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婚約者のボリスは「お前との婚約はそもそも身分違いだ。当然破棄する。二度と俺の前に来るな!」と言われ……生玉子を私に投げつけた。

 私は物心ついてから今日まで両親の愛情を体いっぱい受けて育った。

 婚約者もいる。大親友もいる。友達もたくさんいる。


 ほんの数分前までは……そう思っていた。


 今私を囲んでいるのはクラスメイトや婚約パーティーの招待客だ。私の顔や頭、白いドレスには投げつけられた生玉子、トマト、山羊の乳やパイがベッタリとついている。こういった趣向で結婚した者を祝う地方もあるが、これは私を祝う婚約のセレモニーではない。だが、彼等にしてみればきっと楽しいセレモニーなのだろう。とても愉快そうだ。



 私はビジストリア王国にある小さな領地運営をしているブリュノ子爵の長女として育てられた。私の父はいわゆるいい人だ。子供が父親をそのように言っても信じてもらえないかもしれないが、父は養女の私を実の子のように育ててくれた。


 今から12年前、バイセル湖近くで狩りをしていた父は、昼間だというのに、突然当たりが真っ暗になったため、馬から下り、周辺の探索をしていたら、光り輝く木を見つけ、その方向に歩いて行くと、その木の下には大人が着ていたと思われる衣服と一緒に女の子の赤ん坊がいた。それが私だ。その後母となるクララに私を見せると、クララも喜んで私を実の子として育ててくれた。でもクララも私が10歳のときに流行病で他界した。

 それからしばらくしてマリフェン侯爵の寄子のホトジエイト伯爵の七女バーバラが後妻として嫁いできた。父は寄親の世話したバーバラとの婚姻を断ることはできなかった。


 私が捨て子だったと知ったのは、パーティー会場に来る前に父から渡されたクララの日記を読んだからだ。それまでも薄々は感じていたが、事実を知ったときであっても正直本当のことが知れてよかったとすら思った。

 私は自分のルーツを知らないまま一生を過ごすより、辛くても事実を知りたい


 この大陸の人は男性も女性も背が高い。女性の平均身長は160センチくらいある。女の子は12歳の頃には成長期が終わり、胸も大きい。


 ところが私の体は小さい。12歳になったのに身長は130センチだ。当然胸も成長期を迎えていないし、顔もまるで幼稚園児で、いまだ幼児体型だ。


 男性も女性も髪は金髪、銀髪、赤色などまちまちだが黒髪はいない。目は水色、金色、銀色はいるが、茶色はいない。私は髪が黒く目は濃い茶色だ。

 私が何者なのかは分からないが、物心ついたときには私がビジストリア王国の人間でないことはなんとなく分かった。だが、それ以上はどこの国の者かはわからなかった。



 12歳になった私はマリフェン侯爵の二男ボリスと婚約することになった。ボリスは同級生だけどあまり話したことはない。それでも今日はマリフェン侯爵家において婚約パーティーが行われる。招待客はマリフェン侯爵の寄子と貴族学園附属校の同級生らしい。

 私的な婚約に同級生まで呼ばなくてもいいと思ったが、その真意までは分からなかった。



 ビジストリア王国では初等科教育が6年あり、その後中等科教育を3年受け、一部の者が高等科教育を3年ほど受ける。たいていの者は初等科教育6年で卒業する。中等科教育を受けるのは一般家庭より裕福な家庭の子だ。さらに高等科教育を受けるのは貴族か町の有力者や財を成した商人の子くらいだ。


 私が通っている貴族学園付属校は高等科教育までの一貫校だ。



 ◇◇◇30分前◇◇

 私は指定された時間にパーティー会場に着いた。窓から見えるホールには人がたくさんいる。もう全員揃っているようだ。それなのに主賓となる私を誰も迎えに来ない。

 執事のカルロスを待たせ私は一人でドアを開ける。私とボリスの婚約はマリフェン侯爵の命令のようなものだ。父アレンジュ・ブリュノ子爵はマリフェン侯爵の寄子だから逆らえない。



 ドアを開けると、ざわついていた会場が静まりかえり、来客の視線が一斉に私に注がれる。それに合わせるように、マリフェン侯爵とボリスが舞台上に現れた。そうすると事前に打ち合せがあったように、私とボリスの間が割れたように人が引いていく。


 ボリスが前に来るように手招きした。バージンロードでないことぐらい雰囲気で感じる。これからきっと何かが起こるのだろう。


 ボリスは手の平を前に差し出し私に舞台下で止まるように指示した。私がゆっくりと立ち止まると、ボリスは沈黙を破り話し始めた。



「フラニエル、恥知らずにもよく来られたものだ。まあ、ある意味たいしたものだ。無一文の子爵の子が俺との婚約を断らず、のこのこと。

 俺なら顔を出すなんて恥ずかしくて無理だ。

 さすが捨て子だ。お前がどうしても俺と結婚したいというから婚約したが、そんな山小屋暮らしとなる女と結婚などできるか。

 お前との婚約はそもそも身分違いだ。当然破棄する。お前のようなやつと婚約していたことすら恥ずかしい。二度と俺の前に来るな!同級生のみんなもこんな貧乏人と付き合うのは止めた方がいい。貧乏人とお友達だと勘違いされたら迷惑だからな。はははは……」


 確かに私の容姿はみんなとは違うが、捨て子だということは父と亡くなった母と執事のカルロスだけしか知らない。

 ということは、母の日記を読んでボリスに知らせた者がいるということね。私の書斎に自由に入れるのは後妻のバーバラしかいない。



 同級生と来賓客は好き放題私のことをなじった。


「ほんとね。恥ずかしいわ」


「いやね~。近づかないで欲しいわ」


「私あの黒髪が気持ち悪かったのよ」


「おい、貧乏人!臭うから来るな」


「あの子、私前々から嫌いだったのよ」


「あんたには小屋住まいがお似合いよ」


「明日から学校に来ないでよ」



 これだけの仕打ちを受けて学校に行けるはずなどない。私は学校に行かなくても勉強ならば一人でもできる。

 それに私もお父さんもボリスと婚約したいなど一度も望んだことなどないし、言ったこともない。



 婚約が破棄されたことは正直嬉しい。ボリスと結婚しなくてよくなったのは朗報だけど、ここに私の居場所はない。


 最初から私に投げるつもりだったのだろう。足下にはシートが敷いてある。ボリスが勢いよく私の顔に生玉子を投げつけると、「きみが悪い。あっははは、『君と黄身と気味』を掛けてみたぞ。三日間かけて考えた。よくできているだろう。あっはははは……」


 続いて来賓と同級生が生玉子を私に投げつけた。私の体は生玉子でドロドロになった。次はトマト、順番が決まっていたのであろう。右手に持った玉子を一斉に投げ、その次は左手に持っていたトマトだ。音楽に合わせて盛り上がり、パーティー用の食事まで投げつけてきた。もう集団心理なのだろう。どいつもこいつも醜悪な笑みを浮かべている。



「あはは、涙も出てこない」



「…………」


 彼等のあざ笑う声だけがこだまする。


「「「「「「「「「「「あっははははは……ああはなりたくはないな……みじめだな」」」」」」」」」」





 ……早く家に帰ろう……。


 笑いの中、私は出口に向かってゆっくり歩いた。走って逃げたら負けたような気がした。



 出口ではカルロスが松明を焚いて待っていた。


「お嬢様、そのお姿、どうされたのですか?」


「鶏小屋とトマト畑に落ちたの。気にしないで。カルロス、お家に帰りましょう」


「……はい……お嬢様、帰りましょう」




 帰ろう。お父様の元に。




 さようなら、貴族学園附属校。生玉子を楽しそうに投げていたマエラ、カリス、アンネトア、それに親友と勘違していた人たち。

 ボリスの次に真っ先に玉子を投げつけてきたエミリア、大親友と思い違いをしていた。

 さようなら。みんな、もう会うこともないわね。




 人間どんなに卑下されようと、屈辱を受けようと、その真意が分からないと何も感じることはないのだと気づいた。全く悲しくない。


 お父様の身に何かがあったことは確かのようだ。急いで帰ろう。


最後まで見ていただきありがとうございました。

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全7話です。

夕刻に次話を投稿します。

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