07 令嬢は母の日記を読む④
『私は貴族令嬢となることで薬師の夢を諦めたけれど…』
お母さんは貴族となるために薬師の夢を捨てたのなら、私はその夢を引き継ぎたい。お母さんが諦めた道を、私が繋げていきたい!
過去の私はエマさんから「何をするのが分からないなら、医師に成らないか」という誘いを受けたことがある。
でも、男性しか受験できない医師の資格やはり無理だと感じ、とりあえず医師ではなく、半年間初歩の薬師としての勉強をしていた。
だから、私には薬師としての経験があるのだ。それに、この部屋にある書物や屋敷の広大な書庫を活用すれば、自力で薬師になれるかもしれない!
そう考えて、決意を固めた私は、深く息を吸い込み、ページをめくった。お母さんの言葉は、さらに続いていた。
『このページを開いた貴女は、貴族令嬢という役割に囚われず、変化を望んでいるのね。
やっぱり貴女は私の娘、私とよく似ているわ、この道を選ぶ貴女は誇らしいと思います。』
その言葉に、私は心の中で喜びを感じると同時に、隠しきれない恥ずかしさも込み上げてきた。
きっと、お母さんは迷わずに枠外の道を選ぶ自分を想像して、この言葉を書き記したと思う。
でも違うわ、私は幸運に『過去の時間』の記憶を持ちながら、『今の時間』に戻っただけだ。
もしあの悲しい過去の経験がなければ、迷いながらも、結局、私は貴族令嬢としての道をそのまま選んでいたかもしれない。
『人生を先に歩んだ先輩として、フリージア、貴女に幾つかアドバイスを教えたいわ。
まず初めにこの言葉を覚えなさい
――あなたの人生の主人公はあなたです。
世間で決められる人生なんではただの形が綺麗な鳥籠、人を束縛するものよ。世間にどう言われようと、他人にどう思われようと、貴女の人生とは一ミリの関係もないわ。
だから決して世間の「すべき」という檻に閉じ込められないで、誰かの期待に応えるために本当の自分を見失わないで、ありのままの貴女が一番素敵ですよ。
今はまだ見えないかもしれないが、貴女には何処にも自由に飛べる翼があるの、ですから安心して自分が決めた信じで選んだ道を進めるしか考えればいいです。
貴女の人生は、あなたのものだもの、貴女は正しいと思う道へ行くべきです。
でも人生は長い、何があってもおかしくない、道に迷い、戸惑い時もきっとあるだろう。どうかその時は落ち込まないで、誰しも博奕の気分で人生というゲームに挑んでいるわ。
私たちは普通の人間です。自分を過小評価することも、過大評価することもせず、ありのままの自分を受け入れることが大切です。
疲れたときは、原点に立ち返って、休憩を取るのもいいですよ。自分にとって何が一番大切なのかをじっくり考え、そこから新たな一歩を踏み出せばいいのです。
人生は果てが見えない長い旅路です、だから焦る必要はありません。自分らしいペースで歩んでいけばいいのですよ。』
本当にこれで良いのだろうか……私はすでに他人の命を巻き込んでしまった失敗者だというのに、そんな私に再びスタートする資格があるのだろうか?
さっき芽生えた決意が、また揺らいでいる気がする。
お母さんが言葉は、心に深く染み渡るような心地良さがあった。まるで傷だらけの心を、暖かい薬で丁寧に癒してくれているように感じる。
でも、それがあまりにも心地よすぎて、ふと恐ろしさを感じるようになった。
これはすべて幻なのではないか。私にとって都合の良い言葉ばかりが、次々と与えられているような気がしてきた。
もしかしたら、これは現実から目を背けるために自分が作り出した甘い夢なのではないか。この心地よさは、現実逃避の結果なのではないか……
でも…夢でもいいだ。夢でも…
そう自分に言い聞かせても、不安は拭えず、私は大きく目を丸くして、私はお母さんの書き続ける内容に、どうしても目が行ってしまう。
『男女の差など、花と草の違いに過ぎないにもかかわらず、貴族社会ではその差を意図的に強調し、令嬢たちの才覚を押しつぶそうとしているように見えるわ。
優れた女性たちを踏み台にしなければ、自らの薄っぺらな自尊心を保てない凡庸な貴族男性たちの所業かもしれませんね。
私が子爵令嬢になり、貴族社会に入った時から、多くの才能豊かな令嬢たちと出会いました。しかし、彼女たちはその卓越した才覚を存分に発揮することなく、くだらない貴族令息との泥沼の恋愛関係に貴重な時間と大切な労力を費やしていました。
卒業後、彼女たちが一時的に社会で活躍する場を与えられることはあっても、その待遇は男性と比べて著しく不公平です。さらには、望まぬ妊娠を強要され、家庭に追いやられることは多々あった。
本当に馬鹿馬鹿しいにもほどがある、女性は男性のおまけではないわ。
女性の能力は、男性に劣りません、私たち女性は家庭だけでなく、社会において大いに役立つはずです。
だから、フリージア、貴女も女性としての身分を誇りなさい。私たちは男性とは変わらないわ、性別を理由にいちゃもんをつける人には容赦なく鉄拳を、そして自分の能力を堂々と証明しながら、彼らにぎゃふんと言わせてやるのよ。』
あれ、お母さん、何だか最後に言葉遣いが荒くなっていないかな?
やはりこれは夢の中、そして夢が崩れ始めたかもしれないわ!
焦る気持ちに駆られながら、私は夢が終わってしまう前にすべての内容を読み終えたい一心で、急いでページをめくった。
すると、次のページには、お母さんのどこか取り繕うような口調の言葉が書かれていた。
『ふふ、失礼。少し感情が高ぶってしまったわ。』
そして、まるで何事もなかったかのように、続きの内容は穏やかな筆跡で綴られていた。
『フリージア、貴女は何になりたいです?
お母さんと同じ薬師になりたいかしら?文官として王宮で役を務めます?王宮魔術師になりたいの?騎士団に入るのも素敵よ。アカデミーの教師、作家、研究者などはいかがです?それとも自分で商会を開いて、投資家になってもいいわね。
ただ、神職者になることはあまりおすすめしないわ。教義として、自分自身を失い、すべてを神に捧げることが求められるから。それだけでなく、神殿の暗闇は、貴族社会の闇よりもはるかに深いのよ。』
将来の道について問われ、私は過去の自分の記憶を再度振り返したが、すぐに、少し馴染みのある薬師以外の道はないだとさとる。
何もかも知らない空白の世界へ行くのはやっぱり怖くで、今の私に、そんな勇気はないわ。
『さっきも言った通り、あなたは自分が望む場所へ、まっすぐに進めばいいの。どんな選択をしても、お母さんは誇りを持ってあなたを見守っているわ。』
小心者でごめんなさい。
でも、私はお母さんに失望させないように、立派な薬師になるため、一所懸命、頑張ります。
『ただ、一つだけ、お母さんのお願いを聞いてくれないかしら?
机の右側の引き出しに置いてある箱の中には、我が家に代々受け継がれてきた、古の恩人から預かった<神木の枝>が入っていますの。
今は特殊な材料でその時間を停止させているけれど、この枝は今もちゃんと生きているのよ。
しかし、今の時代の環境はこの子にとっては過酷です。レベル8の純粋な木属性の魔力量で定期的に生命力を注がないと、成長させることはできないわ。
だから、貴女にお願いしたいのは他でもない、植物魔法を習得して、魔力量をレベル8までに上げて、この子を成長させてくださいな。
大丈夫、フリージア、あなたなら出来る、お母さんは信じているよ。頑張ってね。』
「え――?え?!神木?レベル8?」
突然、娯楽小説の世界に迷い込んだような不思議な単語が飛び出してきて、私は急に任された壮大なお願いに頭が混乱してしまった。
悠月:
今回の章が少し説教じみていて、味気ないと感じられたらごめんなさい。
フリージアは「無理無理」と思っているようだけど、実は私は、無理矢理でも彼女にさまざまな道を経験させてみたいと企んでいます。
追伸:2024/12/22にで、<上古の神木の枝>を<神木の枝>に変更しました。何だか上古の神木とか、ややこしく思いました。まあ、異世界ファンタジーの設定としてありきたりなので、読者の皆さんにはどちらでも意味が通じると思います。