第19話 ギルドの依頼
畑の隅に置かれてあるベンチにミラーナさんは座っていた。
両手をつき、足を投げ出しながら空を見上げている。
「ミラーナさん」
「フィーナ……さっきの、聞いてた?」
「聞こえてしまいました」
「なんかおかしいと思ってたのよね。まさかお見合いさせようとしてたなんて」
ベンチの端に寄ってくれたので、私も隣に座った。
ミラーナさんは困ったように笑いながらため息を吐く。
「実は両親からも結婚したらどうだって言われてたの」
「騎士団を辞めて、ということですよね?」
「私は結婚をしたくないわけではないけど、騎士団は辞めたくないのよ」
結婚しても、お仕事をしている女性は少なからずいる。
けれど、騎士団のように突発的に任務へ向かわなければいけない仕事だと、家庭との両立は難しいかもしれない。
騎士団には骨を埋める覚悟で入団した。
以前言っていたことを思い出す。
魔獣のことが大好きで、テイマーの素質を持つミラーナさんを家族も応援してくれていたそうだが、最近ではテイムせずに仕事を続けていることを心配しているそうだ。
もういっそ、辞めてしまえばいいのではないかと。
「ミラーナさんは、もう一度魔獣をテイムはしないのですか?」
「そうね……私は今でもミリのことを思っているかもしれないわ」
魔獣騎士団といっても全ての騎士が魔獣をテイムしているわけではない。
テイムしてしまえば良くも悪くもお互いの身体状況に左右されてしまう。
戦場でどちらかが負傷したときに、どちらも戦えなくなるのを防ぐために敢えてテイムはせずに訓練によってお互いの連携を深め、任務をこなす騎士と魔獣も多く在籍している。
現在ミラーナさんは使い魔のいない状態だ。
二年前まではミリとテイム契約をしていた。
けれど、任務中の出来事がきっかけで契約を解消し、それからお互いに新しい契約は結んでいないのだ。
あの時、いつも通り任務へと向かい、帰ってきたときには契約は解消されていた。
ミラーナさんもミリも、いつも通り振舞っていたけれど、それから二人はどこかぎこちなくなっていた。
でも、ずっとお互いを気にかけていたことは知っている。
ミリは、できるならもう一度やり直したい、けれど自分が無理やり契約を解除したから、言い出せないのだと悲しそうに話してくれたことがある。
「ミリとの再契約は考えていないのですか?」
「私たちは、あまりにも相性が良すぎたばっかりにお互いの魔力に大きな影響を与えてしまう。私のせいでまたミリが危険な目にあうのが怖いの」
二人は本当に息が合った良きパートナーだったと思う。
けれどそれが、戦場では枷になることもあるのだとミラーナさんは苦し気に答えた。
また魔獣をテイムすれば、ご家族を納得させられるのではないかという安易な考えではいけないな。
「私、獣舎の子たちと触れ合っているミラーナさんが好きです。お互いに心を通わせ、たとえテイムしていなくても、信頼し合っていることがよくわかります」
「ありがとう。フィーナがいてくれて良かったわ。さっさとお見合い相手に会ってお断り入れてこようかしらね」
「これから行くのですか?」
「ええ。会いもせずに断るのは相手に失礼だから。兄にはもう一度ガツンと言っておくけどね。街を案内するって言ったのに今日はできそうにないわ。ごめんね」
「大丈夫ですよ。また後日お願いしますね」
ミラーナさんはさて、と立ち上がり歩き出す。
私も隣を歩き、家へと戻った。
帰ってきたミラーナさんに、マルスさんはホッとした様子で謝っていた。
◇ ◇ ◇
お見合い相手に会いに行ったミラーナさんを見送ったあと、私はギルドへ行くことにした。
せっかく冒険者登録をしているし、私にできることがあればやってみたい。
それに、私に何ができるのかを知りたいという思いもある。
報酬がもらえれば旅の費用にもなるしね。
街の外れにあるギルドは想像よりもこじんまりとしていた。
やっぱり、冒険者の国と言われるアルカのギルドと比べると小規模なんだな。
それでも、中に入ると複数人の冒険者や魔獣たちで賑わっている。
私も他の人たちに混ざって依頼書が貼られている木板を覗いてみた。
「F級の魔物退治……私でもできるかな」
(魔物討伐なんて危ないからだめだよ)
「でも、キュウがいてくれるし」
(そりゃあ僕ならF級なんて一瞬で倒せるよ。でも、フィーナが討伐現場に行くってこと自体がだめってことだよ)
目に入った依頼書がランクの低いものだったので、なんとなくできるかなと呟いたらキュウに却下されてしまった。
F級の魔物なら大丈夫そうだと思ったんだけどな。
「ねえあれは? 行方不明の魔獣探し」
(まあ、そういうのならいいかな)
キュウの同意を得たので受付けに行き、詳しい依頼書を見せてもらった。
探すのは、オラーヴァの山奥に長年住んでいる水豹。
山から各農園に繋がる川や水源の水を綺麗にしてくれている、農家にとって水神様のような存在だそうだ。
その水豹が最近、全く姿を現さないらしい。
元々あまり出てこない魔獣だったけれど、川の水が濁りはじめたため様子を窺いに行ったが、水豹はどこにもいなかった。
農民たちだけでは探せないと、ギルドに依頼がきたそうだ。
「一度、農園組合の代表者の方と話をしていただいてからの依頼受領となります。代表者の家はここから近いので今からでも行ってみてください」
そのまま教えられた代表者の家へと向かうことにした。
農業にとって水質はとても大切だ。そんな水を守ってくれていた水豹がいなくなってみんな心配しているだろうな。
言われた通り、代表者の方の家にはすぐに着いた。
玄関のドアをノックし、ギルドの依頼を見てやってきたことを告げるとすぐにドアが開いた。
出てきたのは長髪で色白の穏やかなそうな男性。
農園組合の代表というのでもう少し年配の人かと思っていたけれど、随分と若い。
「わざわざありがとうございます。アーチャーといいます。今少し立て込んでいまして、中でお待ちください」
部屋に案内され中へ入ると、そこには見慣れた女性がいた。
先ほどお見合い相手に会いに行くといって見送った――
「ミラーナさん?!」
「フィーナ?!」
立て込んでるって、もしかしてお見合い中だった?!