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やり直し令嬢は箱の外へ、気弱な一歩が織りなす無限の可能性~夜明けと共に動き出す時計~  作者: 悠月


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57 令嬢はルナの兄を探す④

「それで、お坊ちゃんはこんなところに来て、何のご用かしら?」


 気怠げに椅子へと身を預けたローズは、華奢な足を優雅に組み替え、その指先で薔薇色の髪をくるくると弄ぶ。誘惑するように唇を僅かに弧を描き、妖艶な笑みを浮かび、茜色の瞳は美しい夕焼けを閉じ込めたように輝いて、じっとこちらを捉えている。


 目の前に広がる光景はまさに大人の色気が溢れ出す圧倒的な美しさそのものだった。しかし、今まで受ける令嬢教育で、私は直撃してくるハニートラップの嵐を前に、視線を定めることすらままならない。

 自分が男性ではなくで、本当に良かったと、心底に思った。


「……ですから、私は自分の意思でこの場所に来たのではなく、あの男性に無理やり連れてこられたの」

「ふふっ。でも、入口で彷徨っているところを、グレムが連れてきたんじゃないかしら?」


 ローズは何もかも見透かしたように瞳を細め、意味深な微笑を浮かべた。その横でグレムが好機とばかりに、得意げに口を挟んできた。


「そうさそうさ!俺は困ってるヤツを見て、放っておけなくて案内してやったんだぞ!」


 いいえ、それが誘拐でしょう?私の動きまで制限しておいて、よくも白々しくそんなことが言えますね!


 さらにスミレまで加わり、勢いよく見当違いの主張をし始める。


「そうだよ!あのお兄ちゃん、いずれあたしのお客さんになるんだからね!ローズ姉ちゃんでも取っちゃだめっ、だよ!」


 いいえ、客にはならないからね!


 外野の二人が騒がしい……私は思わず内心で突っ込んでしまった。


 だが、その茶番は、ローズが二人に視線を投げただけで、二人は瞬く間に黙り込んだ。変わる空気に私は喉をゴクリと鳴らし、しばらく言葉を探してから、躊躇いがちに言葉を紡ぐ。


「貧民街へ……入る道を探しているの。門番に知らずに通れる道を知っている?」


 私の認識が間違っていないなら、地図からして、この場所は黒く塗り潰された貧民街の区域と隣接している。


「ふん、お坊ちゃんは何も調べずに、無謀にここに来たのね」


 その言葉に棘を感じたが、彼女の態度からして何かを知っているのだと確信する。一か八かの問い合わせけれど、まさか当たりとは思わ無かった。


「そうねぇ。初めての来店サービスとして、今回は特別に無料で教えてあげましょう」

「は〜い、は〜い、じゃあ〜、スミレちゃんがお兄ちゃんに答えてあげる!」


 ローズは今にも何かを言い出しそうなスミレに目を向け、微笑みながら頷き、続けるように促した。

 スミレは許可を得るなり、嬉しそうに笑って、やる気満々の表情で中央に設けられた舞台らしき場所へ跳び上げた。彼女が指を鳴らすと、どこからともなく軽快な音楽が流れ始め、彼女はそのリズムに乗って、舞台上を軽やかに踊り出した。


「うちは城下町一番の娼館、『夜蝶館(やちょうかん)』だよ。みんなはここを『夢の庭園』と呼んでいるわ。どんなに疲れた心も、アタシ達が癒してあーげーるー」


 甘い声とともに、スミレはウインクを一つ飛ばした後、くるりと舞い、可憐なステップに合わせ、桜色のスカートが空中に花弁の軌跡を描き、菫色のツインテールが愛らしく揺れる。彼女の姿が、まるで春風に誘われて舞う蝶のように美しく、艶やかで、無邪気に美しい。


「この館には領地内から集まった美しいお姉ちゃん達がお客人たちを待ってるのよ。彼女たちの歌声は月の女神も嫉妬するくらい美しく、踊りは星々をも酔わせると言われている。もちろん、腕のいい料理人もいるわ。甘く香ばしいデザートに、舌がとろけるほど美味しい食事もあるんだよ……」


 スミレは足を止めることなく、踊り続けながら、まるで夢物語を語るように頬をほんのりと紅潮し、目は輝きを増して、一層声を弾ませる。


「でもね、一つ大切なことを忘れてはならない。美しい薔薇には毒がある。果たして、お客人はアタシ達の愛を手に入れられるかしら」


 その言葉には、どこか甘美でありながら、同時に危険な香りが漂っているように感じられた。

 スミレは踊りの最後にスカートの裾を華やかに広げ、一礼した後、顔を上げた瞬間、唇が無邪気に、しかしどこか妖しげで魅惑的な雰囲気を纏っているかのように、ニッコリと笑った。


「よう、スミレちゃん、期待の新人!」


 隣の方からグレムの喝采と拍手が聞こえ、私はその流れに乗って、無意識のうちに手を叩いた。


 あっ、女娼(じょしょう)!金銭を得る代わりに恋人役や夫婦の営みなどのサービスを提供する職業。彼女たちは女娼だったのか。


 反応の遅い私はようやくこの場所、彼女たちの職業について理解した。


 穢らわしい職業だと世間が認識しているのに、彼女たちの顔には咲き誇る花のように、自分自身に対する絶対的な自信を持っている。

 しかも、容貌に対する自信だけではなく、内面の力強さも備えている。


「だん〜だん〜だん、そーしーてー――」


 音楽が止まっても、スミレは全く止まることなく、クルクルとしなやかに体を回りながら、私に迫ってきた。頬に息が掛かる距離になった時、彼女は耳元で甘い息を吐き、やっと答えを教えてくれた。


「お兄ちゃんが探した通路はね〜、うちにもあるのよ」


 って、そんな短い一言、もっと普通な方法で教えてくれれば良いのに、何でそんなに大袈裟な表現を取っているの?踊りは綺麗ですけれど……

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