第13話 待ってなんていられない
「くそっ、なんで見つからないんだ!」
獣舎に戻ってきたご主人様は、手に持っている書類をくしゃりと握り締める。
フィーナがどこに行ったかを調べ始めて数日が経ったけれど、一向に情報が掴めないでいる。
いつも冷静なご主人様も今回ばかりは落ち着いていられないみたいだ。
国内にはいないはずなのに、どこの国への入国証発行の手続き記録もない。
もちろんエルドラードで探せる場所はくまなく探した。けれど、フィーナの姿はどこにもない。
(フィーナぁ、会いたいよぉ)
(早く帰ってきて~)
(ああ! もう我慢できない!)
すぐに戻って来るだろうと思っていたみんなも、もう限界みたいだ。
ボクだって、心配で心配でたまらない。
そんな時、アンジュ王女が突然獣舎に入ってきた。
「相変わらず騒がしい獣たちね。任務もままならないって聞いたわよ? これが精鋭揃いと言われる魔獣騎士団の魔獣なのかしら」
あなたも相変わらず嫌味ばかりだね、とは言わない。
言ってもわからないんだから言ってもいいんだけど。
「アンジュ王女、どうされたのですか」
「ねえ、グランディ様。いつまであの女のことを探しているの? いい加減おやめになったら?」
「彼女のことは見つかるまで探し続けます」
「あの女の何がそんなに良いっていうのよ。それに力づくで無理やり追い出したわけじゃないんだから戻ってこようと思えば戻れるんじゃなくて?」
まるで、帰ってこないフィーナが悪いみたいな言い方だ。
(もう不要だからすぐに出ていけって言ってフィーナを解雇したくせによく言うよ!)
他のみんなもアンジュ王女の言葉にさらに気を荒げる。
それにしても、どうしてこんなにフィーナのことを邪険にするんだろう。
僕たちのこともはなから嫌っているし。
「アンジュ王女、魔獣たちは我々にとってパートナーであり、家族です。そしてフィーナは魔獣たちにとってなくてはならない存在なのです」
「治癒魔法も使えない無能な女、いなくてもいいじゃない。掃除婦なんてだれもできるわよ」
「それ以上フィーナのことを悪くいうのはよしてください。彼らももう限界のようなので」
ご主人様は強く言い放った。
僕たちも唸るように王女を威嚇する。
「どうして、なんであの女だけ! グランディ様なら、私の気持ちをわかってくれると思っていたのに!」
顔を真っ赤にして怒りを露わにするアンジュ王女は、叫ぶようにして獣舎から去っていった。
でも、怒りの中にわずかな悲しみも感じた。
(ねえご主人様、アンジュ王女のさっきの言葉、どういう意味なの?)
グランディ様ならわかってくれるってなんのことだろう。
ご主人様は何か知っているのだろうか。
「王女は幼い頃、魔獣に嚙みつかれたことがあるんだ。それから、魔獣のことが嫌いになった。そして、魔獣に好かれているフィーナのことも気に入らないんだろうな……」
お父様が国王の護衛騎士だったご主人様は、幼い頃はアンジュ王女の遊び相手としてよく一緒に過ごしていたそうだ。
子どもの頃からおてんばだったアンジュ王女はある日、遊んでいる最中にふざけて隠れるために獣舎へ入った。
そこで、魔獣に嚙みつかれたのだそうだ。
(ここの魔獣がそんなすぐに噛みつくのかな?)
「当時はまだ統率がとれていなくて、戦闘のための使い魔として魔獣を置いていたんだ。それから俺は魔獣騎士団に入ると決めた。関わり方を変えれば魔獣たちとはいい関係を築けるはずだと思ったからな」
だからお父様のいる近衛騎士団ではなくて魔獣騎士団に入ったんだ。
アンジュ王女は自分のためにご主人様が魔獣騎士団に入ったと思っているのかも。
(それにしてもひど過ぎるよ! 嫌いなら放っておけばいいのに)
「王女は、昔から自分の気に入らないものは排除したがる性格なんだ。さすがに騎士団の魔獣を追い出すことはできないから、その捌け口をフィーナに向けたのかもしれない」
もう十年以上前の話で、当時の魔獣たちは引退してここにはいない。
それでもこんなに固執するなんて異常だ。
アンジュ王女が出て行ってしばらくすると、バタバタと駆けてくる足音が聞こえてきた。
「グランディ! グランディー!」
大きな声でご主人様を呼びながら獣舎に入ってきたのはミラーナさん。
演習から帰ってきた彼女もフィーナを探す手伝いをしてくれている。
「そんなに慌ててどうしたんだミラーナ」
「フィーナの居場所がわかったわよ!」
「なに?! どこにいるんだ?」
「アルカ国で冒険者登録してたのよ。それから他の国の入国記録はないからきっとまだアルカ国にいるはず」
フィーナ、冒険者になったの?
ご主人様もまさか冒険者になっているなんて思っていなかったのか驚いた顔をしている。
でも、居場所がわかってよかった。
「今からアルカ国へ向かおう」
「待って。もう一つ、良くない情報が耳に入ったの」
「良くない情報? フィーナについてか?」
「ええ。アンジュ王女が最近隣国で横行している密猟団と繋がりがあることがわかったの。そしてその密猟団がフィーナのことも狙っているかもしれないわ」
「本当か? どこでそんな情報を」
「お酒に酔ったオジサマたちから情報を聞き出すのは得意なのよ」
自慢げに話すミラーナさんだけれど、悠長にはしていられない。
フィーナが狙われているなんて!
(フィーナが危ないなんて聞いてないよ!)
(もうここで待ってなんていられない)
(だったら行きましょうよ!)
ミリの声で、みんな一斉に繋がれていた鎖を引きちぎる。
ご主人様も、もうみんなを止めない。
ボクも羽を広げる。ご主人様はすぐに背中に飛び乗った。
「ミラーナ、あとのことは頼む! 他の団員たちにも説明しておいてくれ」
「面倒ごとだけ押し付けるんだから。仕方ないわね。その代わり、フィーナになにかあったら許さないからね」
ミラーナさんだけが獣舎に残り、みんなフィーナの元へ急ぐ。
(アルカ国へ入ればフィーナの魔力を追えると思うから)
「ああ。フィーナ、無事でいてくれ――」