第18話 兄と妹
改めて向かい合い、久しぶりの挨拶を交わす。
私服を着て髪を下しているミラーナさんは、一目では彼女だとわからないほど可愛らしい姿をしている。
獣舎で会っていた時は、制服を着て髪はきつく束ねていたから。
それこそ、後ろから抱きつかれずに、前から歩いてきただけなら誰だかわからなかったかもしれない。
サラサラの長い銀髪に、グリーンのワンピースがよく似合ってるな。
(フィーナ、この人だれ? いきなり抱きつくなんて失礼じゃない?)
「この方はミラーナさん。魔獣騎士団の副団長さんだよ。とってもお世話になった人なの」
(僕、女性だからって距離が近すぎるのはどうかと思うなぁ)
突然私に抱きついたことが気にいらなかったようで、キュウは私の肩に乗り、不満を漏らす。
ミラーナさんはそんなキュウに気づいたのか、目線を合わせ、にこりと微笑む。
「あたながキュウね。話は聞いているわ。とても強くて賢そうな子ね。グランディよりよっぽど頼りになりそうだわ」
その美しい微笑みにキュウはもう何も言わなくなった。
褒められると大人しくなるんだな。覚えておこう。
「ところで、どうしてミラーナさんがオラーヴァ国に?」
「二番目の兄がここで農園をやっているのよ。前々から顔を見せに来いって言われてたんだけどずっと来ていなくて。グランディからフィーナがオラーヴァに向かったって聞いたから。フィーナに会うついでに、兄に顔を見せようと思ってね」
私に会うついでにお兄さんに?! それは逆ではないのだろうか。
あれからエルドラードに戻ったグランディ様から私の話を聞き、オラーヴァに行くと決めたそうだ。
すぐにお休みをとり、到着したのが昨日。
私の方が早く出発しているのに、さすが普段から鍛えている人は足が速いんだな。
「お兄さん、農園をやってらっしゃるのですね」
たしかご実家はエルドラードでも有数の貿易商を営んでいたはず。
ミラーナさんは学園時代にテイマーの能力を見出し、卒業後は家の手伝いはせず魔獣騎士団に入団したんだと聞いたことがある。
「元々は母の生家なのよ」
オラーヴァからエルドラードへ農産物を売りに来たミラーナさんのお母様に、お父様が一目惚れをしたそうだ。
そして数年間オラーヴァに通い、結婚を申し込んだらしい。
「ロマンチックな国際結婚ですね!」
「当時は周りからすごく反対されたらしいけどね。母は一人娘で農園の後継ぎがいなかったから二番目の兄が継いだのよ。というか、顔が見たいならそっちがくればいいのにね」
そうしたら家族みんなで顔を合わせることができるのにと。
でも、わざわざミラーナさんだけを呼ぶのには何か理由がある気がする。
「グランディったら、必ずフィーナを連れて帰るって約束して私に面倒事を押し付けていったのに、連れてきたのは密猟団なんだから。文句言ってたくさんお休みもらっちゃった」
「すみませんでした……」
「いいのいいの。そのおかげでこうやって二人でゆっくり話せるしね!」
ミラーナさんは私の手を取ると、オラーヴァを案内してくれるといい歩き出した。
幼い頃は休暇になると家族でよく訪れていたので、街には詳しいそうだ。
「どこか行きたいところはある?」
「特には決めていないのですが、まずは宿を探そうかと思っていました」
「それなら、うちに泊まればいいわ! うちと言っても兄の家だけれど」
「いいのですか?」
「祖父母が亡くなって兄一人で暮らしてるから、賑やかな方が喜ぶと思う」
着いたばかりで疲れているだろうからと、そのまますぐにお兄さんの家へ向かうことになった。
商店街を抜け、住宅街を奥まで進んでいく。
すると、壮大な畑が広がる場所に出た。畑の隣にあるレンガ調の二階建ての家がお兄さんの家だそうだ。
「ただいまー」
元々は祖父母の家で、今はお兄さんの家なのだろうけれど、自分の家のように入っていくミラーナさん。
お邪魔します、と言いながらキュウと一緒に中へと入る。
着いて入ったリビングには、ミラーナさんによく似た男性がつなぎ姿でソファーに座ってくつろいでいた。
この人がお兄さんだな。
「はじめまして。フィーナといいます。お邪魔させていただきます」
「うわぁっ! い、いらっしゃい。マルスですっ」
私を見て慌てた様子で立ち上がり、ズボンの裾を直しながら恥ずかしそうに挨拶をしてくれる。
「なにをそんな挙動不審になってるの」
「ミラーナ、お客さんを連れてくれるなら言っといてくれよ。仕事終わりでこんな格好でダラダラしてて……恥ずかしい」
畑仕事が終わって、ゆっくりしていたところだったんだな。
帰ってきたのがミラーナさんだけだと思って気を緩めていたところに、私がいて驚かせてしまったんだ。
「急にお邪魔してしまいすみません」
「いえっ、大丈夫です。ゆっくりしていってください」
「オラーヴァに滞在している間フィーナに泊まってもらおうと思ってるんだけどいいでしょ?」
「ああ、それはもちろん。部屋はたくさんあまってるから好きに使ってくれていいよ」
柔らかく微笑むマルスさんはとても優しくて可愛らしい人だと思った。
夕食に農園でとれた野菜をふんだんに使ったポトフをご馳走になり、オラーヴァ国での一日目が終わった。
◇ ◇ ◇
次の日の朝、何やら言い争う声で目が覚めた。
客室のある二階から一階へ下りてリビングへ行くと、ミラーナさんがマルスさんに怒っているようだった。
「お見合いするだなんて聞いてないんだけど!」
「言ったら来てくれないと思って」
「当たり前でしょ。私、そんなつもりないから!」
「でもミラーナももういい年だし……」
「いい年だからなに? 魔獣騎士団を辞めてオラーヴァに嫁に来いって? 絶対に嫌よ」
呼んだのはお見合いをさせるためだったんだ。
何も知らされていなかったことに怒るのもわかる。
でも、お兄さんもミラーナさんのことを思ってしたことなのかもしれない。
私が口を出すことじゃないよね。
盗み聞きするのも悪いと思い部屋へ戻ろうとしたけれど、お兄さんの言葉に足を止めた。
「でも、魔獣との契約は随分前に解消したんだろ? だったら辞めてもいいんじゃないか?」
「何も知らないくせに勝手に決めつけないでよっ」
ミラーナさんはバンッとドアを叩きつけるように閉め、家を出ていく。
「ミラーナっ」
「あの、私がいきます!」
追いかけようとするお兄さんを制止し、私はミラーナさんを追いかけた。
お兄さんは知らない。
ミラーナさんが、契約を解消しなければいけなくなった理由、魔獣騎士団に対する思い。
私も、あの時何があったのかは詳しくは知らない。
それでも、ずっとそばで見てきたからわかる。
ミラーナさんはきっと今傷ついている――。