第15話 救世主
「グランディ様……」
その姿を見た瞬間、涙が溢れそうになった。
金髪碧眼の美しい容姿に、騎士団の制服をまとった逞しい身体。
もう、会えないと思っていた人がすぐそばにいる。
黙って出て行った私を、助けに来てくれたんだ。
そして地面を颯爽と駆ける複数の足音が聞こえてくる。
集まってきたのは、獣舎の魔獣たちだった。
(フィーナになにかしたら許さないわよ!)
(その腕咬みちぎってやるんだから!)
「みんな……」
テオは私たちの目の前で着地し、グランディ様は剣に手をかけ私に駆け寄ろうとする。
けれど、グランディ様はすぐに足を止めた。
「これ以上近づくとこの女の首が飛ぶぜ」
私の髪を掴んでいた男が短剣を抜き、首元に突き出してきたのだ。
もう一人も隣で剣を構え、魔力を蔓延らせている。
「その紋章、エルドラードの騎士か。あの王女厄介なことしてくれたな」
「やはり、アンジュ王女が手綱を引いていたのか」
「勘違いするなよ。俺たちがあの王女を利用したんだ」
「どちらにせよ、お前たちを捕まえるだけだ!」
アンジュ王女が密猟団と繋がっていたんだ。
情報がなかなか掴めなかったのも、捕らえられた魔獣たちの流通が途絶えることがなかったのも、全てアンジュ王女が手引きしていたから。
そして、私の命も狙っている。
この人たちは私が言うことを聞かないなら殺してもいいと思っている。
アンジュ王女にそう命令されているから。
だから、グランディ様やみんなも手が出せないでいる。
私がいなければ、すぐにでも捕らえることができるはずなのに。
お互い睨み合ったまま膠着状態が続く。
私も短剣を突き付けられたまま動けない。
きっとこの人たちもどうすればいいか迷っている。
私を殺せばみんなは迷いなく攻撃するだろう。かといってこの状況で私を連れたまま逃げることも難しい。
私が、この男の腕から逃げ出すことさえできればどうにかなるのに。
何もできずにいると、魔獣たちがどこかそわそわしはじめた。
(ご主人様、森の様子がおかしいよ)
「どういうことだ?」
(すごく、嫌な感じかする)
「どこから感じる?」
(まだわからない。森のずっと奥の方……)
魔獣たちは辺りを警戒し、耳をすませる。
「何をコソコソ言ってんだ!」
グランディ様も、この人たちも何も感じていないようだ。
魔獣たちにしか感じない何かが起こっている。
するとその時、後ろから人の声がした。
「フィーナ!」
(フィーナッ)
私の名前を呼ぶその声の主は、真っ白で九つの尻尾を持つ九尾弧のランさんと、その背に乗ったゼンデさん。
炎を纏いながら、風を切るように現れた。
けれど私たちの状況を把握したのか、少し離れたところで立ち止まる。
「お前たちが密猟団の残党だな」
「アルカの冒険者か」
捕まえた三人からこの小屋の場所を聞き出したのだろうか。
でも、ギルドでは何人かで攻め入ると言っていたはず。なのにどうしてゼンデさんだけがここに来たのだろう。
「早く、ここから逃げた方がいい」
「あ? 何言ってんだ」
ゼンデさんは真剣な表情で訴えるように告げる。
逃げた方がいい? 密猟団に逃げろとはどういうこと?
(うん。そうだね。早く逃げた方がいいよ)
テオもどこか遠くを見ながらそう言った。
「白象の群れが暴動を起こしてこっちに向かってきてる。それに触発された他の魔獣たちも暴れだしてスタンピードが起きてるんだ。アルカの冒険者たちが鎮圧に向かっているけど、厳しいかもしれない」
そんな……。あの子を群れに返したのは間違いだった?
私のせいだ。
「それは本当か」
グランディ様が驚いたように尋ねると、ゼンデさんも、魔獣たちもみんな頷いた。
(かなり早いスピードでこっちに近づいてきてるよ)
「この峠を越えればすぐエルドラードに入る。街まで行ってしまえば大変なことになるぞ。 みんな!」
(街に行って避難するよう知らせてくるよ)
(騎士団に戻って援助要請してくる)
(私たちはアルカ側に行って冒険者たちに協力しましょう)
グランディ様とテオだけがこの場に残り、魔獣たちはみんなそれぞれの場所へと駆けていく。
けれど、密猟団の二人は動こうとはしない。
「お前たちもフィーナを置いて早く逃げた方がいいぜ」
「この女を助けるための戯言ってわけか」
そんなわけないじゃない。
ゼンデさんはそんな嘘つかない。
魔獣たちもあんな鬼気迫るように駆けていった。
白象たちはこっちに向かってきている。
成体が群れをなして襲撃してくればひとたまりもないだろう。
(来るわ!)
ランさんが振り返り身を構える。
するとすぐに轟音が鳴り響いてきた。
テオが上空に上がり、様子を確認する。
(奥の方で半分くらいは食い止めているけど、それでもすごい数の白象がこっちに来てるよ)
地面が揺れるほどの轟音にやっと状況を理解してきたのか、密猟団の二人は焦り出す。
私を突き放すように解放すると、一気に駆け出した。けれど、瞬時にグランディ様とテオが二人を捕らえ、縄で縛りあげる。
捕らえた二人は気絶させテオの背に乗せた。
その一瞬の出来事にグランディ様の凄さを感じる。
「君、フィーナをお願いできるか」
「ああ。ランいけるな」
(もちろんよ)
グランディ様はテオの背に飛び乗り、ゼンデさんはランさんの背に跨る。そして私にもランさんに乗るように促す。
これで、ここから逃げることができる。
でも、本当にそれでいい?
「こっちに向かってきているスタンピードはどうなるでしょうか?」
「わからない。今は街の人たちがしっかり避難してくれていることを願うしかない……」
もし、取り残された人がいたら?
逃げた先までスタンピードが追撃していったら?
逃げ切れたとしても、街は壊滅状態になるだろう。
「ここで、食い止めます」
「何言ってるんだよ」
「フィーナ、俺たちだけでは無理だ」
「お二人は街へ向かってくださいっ」
私はランさんに跨ることはなく、反対方向へと駆けていく。
――白象の群れはすぐそこまで来ていた。
「止まってー! この先はあなたたちの行く場所ではないの! あなたたちを傷つける人はもういないわ! だから――」
正気を失った迫りくる巨躯。私の声なんて何ひとつ聞こえていない。
ああ――私、どうして止めることができるなんて思ったのだろう。
もう無理だ。せめて少しでも、足止めになれば。
そう思い、両手を広げ、ただ立ち尽くす。
その時――突然、空から突風が吹き荒れた。
木々の葉は舞い散り、白象ですら前に進めないほどの猛烈な風。
なのに、なぜか私はまるで嵐の真ん中にいるかのように緩やかな空気に包まれている。
風が止むと、白象たちは正気を取り戻したようで、完全に足を止めた。
頭上には、大きな影ができている。
その姿は目にしたこともないほど恐ろしく、それで美しい羽と鱗を持っている、ドラゴン。
(フィーナ、必要になったらいつでも呼んでって言ったでしょ)
「キュ、ウ……? なの?」
(そうだよ。僕のこと忘れちゃった? 僕はフィーナのこと、一秒だって忘れたことないよ)
あの頃とは見違えるほど大きく逞しい姿で、変わらない可愛らしい声のキュウがいた。