同好の士
ある一人の男が自分の望みを叶えるために悪魔を呼びだした。
魔法陣の中から怪しげな煙が溢れ部屋を満たし何も見えない。
「望みを言え。醜き人間よ」
未だ煙で何も見えない内に悪魔が問う。
その問いかけに男は一切怯えることなく答えた。
「理想の女が欲しい」
「女だと?」
煙の奥で悪魔が笑う。
あまりにも滑稽な望みで呆れているのだろう。
「古来から悪魔を呼びだすものは私利私欲に走る人間と相場が決まっておるが……それにしても願いとしては細やか過ぎるではないか。世の支配などでも望まないのか」
「黙れ、悪魔。お前に俺の気持ちが分かるか」
男は吐き捨てるように言った。
「世界を支配したからと言ってどうするんだ。征服者にあてがわれる女など命惜しさにおべっかを使う輩に決まっている。それに……」
煙の奥に居る悪魔が滑稽な人間に問う。
「それに?」
「俺は人には言えない趣味があるんだ」
直後、悪魔は沈黙する。
滑稽な人間を嘲笑うつもりでいたら、思いの他デリケートなものがきたものだ。
「ドン引きものか?」
「ドン引きものだ。それを受け入れてくれる女が欲しい」
悪魔はため息を一つ吐いて言った。
「まぁ、ひとまず話したまえよ」
男は煙に向かって頷き心の内を話し始めた。
それから数時間後。
ドン引きものの男の話が遂に終わった。
煙は未だ漂っており悪魔は一度として姿を見せなかったが、それでも男の話を最後まで聞いてくれた。
「ありがとう。最後まで聞いてくれて」
不思議とこの後の願いなどどうでも良いとさえ男は思えた。
「話せて大分楽になったよ」
本心だった。
何せ、この姿を見せない悪魔は男の話をしっかりと聞いてくれたのだ。
おまけに絶妙なタイミングで問いかけや相槌、時には共感さえ示してくれた。
男は本心から思った。
幸福だったと。
「それで。お前はそんな女を望むという訳か」
「あぁ、一応な。そんな女が用意出来ればだけど」
叶えられるなら叶えてみろ。
そんな挑発にも似た言葉を受けて、今、ようやく煙がだんだんと晴れてくる。
煙が完全に消えた後、魔法陣の中心に座っていたのは一人の女性だった。
「不束者ですが」
そう言ってぺこりと頭を下げた女性を見て、男は笑った。
「なんだ、悪魔。お前も俺と同じ趣味か」
悪魔はにやりと一つ笑っただけだが、男にとってはこれ以上の無い答えだった。