61 令嬢は裏市場へ行く①
·問い:どうしてこの職業を選んだ?
『えーっとね!だってアタシ、ここで生まれたし、周りの姉ちゃんたちもみんなやってるから? でもね、お兄ちゃんに会えてすっごく嬉しいよ!』
目の前のスミレは、微かに首を傾げ、私の質問に困惑そうに、でもすでに満面の笑顔とキラキラしている瞳を浮かべ、無邪気に答えた。
·問い:別の仕事は探さないの?
『えぇ、他の仕事なんで知らないよ。今のままがいいのよ〜。そんなことよりさ、あたし、今はまた見習いなんけれど、三年後には正式に女娼になるの。だーかーらー、だから、その時はお兄ちゃんもちゃんと来てね!』
前を歩く彼女は楽しげにステップを踏み、スカートを軽やかに揺らしながらこちらへと体を寄せ、また三年後の約束を掛けてくる。
·問い:もし、ここより給料が良いところから仕事の誘いがあったら、行きたいか?
『うーん、行かないかな。だって姉ちゃん達が、そんな胡散臭いところには行くなって言ってたし』
言葉を詰まれれる私に、スミレは逆に不思議そうな顔で問い返す。
『あたしはずーっとここで生きるし、大きくなったら姉ちゃん達と同じ仕事をする。それが何か悪いこと?』
――わる……くはないわ。
どんな職業も、平等であるべきだ。
***
「は――」
夢から覚めると、私は勢いよくベッドから飛び起きた。
あれは夢というより、つい昨日の出来事。
失礼だと重々承知しているが、帰り道、二人きりの通路で私はスミレいろいろ質問を問いかけた。
彼女はあたかも当然のことのような表情で、自分の職業を楽しげに語っていた。それが……私には凄く悲しく思った。
無知の私だとしても、女娼という仕事が女性にとって決して良い職業ではないことを知っている。世間の視線だけでなく、日々あのような営みを強いられては、彼女たち自身の体にも支障が生じてしまうのだ。
ヴァルハン村は夜蝶館みたいな立派な建物はないが、女娼のような活動をしている女性は存在する。
小さなあの村で隠し事など到底不可能で、毎日の井戸端会議で様々な噂が飛び交う。その中には、異国から密入国してきたという一人の女性の話もある。
噂によれば、彼女は亡き夫に拾われ、夫が事故で亡くなった後、子供も持たずに夫が遺した家で女娼の売買をしているという。
そして彼女が姿を現すたびに、普段は私に親切してくれたおばさん達は、突如として会話を打ち切り、まるで彼女を忌避するかのように無視したり、あるいは蔑むように冷ややかな眼差しを投げたりした。
エマさんは医師として、そんな彼女を普通の患者として扱っていたが、私が彼女と二人きりになることを決して許さなかった。
だが――
人手が足りない時、私が彼女に薬を渡す短い接触の中、目にしたのは皆が口にする卑劣な女性像とはかけ離れた、おっとりとした容貌と穏やかな言動だった。
むしろ、周囲から孤立されている中、偶に見かけた、道端でしゃがんで小さな野花を愛でる彼女の姿は、優しいい目をしていて、酷く落ち着いていた。
確かに、私が人を見る目に自信があるとは言えないが、スミレとは違い、彼女は自ら望んでその職業を選んだのではないと感じた。
スミレもまだ幼い……あぁ、駄目だ。自惚れてはいけない。私の浅はかな考えで、他人の人生を軽々しく決めつけるべきではないのだ。
しかし、スミレも、あの乞食の子供たちも、かつての私と同じ、変わらぬ生活の中で狭い視野に囚われ、物事を判断しているのではないだろうか?
すべての苦しむ人々を救う力など、私には備わっていない。でも見かけたなら、見過ごすわけにはいかない。
それが一度失った命が巡られ、今なお貴族の身分である私がやるべきことだと思うのだ。
あの歓楽街で、スミレと同じ考え方を持つ者は一体どれほどいるのだろうか?彼女たちには、もっと広い世界を知ってほしい。
もし全てを知った上でその道を選ぶなら、勿論反対する事はしない。しかし知らぬまま、目の前だけが全てだと信じ込んでいるのは駄目だと思う。
それから、物乞いをしている奴隷の子供たち……他人の財産に口出しする資格はないが、せめて彼らをあの過酷な環境から救い出し、生きるために最低限必要な条件を整えてあげたい。
でもその前に、今がやるべきこと――トムを探さないと。貧民街であの子たちが見掛けないなら、グレムが話していたあの場所へ向かうしかない……
どうか、生きていてほしい。
深呼吸一つに、私は腕時計を見て時刻を確認する。既に10時だ。
グレムとの約束は深夜0時なので、私は今日の夕食を早めに済ませ、これまで仮眠を取っていた。
ベットから降り、魔術師の軽装に着替えた後、シズがくれた魔導具を全て身に付けて、衣装室の鏡にある自分の格好を確認する。
そこに映っていたのは、老人のような白い髪と、不気味に微かに光る金色の瞳を持つ子供の姿だった。
一部の夜視能力を持つ獣人族は、夜になると瞳が光ると言われる。しかし、私は人間であり、歴史と伝統を重んじるスペンサーグ公爵家には当然他種族を招いた記録はない。
私は魔導具のイヤリングをそっと指を触れる。すると、かすかな魔力の気配が伝わり、次第に魔導具の効果が発動し始めた。
再び鏡を見ると、髪と瞳の色は落ち着いた茶色に変わり、顔が少しぼやけて見える。
しかし昨日、グレムに魔導具の存在に気付かれてしまった。
溜息をつき、私は机の上に置かれたカツラを被り、引き出しから仮面も出して装着する。
だが、全てが準備完了後、転移陣の前でそれを発動しようとしている時、「ドン」という音とともに部屋のドアが開き、私は驚きで身を固くなり、そこへライラが現れた。
「お嬢様、こんな夜更けに、どちらへ向かわれるご予定でいらっしゃいますか?わたくしは何も聞いておりませんが」
月光だけが頼りの暗い部屋の中、ランプの淡い光に照らされた彼女の横顔に、明らかに咎めを含んだ翡翠色の瞳が、ほのかに綺麗な輝きを放っている。




