるなんてきみは本当にすごいね)
(これくらい普通だよ。それよりも問題が起こったんだ)
(問題ってなに?)
(きみのとこの副団長さんが危なそうな山に入って戻ってこないんだ。フィーナがすごく心配してる。僕も探しにいくけど伝えとこうと思って)
(ミラーナさんが危ないの?!)
ゆっくり休んでくれたらいいと思っていたのに危険な目に合っているなんて聞いてないよ!
(ミラーナが危ない?! テオ、どういうこと?)
ミリが僕の言葉に反応する。
キュウからの伝言を告げると固い表情でそわそわし始める。
彼女はいてもたってもいられないだろう。
(ボクはご主人様に知らせてくるから、ミリは先にオラーヴァに向かって!)
ミリは頷くと風をきるように駆けていった。