幸せ
「神に祈れば、救われる」
どこかで聞いた、その言葉。きっと、わたしも救われるよね。
生まれたときからできそこない。わたしを表すなら、こう。
両親のどちらにも似ていない顔立ち。毛の色も、目の色も、何もかもがちがう。そのくせ弟は両親にそっくり。
わたしは離れにおしこまれた。食事は1日1回。たまに魚や肉が出る。最初はよくきもちわるくなったけど、最近はすこし平気になった。それでもわたしのお腹はうるさく鳴るから、雑草をたべた。
離れにはよく侍女さんがくる。ごはんを持ってきてくれる。そのたびに、痛いことしてくる。
たまに、両親や弟もくる。くるたびに、痛いことしてくる。
どうして、痛いことをしてくるのか、聞いたことがある。
理由は、とても単純だった。
わたしが、できそこないだから。
できそこないだから、お腹をこわす。できそこないだから、からだが弱い。できそこないだから、はやく動けない。できそこないだから、すぐにお腹がすく。できそこないだから、マナーがなっていない。できそこないだから。できそこないだから。できそこないだから。できそこないだから。できそこないだから。できそこないだから。できそこないだから。できそこないできそこないできそこないできそこないできそこないできそこないできそこないできそこないできそこないできそこないごめんなさい
数年後。
幼い頃に信じていた、神なんてものは、今ではもう信じていない。
そもそも、出来損ないの私に信じる資格など無いだろう。
最近、ご飯すらまともに来なくなった。と言うか、此処数日、一度も出ていない。
出来損ないの私に食わせる飯など無いのだろう。
両親と弟も来なくなった。侍女も来なくなった。
出来損ないにわざわざ掛ける時間なんて、無いのだろう。
そんなある日、騎士と思しき人たちが、離れを訪れた。出来損ないの私を殺しにでも来たのだろうか。食える部位なんて殆ど無いよ?
「失礼、この屋敷に、アリアという少女は居ないか?」
アリア?という少女を探しているらしい。私の事かもしれないけれど、名前なんて忘れた。そもそも、付けられたかすら覚えていない。
これもきっと、私が出来損ないだから。普通は、自分に付けられた名前なんて、忘れる筈が無いのに。
「そうか…ん?少し待ってくれ、瞳を見せてくれないか?」
こんな出来損ないの瞳を見たいなんて、物好きな人だな。好きなだけ見ればいい。もし潰したければ潰してどうぞ、右目も疾うの昔に使い物にならなくなったし。
「黒い瞳…それと、酷く汚れているが、髪も黒だ。顔立ちにも皇后様の面影がある。間違いない!」
何をごちゃごちゃと騒いでいるのだろう。それとこの国は王国だ。帝国ではない。皇后ではなく王后ではないだろうか。
…まぁ、こんな出来損ないに口出しする権利など無い。取り敢えず、話からすれば私が実は隣国の皇女で〜と言った感じなのだろう。それにしても、こんな出来損ないが皇女な訳が無い。もし仮にそうだとしても、こんな出来損ないを生んだ皇后様が可哀想だ。不敬だとか思わないの?まぁ、こんな出来損ないがそんな事を考える事が1番の不敬か。
「…ですので、お引取り下さい。こんな出来損ないが皇女な訳がありません」
「そうご自分を卑下なさらずに」
…結局、出来損ないは連れて行かれた。
数日後。
「…」
出来損ないは、ぼうっと部屋を眺めていた。
シミひとつ無い天井。
ヒビひとつ無い壁。
曇りひとつ無い硝子。
汚れひとつ無い調度品。
どれも、こんな出来損ないには似合う筈が無い。
なのに、皆、こんな出来損ないの事を「出来損ないなんかじゃない!」って言う。
私がこんな出来損ないだから、私が出来損ないじゃないという事が分からないのだろうか。
…ん?
矛盾が発生している。
ああ、そうか。私がこんな出来損ないだから、矛盾が生まれるのか。
そうだった、忘れていた。私は生まれた時から出来損ないだった。
私がこんな出来損ないだから、赤子の頃に誘拐されたんだ。私がこんな出来損ないだから、現状を呑み込めないんだ。私がこんな出来損ないだから、料理人がわざわざ消化にいい食べ物を用意しなくちゃいけないんだ。私がこんな出来損ないだから、何もかも上手くいかないんだ。
だったら。
こんな私なんて。
こんな出来損ないなんて。
消えてしまえば―――
…
ああ、そうか。
こんな出来損ないだから、皆が私を苦しめたがるんだ。
途端に、妹に平手打ちされる。痛いの、久々だな。
…
痛いの、まだ?
…えっ?
なに、これ。
いもうとに、だきしめられて。
なにこれ
わかんない
こわい
しらない
わかんない
なにこれ
こわい
こわい
わかんない
しらない
どうして
数年後。
皆の優しさを、自分の思い込みと無意識で拒絶していた、こんな出来損ないの自分の数年前までを、助走をつけてぶん殴ってやりたい。
でも、しょうがないよね。
私がこんな出来損ないだから、自分の感じていた温かさにすら気付けなかった。私がこんな出来損ないだから、みんなの優しさを、素直に受け取れなかった。
私がこんな出来損ないだから―――
「お姉様、また自分の事を卑下してない?」
「してないしてない。強いて言うなら―――」
―――幸せを知るのに、数年も掛かった。
「それまでの自分、幸せを知らないまま、よく生きてこれたなぁ、って」
料理長さんが片手間で作ってくれた簡単クッキーを食べながら、私は苦笑した。
おいしい。