罠
馬車は私の屋敷が見える近くまでやってきたが、いつも門に焚かれている松明が点いていない。それに家畜の泣き声すらしない。
家は真っ暗だった。あれだけいた使用人は誰も迎えに来ていない。ただ一人噴水の石段で項垂れているお父様の姿があった。
「お父様ーーーー!!」
「おお!! フラニエル無事だったか?」
私は、今すぐ走ってお父様に抱きつきたい気持ちを押さえ、灯りを手に歩きながら話しかけた。
「婚約パーティーに行っただけですよ。そんなに心配されなくても大丈夫です」
お父様の姿が目前に見える位置までくると、松明に照らされた私の姿を見たお父様は、驚いた。
「どうしたんだ! その姿は?」
「婚約を破棄され、生玉子とトマトで祝福されました。盛大なお迎えで、これまでの人生でも最高の歓迎でした」
「そんな酷いことを。すまない。全部私のせいだ。鉱山のこともフラニエルとの婚約も全てやつの策略だった」
「お父様、ところで、バーバラ母様と使用人はどうしたのですか?」
「バーバラはここにはもういない。全財産を失った私には興味がないらしい。離縁状を置いて実家のホトジエイト伯爵の元に帰った。バーバラは従弟のハギロッチと結婚するそうだ。30歳も年下だぞ。使用人も全員連れて行った」
「そんなことしても子供は簡単にできないでしょ?バーバラ母様は55歳ですよ。跡取りを生むことはできませんよ」
「ハギロッチにはホトジエイト伯爵が領地の一部を分割し、私の子爵位を剥奪し新しく子爵位を与えたから喜んで結婚し、跡取りはホトジエイト伯爵の孫を養子にするらしい。しょせん子爵などその程度の身分だ」
「酷い! お父様はそれでいいのですか?」
「私たちには子供ができなかった。だが私はフラニエルさえいればいい。むしろバーバラとの間に子供ができなくてよかったぐらいだ。
私たちは、初めて会ったのが結婚式当日の朝だ。貴族の結婚なんてそんなものだ。本人の意思はない。寄親が決めたらそれに従うのが決まりだからな。私は忘れていたよ。
バーバラと初めて会ったばかりなのに、『まあ、なんて小さな領地でしょう。うちの裏庭より狭いですわ』と言われ、その目は私を軽蔑していた。
私は自分の子には政略結婚で同じ目にあわせたくないと思っていた。それなのに、フラニエルに同じ事をしてしまった。私にはもう廃坑と馬小屋程度の小さな家しか残っていない。だからフラニエルは自分の好きなように生きて欲しい」
「私は嫌です。お父様の元を離れません」
「だが、もう住む家もない」
「小屋があるのですよね。いいじゃないですか。そこで一緒に暮らしましょうよ。カルロスと三人で、それも楽しいですわ」
△△△
「ところでお父様、どうしてこんなことになってしまったのですか?」
「マリフェン侯爵に嵌められた」
「詳しく教えていただけますか?」
「フラニエルにも知ってほしいから話そう。私がマリフェン侯爵の紹介でホスミン銀鉱山の廃鉱の開発をしていたのは知っているな」
「はい、廃坑となっていたけど、新鉱脈が発見されたとか?」
「私が確認に行ったが、銅の含有量の割合にしては銀の含有量が多く、間違いなく国内有数の銅銀鉱床だと確信した」
「それが、どうしてこうなったのです?」
「あの新鉱床は、作り物だった。あまりにもブロックス銀鉱山の組成と似通っていたから分析に出していたが、やはりあれはマリフェン侯爵の所有しているブロックス銀鉱山のものだった。それも含有量が最も多い時期のサンプルとして保存されていたもので、新鉱脈などなかった。
私は共同出資者がマリフェン侯爵だったことで安心していた。それで200ページある契約書の詳細をよく見ないでサインしてしまった。
共同出資者であるマリフェン侯爵も土地建物を担保に入れるから私も安心して土地建物を担保にいれた。
だが、マリフェン侯爵の土地と建物は所有財産明細を記載してあっただけで、担保に入っていたのは私の土地と建物だけだった。マリフェン侯爵の財産が記載してあったのは、私の子爵位身分を証明するための後見人としてのものだった。身分保証に債務に対する連帯責任は生じない。
だから共同出資ではなく、ケスティ銀行と私との単独借款契約だった。
そして借入金の返済期限が昨日だった。ケスティ銀行に追加融資を頼んだが銀鉱山は偽物だったから融資を受けられなかった。だが、フラニエルとの婚約は生きているから大事にすると言ってきた。だから私はお前を送り出した。
新鉱脈の売却者はマリフェン侯爵で買主は、私だが、やつは偽物を見抜けなかった私の自己責任と言って、お金は戻してくれなかった。結局ケスティ銀行は私の土地と建物を競売し、それをマリフェン侯爵が買った」
「それでは、マリフェン侯爵とケスティ銀行は裏で繋がっていたということですか?」
「そうだ。ケスティ銀行とマリフェン侯爵もグルだった。
私はフラニエルにも幸せになって欲しくて、マリフェン侯爵の子との婚約の話がきたときに受けてしまった。今思えばこれも私を信用させるための罠だったのだろう。
まさか、こんな仕打ちを受けるとは……すまない。私に残ったのは何も出ない古びた坑道と小屋だけだ。あそこは何の価値もない」
「お父様、その小屋に移住しましょう。三人で力を合わせればなんとかなります。子爵位などなくても生きていればこそです」
「そうだな。どのみち私たちにはあそこしか行く場所はない」
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