◎グレム視点 人間観察
狼ってのは、群れで生きるもんだ。
一匹狼なんざ、カッコよく聞こえるが、どうせバカかザコか、ろくでもねえ奴ばっかだ。(*俺様以外は)
噂じゃ、狼王ってのも、年食って歯がボロボロになると、群れから放り出されるらしいけど。
残念~、捨てられた俺を拾ったオヤジは、きっと前者だろうよ。
酒が入ると、よく自分の若い頃の武勇伝とかベラベラ自慢してたが、あんなもん嘘に決まってるから、全部聞き流した。
記憶がある時から、もうオヤジと一緒にいた。
オヤジは視力が衰え、足もケガしてたが、罠作りだけは妙に上手かった。おかげで、ガキの頃は量こそ少ねえが、狩りでよく肉が食えた。
あの時、たしか9歳の頃だったか。オヤジが魔獣に襲われて、目が完全に潰れた。
まあ、俺はもう一人で狩りができる年だったし、別にいいかって感じだった。
でもそれを機に、俺たちは結界石のある、スペンサーグ城のスラムに移り住むことになった。
俺は冒険者の仕事、オヤジは趣味で畑いじり……いや、俺、野菜とか、ぜんぜん食べねぇからな。
それから何年かして、疫病が流行り始めた。
オヤジは目も足もダメでも、獣人族特有の勘と力があったし、育てた野菜を近所と交換でもしてたからか、スラムじゃわりと顔が利いてた。
だから一人でも問題ねえと思ってたんだよな。でもオヤジは疫病にかかっちまった。
当時、俺は他の街で護衛依頼の真っ最中。戻った時にはもう、オヤジの身体は最悪でな。薬草じゃどうにもならねぇ。
金はあっても、神官どもは貴族に囲われてて、攫い出せるのに、下調べに時間が足りねぇ。
仕方なく、前から何度も誘われてた暗殺者ファミリー《血華》に入った。ボスに神官を雇ってもらい、なんとかオヤジの命は救えたが……病が治っても体はすっかり弱ってた。数か月後には呆気なく死んじまってな。
また数年後、なんかさ〜
急に血華の仕事に飽きちゃってな。適当に、耳元でやかましくしてたチームリーダーをぶっ殺して、ファミリーを裏切ることにしたんだよな。
で、脱退の掟だとさ、その代償として待ってたのは昼夜問わず十人の追っ手との殺し合い。
全部倒せば無罪、死ねばそれまで。
――こうして俺は、晴れて自由の身ってわけさ。ああ、軽い軽い〜
その後、またつまらねぇ日々が続き、ある日、適当に歩いてたら飯の匂いに釣られて、ついでに商団を襲う、顔が残念な盗賊団をぶっ潰した。
暇だったから、リーダーっぽい女に誘われたので、新しい就職先にした。
――ってことで、今に至る。
「人間は、皿を見て注文する」
と、会長様はどこかでオヤジと似たようなことを言ってたっけ。
人によって態度を変えるとか、人間ってホント、アホらしい。
強い奴が上に立つのは当たり前だろ? そこに金だの親だの出生だの、余計なもんを絡めてくるからうぜえのよ。
そんなの、強さの前で、全然関係ねえっつの。
そういや、スラムに来たばかりの頃、よく絡まれたな。全部返り討ちにしたけど、関係ねえな。
でも会長様はそんな弱い奴らとはちょっと違うな。指一本で簡単に殺せちまうのにさ。
まさかあんなちっぽけな商団がここまでデカくなるとはな~
まぁ、俺は商会運営とか全然わからねえし、やってきたのも護衛の仕事だけだし。
元々は会長様と副会長が出かける時の護衛だったけど、商団がデカくなると、会長様は重要な会議以外、すっかり書類仕事に引きこもっちまって。
まぁ、それも無理はねぇか。
会長様に嫉妬して、薄っぺらい自尊心でいつもバカなこと言ってる奴らに、いちいち相手するのも面倒だろうよ。
つーか俺からすりゃ、全部ぶっ殺しゃ早ぇのにさ〜
そんなわけで、今は外に出るときゃあ、副会長のガレフが商会の顔って感じになってんだ。
そしたらさ、それを勝手に勘違いしたバカどもがさ、副会長が会長様の地位を乗っ取ったとか言い出して、会長様をさらにバカにして、わざと副会長を持ち上げようとしてるとか、マジでアホかと。
受付嬢? ああ、じゃねぇな、門面担当の副会長はさておき、実際に商会の舵取りしてんのはもちろん会長様のほうなんだぜ。
で、その会長様に振り回されまくってるのが、副会長。最近なんて、マジで死んだ魚みたいな目して仕事してっから、見てて笑っちまうわ。滑稽すぎてな。
あ、そうそう。商会がデカくなってきてからの変化はもう一つ。他の奴らにも俺の存在を気にし始めててさ。
で、なぜか“副会長の奴隷”だって勘違いしてる奴らがいてよ。
おもしれーから、試しに愛想笑いで「ご主人様」なんて呼んでみたら、めっちゃ嫌そうな顔してやんの。それがツボっちまってな。それ以来、ずーっとそう呼び続けてやってんだ。
商会のメンツは最初、マジでただの寄せ集めだった。なんとか発展できたのも、会長様のどこから湧いてきたんだか分からねえ変わったアイデアのおかげだ。
それで、ご主人様が「退職金出すから」って使えねぇ初期スタッフを切る方向で動こうとしたんだが、会長様は逆に経験のねぇ奴らに育成訓練を練り始め、力もねぇガキどもまで含めて、さらにスラムから人を集めやがった。
「補償金を払って片をつけるのは簡単だ。でもね、それは私のやり方じゃないわ。
私は十分な金を持っているし、自分の決断には責任を持つつもり。だから今、私がやるべきことは、補償金を出すのではなく、彼らを正しい立ち位置に戻すことだ。
彼らにはまだ力があり、忠誠もある。ただ、今の商会のスピードについていないだけ。なら、私がその環境を整えればいい話だ。
これは情けで残すんじゃない。必要だから、そうするのよ」
会長様はそう言って、妥協しなかった。
んで、まぁ、いろいろ問題はあったけど、なんだかんだ上手くいった。
いい人材はちゃんと拾って、害虫どもは容赦なくバッサリ! いや、あれはちょっと惚れたな〜
でも、結果オーライだけどさ。そんなややこしいこと、別にしなくてもいいじゃん。まったく、お人好しすぎるぜ。
そんなことをしたって、スラムの連中全てが彼女に感謝するわけもねぇのにな。
会長様は知らねぇだろうけどさ――
生活がちょっとマシになった連中と、何も変わらねぇ連中と、スラムの中じゃ前よりずっと対立が激しくなってる。
疫病の時に彼女に感謝してた連中も、今じゃ彼女を恨んでる。
「どうして自分を救えなかった」とかさ。
はっ、バカかっての。マジで笑えるぜ。
会長様に言えば、なんか手を打ってくれるかもしれねえけど、別にそこまでしなくてもいいし。なにより面倒くさいし〜
今、ウチの商会を後ろ盾してくれてるベアトリス様がな、もうすぐ出世して王都に行くって話でさ。
それで、新しい大貴族とのコネを作るか、もしくはスペンサーグ公爵のヤバい弱みでも握っとこうって、公爵邸に忍び込んだのは、この俺だ。
主に領主代理の執務室を漁ってたけど、ついでにその後継人の姿もチラッと見たわ。
ありきたりな貴族って感じで、正直、見てて飽き飽きするぜ。
公爵令嬢のほうも、散歩がてらに見かけた。貴族の傲慢さはねえけど、弱々しい一人ぼっちのガキで、つまらねえから、さっさと切り上げた。
まさかその子がメイドと二人で出掛ける勇気があるとはな〜
でもまぁ、そっちから近づいてきたのは好都合だと思ってたが、まさかご主人様が珍しく相手の価値を値踏みするんじゃなく、俺にそのガキの保護を命令するとはな。
雨でも降ってたんじゃねえか?
「商人でも出来そうなことでも、商人には出来ないことはよくある。利益抜きで財をばらまいて、人の心を買おうとする行為は、一歩間違えば反逆とみなされる。だから、会長がこれからやろうとしていることには、“貴族”の名義が必要だ」
「へぇ、そうすか」
「だがな、あの子は貴族ではあるが、まだ子供だ。もし本人が正体を隠したいと望むなら、彼女の存在は俺たちにとって使えない」
「あっそー」
適当に合図を返したけど、ご主人様はなんかぐだぐだとわけわからねえことを言ってた。
要するにさ、あのお嬢ちゃんを利用したくねぇってことだろ。面倒くせえな。
おっと、約束の時間だ。
約束の場所で新しいカモを迎えに行こうとしたらさ、なんか妙に目立つ赤髪の獣人が隣に仕えてる。
……うわ、マジかよ。あのお坊ちゃんが、あのお嬢ちゃんだったのか!
いや、ねぇわ。子守りなんて、マジでムーリ。スルーしようか? ――なんて思いつつ、まあ一応な〜
失恋で仕事に没頭して、クタクタのご主人様を起こしてやろうってことで、試作中の新型通信魔導具を使って、ご主人様を揶揄がてら知らせてやった。
そしたら前回と同じく、俺はちゃっかり休みを取る代わりに、そのお嬢ちゃんの護衛を任された。
まあ、面白そうだから、いいか~




