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第21話 異変

「ねえ、キュウ……その体勢はなに?」

(だってこいつ、隙あらばフィーナの膝の上を狙ってる)


 キュウは体を倍ほどの大きさにして、私の足の間に座り、羽で太股を覆っている。

 隣に座る海狸はチラチラとこちらを見ていた。


 家に戻った私たちは、水豹について話を聞くためにソファーに座っている。

 向かいにはミラーナさんとマルスさん。


「その鳥、そんなに大きかったっけ?」

「えっと……魔獣は急激に大きくなるといいますし?」

「そうなんだ。そっちの子は?」

「この子は、先ほど川で助けた子です」


 マルスさんは、君は魔獣が好きなんだね、と笑いながら特には気にしていない様子だった。


「それより、兄さんはあの山には入ったことはある? 水豹を見たことは?」

「水豹様は見たことないけど、山には時々献上のために行くよ」

「献上、ですか?」

「農作物を水豹様に献上するんだ。と言っても形だけだけどね」


 昔からの風習で、山の水を守ってくれている水豹への感謝として、採れた農作物を山の中腹にある献上台へ置きにいく。

 

 ただ、水豹は肉食であるため、作物は食べない。置かれたものは他の草食の魔獣たちが食べているだろうとのことだった。


(その通りだよ。水豹様がぼくたちに食べていいよってくれてたんだ)


 十日に一度、組合員が交代で持っていくのでマルスさんも行ったことがあるのだそう。

 山に入るのはその時だけ。山道の整備もされていないし、魔獣のすみかとしてなるべく自然のままにしておくというのが昔からの決まりだそうだ。


 最近は水豹がいないということで、持っていかなくていいと代表であるアーチャーさんに言われているらしい。


「本当なら明日が俺の当番だったんだけどな」

「ねえ、行きましょうよ」

「そうですね! 行ってみましょう」

「え? 行くの?」

「だって、食べてくれる子たちがいるなら持っていったらいいじゃない」


 私たちはマルスさんと一緒に山へ作物の献上へ行くことにした。

 献上に紛れて山の様子を見てこようという計画だ。


 ――けれど、そう上手くはいかなかった。


「この山には入らないで下さいとお願いしましたよね?」


 翌日の昼下がり、農作物を抱えみんなで山へ向かっていると、アーチャーさんがいた。


「こんにちは。俺はこれから献上に行こうと思っていまして」


 マルスさんが私たちの前に立ち、ごく自然なことのようにふるまう。


「水豹様が見つかるまでは献上もしなくていいとお伝えしたはずですよ」

「ですが、そもそも水豹様はあまり人前に姿を現しませんし。いつも献上しているものを急に止めてしまっては水豹様が出てきたときに失礼になるかと」


 食い下がるマルスさんにアーチャーさんは怪訝そうな顔をする。

 どうして、そんな表情をするのだろう。

 悪いことをしているわけではないのに。


「わかりました。ですが、マルスさんお一人で行ってくださいね。彼女たちはオラーヴァの者ではないので」

「私は半分オラーヴァの血を継いでいますし、かまいませんよね? いいですよね?!」


 ミラーナさん、圧がすごい。

 アーチャーさんは半分諦めたように頷くと二人を通した。


「フィーナは家で待っててね。私が様子を見てくるから」


 無理に私が山へ入り、二人に迷惑をかけてもいけないので、ここはお任せすることにした。

 

 言われた通り、家に戻り二人の帰りを待つ。


(てかさ、なんできみはあのまま山に帰らないのさ)

(山の中より人里のほうが居心地が良いって気づいたんだよぉ)


 一緒に家へ戻ってきた海狸にキュウは不満そうだ。

 山で危険な目に合ったばかりだし、帰るのが不安なのかもしれない。


(住み慣れた場所のくせに足を踏み外すなんてどれだけどんくさいんだよ)

(違うよぉ。なんか変なのに追いかけられたんだ)

「変なの? 人、ですか?」

(ううん。何かはわからなかったけど、人間じゃなかったよ)


 変なのってことは山に住んでいる魔獣ではないはず。

 人間でもないってことは、いったい何に追いかけられたのだろう。


(あの山、なんか嫌な魔力を感じたんだよね)

「え?! そうなの? なんで言わないの?」

(言ったらフィーナは逆に行くでしょ。そんな危ないことはさせないよ)

「そんな……ミラーナさんとマルスさんが山にいるのに。今からでも行こう」

(大丈夫でしょ。仮にでも騎士団の副団長だよ)

「でも……」


 二人が山へ入ってから数時間経っている。

 もうすぐ日も暮れるというのにまだ帰ってこない。


「海狸さん、あの山に人を襲うような危険な魔獣はいるのですか?」

(いないはずなんだけど、最近様子がおかしいんだよなぁ)


 やっぱり、何か異変が起こっているんだ。


「キュウ、お願い! 一緒に――」


 その時、玄関のドアが開く音がした。


 帰ってきたんだ。

 良かった……。


 安心したのもつかの間、リビングを出て玄関へ行くと、そこにいたのはマルスさん一人だけだった。


「ミラーナが、帰ってこないんだ!」

「どういうことですか?!」


 供物台に作物を置いたあと、山の様子を見てこようと二人で奥へと進んだようだ。

 その途中、ミラーナさんが気になることがあるといって駆けていった。

 日頃から訓練を積んでいるミラーナさんの足に追いつけず、供物台のところで待っていたが一向に帰ってこないため、知らせに戻って来たのだそう。


「キュウ、今すぐミラーナさんを探しに行こう」

(だめだよ。もう日も落ちるし危な過ぎる)

「危ないのはミラーナさんだよ! 一人でどうなってるかわからないよ」


 こんな状況で待ってるなんてできない。

 勝手に山に入って怒られたとしても仕方ない。


(もう、わかったよ。その代わり僕が行くからフィーナはここで待っててよ)

「いやよ、私も行く」


 制止を振り切り、飛び出した。

 キュウが付いてきてくれる。キュウがいれば怖くない。


 けれど、駆け出してすぐなぜか首元にちくりとした痛みが走る。すると体に力が入らなくなり、意識が遠くなっていく。

 

(フィーナ、ちゃんと僕の言うこときいてよ。君はここで待っててくれればいいんだ。心配しなくても僕がみんなを――)


 キュウが何か言っている――けれど、聞き取れないまま私は完全に意識を手放した。





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