第20話 山の掟
まさか依頼主がミラーナさんのお見合い相手だとは思いもしなかった。
アーチャーさんも驚いていたが、私たちが知り合いということで、なぜか今お見合いに同席している。
「えっと……ミラーナさんは、優しくて可愛らしい方です。それに正義感が強く、制服を纏っている姿はとても凛々しく美しいです」
「女性初の副団長になられるほど優秀な方だと聞いています」
「そうなんです! 昨晩だってお休み中だというのにお庭でこっそり訓練をするほど努力家なんです」
「え?! 見てたの?!」
ミラーナさんは目を見開き、隣に座る私を見る。
「はい、お部屋から見えたので」
窓を開けてずっと見ていたけど、やっぱり気づいてなかったんだな。それだけ集中していたということ。
「真面目で、頑張り屋さんなのですね」
アーチャーさんはミラーナさんを見つめながら柔らかく微笑む。
結婚の話は別として、農園組合の代表もしているし、しっかりとしていていい人そうだ。
「あの、先ほども言いましたが私は仕事を辞めるつもりはないのでこのお話はなかったことにしてください。兄がご迷惑をおかけしました」
「ご迷惑だなんてどんでもない。マルスさんにはとてもお世話になっていますから。あなたのような素敵な妹さんがいて羨ましいです」
「いやいやとんでもないです。それより、フィーナの依頼というのは?」
お見合いは終わりのようで、魔獣探しの件について話をすることになった。
けれど、アーチャーさんは申し訳なさそうに私に頭を下げる。
「せっかく来ていただいたのですが、あの山にはオラーヴァの者以外を入れてはいけないという掟があるのです。なので、依頼をフィーナさんにお願いすることはできないのです」
「そうなのですか? 知りませんでした」
そんな掟があったんだ。
ギルドの人は何も言っていなかったし、行方不明の水豹が気になるな。
「オラーヴァの冒険者にお願いできればいいと思って依頼を出したのですが、なかなか受けてくれる人がいなんですよ」
困ったように言うアーチャーさんだが、そもそもオラーヴァには冒険者は少ない。
ギルドにいた人たちも身なりからして、国外から来た人たちが多かったように思う。
「もし、依頼を受ける人がいなかったらどうされるのですか?」
「その時は諦めるしかありません。水豹様ももう随分と年を取っていましたし、いなくなってもおかしくはないのです」
人間よりもはるかに長生きする魔獣にだって寿命はある。
亡くなっていてもおかしくはないということか。
なら、仕方ないのかもしれない。
「わかりました。お役立てず、すみません」
「こちらこそわざわざ来ていただいたのにすみませんでした」
話を終え、ミラーナさんと共にアーチャーさんの家を出た。
とりあえずお見合いはお断りしたし、肩の荷が下りたと笑うミラーナさん。
私は初めての任務に気合いを入れてきたけれど、拍子抜けしてしまった。
またギルドへ戻ろうかなと考えていると、ミラーナさんが行きたい場所があるというので一緒にいくことにした。
着いたのは、帰り道の途中にある小さな川だった。
ミラーナさんは靴を脱ぎ、バシャバシャと川の中へと入っていく。
「気持ちいいー! フィーナもおいで」
「はいっ」
キラキラと太陽の光を反射する水面と、ミラーナさんの笑顔に惹かれ、私も川へと入る。
水は深いところでも膝ほどまでしかなく、流れの穏やかな川だ。
スカートの裾を持ち上げ、足をパシャパシャとさせる。
「小さい頃、兄たちとよくこうやって遊んだの」
「水が冷たくてとても気持ちいいですね」
はしゃいでいると、ずっとそばで見ていたキュウが突然スカートの裾を引っ張ってきた。
(フィーナ、足出し過ぎ)
「でも、濡れちゃうし」
(さっきそこを通った男の人、フィーナの足見てたよ)
「え、そうなの? はしたないって思われちゃったかな」
(そういうことじゃないでしょ。とにかく、もうおしまい)
キュウに止められ、名残惜しさを感じながらも川から上がった。
近くの木陰に腰掛け、川を眺めながら休憩する。
視界の先には、水豹が住むと言われる山が見える。ここからさほど遠くはなさそう。
「あの山はどうしてオラーヴァの者以外入ってはいけないのでしょう?」
「わからないわ。私もあの山に入ってはいけないなんてはじめて聞いた。獣道しかないからあまり入る人もいないのだけどね」
昔からの言い伝えのようなものだろうか。
どうしてだめなのか気になるし、入ってはダメだと言われたら入ってみたくなるんだよな。
それに、やっぱり水豹のことが気がかりだ。
本当に探すことを諦めてしまうのだろうか。
そのとき、川から海狸がもがきながら流れてきた。海狸は泳ぎが得意なはずなのに。それに、こんな浅瀬にくるなんて。私は急いで抱き上げた。
「大丈夫ですか?」
(うわーん。お姉さんありがとう。山で足を踏み外しちゃって川に落ちて流されちゃったんだ)
「それは大変でしたね。怪我をしているのですか?」
よく見ると、泳ぐために重要な尻尾に大きな傷がある。
落ちたときにできたものだろう。
「すぐ治りますからね」
私は尻尾に魔力を込め、治癒魔法を施す。
単純な裂創であったので、すぐに治すことができた。
「話は聞いていたけど、本当に魔獣に治癒魔法が使えるのね。すごいわ」
ミラーナさんは感心しながら治癒魔法の様子を覗いていた。
(わあ! 治った! 痛くない!)
「よかったです。気を付けて帰ってくださいね」
(ねえお姉さん、ぼくもう少し一緒にいたいなぁ)
怪我が治った海狸は嬉しそうに私の膝に頬をすり寄せる。
「甘えん坊さんなんですね」
可愛いなと思い頭を撫でようとすると、キュウが海狸を押しのけ私の膝の上に座った。
(これ以上フィーナの膝に長居するとどうなるか分からないよ?)
にこりと微笑んでいるけれど、全然目が笑っていない。
むしろ、獲物を狙っているような眼光だ。
(ごめんなさい~。でも最近、水豹様が連れていかれてから山が荒れてあぶないんだよぉ)
「水豹様が連れて行かれた?!」
(そうだよ。突然人間がねぐらにやってきて連れていったんだよ)
寿命で亡くなってしまったのかもしれないと思っていたけれど、そうじゃないんだ。
いったいだれが連れていったの?
「ミラーナさん、水豹がいなくなったのには何か裏がありそうです」
「マルス兄さんにも一度話を聞いてみましょう」
私たちは海狸を連れて家へ戻った。