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秋がきた。
ラルフがせっせと花の植え替えをしている。ステラも手伝っているようで、気になって庭に降りると、私を見るなりステラが嬉しそうに笑った。
「イヴァン様!今、花の種を選んでいたんです。来年の春に咲く花たちで……」
あぁ、去年も選んだな。しかしステラは、どこか気まずそうに言葉を濁す。
「……イヴァン様のお好きな色を選んでくださいませんか?……私は、来年の春には、この屋敷にはいないでしょうから」
いない?なぜ?……少し考えて、すぐに答えは出る。
ステラと結婚した初日。結婚から2年経てば離縁してやると、確かに言った。約束の2年が、もう目の前に来ようとしていたのだ。
*
季節はあっという間に過ぎていく。冬がきた。
約束の季節だった。
このところステラはずっとなにかを考え込む様子を見せていた。冬だからティーパーティーもなく、連日部屋に篭り切りだった。心配した侍女達から、なにか理由を知らないかと聞かれた。思い当たる節ならある。離縁のことについて悩んでいるのだろうが、さすがに口にはできなかった。
私自身、ステラになんと声をかけるべきかわからなかった。そうしている間にも毎日が過ぎていく。
「ドレスのデザイナーはお呼びしなくても大丈夫でしょうか?」
そう私に尋ねてきたのは家令のひとりだ。去年の冬、来春に向けてのドレスを作ったのに、今年はデザイナーを呼んでいない。奥様の来春のドレスは大丈夫か、そんな心配だった。
「……、……私から聞いておこう」
「そうしてもらえると助かります。侍女たちも、ドレス選びでもすれば奥様も元気になるはず、と言っていまして」
「……そうか」
引き受けたは良いが、内容が内容だけに聞くタイミングが憚られた。
それに、秋にステラは言っていた『来年の春にはいないでしょうから』。ということはつまり、ステラは私と離縁するつもりなのだろう。そのステラに、来年の話をすべきではない気がした。
*
迷っていた。
夜中。夕食も湯浴みも済ませて、使用人たちも下がった夜中。
迷っていた。ステラの部屋の前で、ステラの部屋の扉をノックするかしまいかで、迷っていた。
「……」
そもそもなぜ、わざわざステラの部屋の前まで足を運んだのか、自分自身よくわからなかった。
訪ねたところで一体なにを話す?侍女が君を心配している?離縁するつもりの彼女に来年のドレスの話?……いつ、私と正式に離縁する?
「……」
扉を叩こうとして、やめる。何度か繰り返し、逡巡を繰り返す。
「……」
…………いや、ドレスはともかくとして、離縁についてはきちんと話さねばならないのだ。慰謝料はどうする、離縁するにしても、いつまでこの屋敷にいるのか。聞くことはあるのだ。だから、意を決して扉を叩いた。
「……、……どなたですか?」
久しぶりにステラの声を聞いた気がする。暗く沈んだ声。胸の締め付けられる思いがした。
「……私だ」
間があった。まもなくして、扉がゆっくりと開かれた。
*
「……びっくりしました。まさかイヴァン様だなんて思っていなかったので……」
ステラに案内された私は、椅子に腰を下ろしていた。声と同じで、ステラの顔も、夕食のときと比べどことなくやつれて見えた。眠れているのだろうか、そんな心配が胸をよぎる。
ベッドに座っているステラは、どこか気まずそうにしながら俯いている。
「……用があったんだ」
「……なにかおありで?」
「……、……離縁の話をしようと思って」
なぜだか、ステラの顔が見れなかった。ステラではなく、ステラの向こう側にある窓を見つめる。外は暗い。今日は曇っていたから月明かりも、星すらも見えなかった。
「もうそろそろ約束の2年だ。……慰謝料だとか、いつまでこの屋敷にいるか、……そういう話をしようと思って」
「……そう、ですね。もう冬ですものね……」
しかし会話はそこで途切れてしまった。
黙ったままではなにも解決しないのに、縫い付けられたように口が動かなかった。本当は聞きたいことがたくさんある、新しい相手は見つかったか、侍女が君を心配している、……私も、元気のない君を見るのは、辛い気がする。
「……、……ティーパーティは大盛況だったな」
「……?えぇ、そうでしたが……」
「……、……貴族とのパイプは作れたか?」
ステラが息を飲む気配がした。
「……次の夫の目星はついているのか?」
次の夫。自分で口にしておきながら、ぐう、と胸の奥が気持ち悪くなった。理由はわからない。だからこの気持ち悪さは無視して、……——私と離縁した後も、ステラならきっと上手くやっていけるはずだ、ころころ笑い、人の目を惹きつけてやまないステラならどこででもやっていける。訳のわからない自己暗示をかけながら、そこでようやく顔を上げることができた。
ステラは俯いたままだ。なにかを堪えるように唇を噛み締めている。よく手入れされた髪が垂れて、あぁ、美しいな、と場違いにそう思った。
「……」
ステラから返事はなかった。
「……、私と離縁するつもりなんだろう?」
「……」
「秋口に言っていたじゃないか。私は来年の春にはいませんから、と」
「…………仰る通りです」
「……君には心労をかけただろうからな。できる限り、君の要望には応えて離縁しようと思う。だから……慰謝料の希望額など考えていてくれないか」
私の言葉に、ステラが小さく頷いた。
話はそこで終わった。もうこれ以上、話すこともなかったのだ。
*
そうしてもう年越しを間近に迎えたある日。温暖なこの土地にしては珍しく、気温がぐっと低くなったある日の夜。
「……イヴァン様。少しよろしいでしょうか」
夜半。ステラが、私の部屋を訪ねてきたのは。
「構わないよ。入ってくれ」
急なことだったので、なにももてなすことができなかった。それを謝ると、ステラは申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。
私はベッドに腰掛けて、ステラは椅子に座る。こんなこと前にもあった。違うのは、ステラの顔色が、あのときよりずっと悪いことだろうか。
「……、……今夜は、イヴァン様にお話があって伺いました」
「……お話し?」
なんだろうか。今置かれた状況を鑑みるに、お願い、とくれば慰謝料の話だろうか。
「……はい……」
ステラが、自身の膝の上でぎゅっと拳を作る。緊張しているのか、体がかわいそうなぐらい震えている。目を伏せったまま、震える声で、ステラが話を切り出した。
「イヴァン様。……その、……」
しかしステラは言葉を濁らせ、視線を彷徨わせるだけだ。離縁に関する話をするにしては、ステラのまとう雰囲気も、言葉も、あまりに重苦しいものだった。
「……ステラ、大丈夫だ。なにを怖がっているかは知らないが、ゆっくり話せば良い」
「……っ、……私、」
ついにステラの瞳から、大粒の涙が溢れた。
「……っ、……イヴァン様のことが好きなんです……」




