50 令嬢は救済院を訪問する②
私とルクレティアは、救済院の居室で子供たちに紹介された後、先生方が用意してくれた椅子に座り、少し離れた場所で遊ぶ子供たちを静かに見守っていた。
部屋には無邪気な笑い声が響き渡っているというのに、私たちの間にはほとんど会話らしい会話がなかった。
昔、幼かった頃、私たちは何を話していたのでしょうか?もう、あまり覚えていない……あっ!そうだな。私がいつも一方的に話題を振り、会話を繋ごうと必死になっていた。
しかし、今は――そんな気分にはならない。
さりげなくルクレティアに目をやると、彼女は退屈そうに椅子に深く腰掛け、片方の頬をぷくりと膨らませながら、所在なさげに指先で髪を弄んでいる。
微妙な気まずさを覚えた私は、自分の手袋の刺繍に視線を落とし、無意識に指先でその模様をなぞった。先ほど見学した救済院の様子を思い返しながら、心の中に残る違和感の正体について思索を巡らせていたその時――
「ルクレティア?」
突然、彼女が勢いよく立ち上がったと思うと、こちらを見向きもせず、軽快な足取りで子供たちの輪に向かって歩いていく。
彼女は誇らしげな様子で、まるで『このわたくしが遊んであげるのよ』と言いたげな仕草を子供たちに見せたが、その明るく親しみやすい性格ですぐに子供たちと打ち解け、笑顔を浮かべながら一緒に遊び始めた。
かつて眼中になかった平民の子供たちとも、楽しげに遊んでいる幼いルクレティアの無邪気で愛らしい姿に、私は少々驚かれた。
これが、ルクレティアの本質かしら?
一人残された私は、背後に仕えるライラと共に、依然と周りと一線を画した位置に座り、自分だけの小さな空間を作っている。
「ライラは、この救済院について、どう思いますか?」
さっきはルクレティアがいたので、ライラに話し掛けられなかった。
なんとなくライラには私が感じている違和感の正体が分かる気がして、私は彼女に意見を尋ねた。
「どう、とは、何をお指しになっているのでしょうか?」
「何でもいいのよ。貴女の素直な感想を聞きたいだけ」
「ならば――よく取り繕われた、見栄えのいい場所だと思っております」
「あっ、そう……ですね」
『取り繕われた』――さっきから感じていた違和感の正体は、これなんだ。
すべてがあまりにも整いすぎている。建物も、部屋の配置も、子供たちの遊ぶ姿も。何もかもが美しく、整然としていて、まるで貴族が好む『模範的な救済院』を演出するために作られているかのようだ。
目の前にあるこの救済院が、果たして私たちに本当の姿を見せてくれているのだろうか?
私は静かに目を凝らし、子供たちをじっと観察する。
この暖炉がつけた暖かい空間に、寛ぐ彼らの表情が、全て偽りだとは思えない。
そんな時、三歳ほどの緑色の髪をした女の子が、私をじっと見つめているのに気がついた。
私が視線を向けると、彼女はそわそわと隣にいた十歳ほどの茶色の髪をした女の子に抱きつき、顔を隠そうとした。
その可愛らしい仕草に微笑み、何気なく視線を移すふりをして、横目で二人の様子をそっと窺った。
彼女たち二人は何かを囁き合いながら、時折こちらをちらりと見ては再び顔を背ける。
暫く観察して、密談を終えた彼女たちが別々の方向へ歩き出すのを見て、大きい方の女の子が唐突に装飾の花瓶をわざとらしい動作で落とした。
ガラスが割れる音が響き、泣き声とともに周囲の視線が一斉にそちらへ向かい、先生方が慌てて駆け寄る中、小さな女の子がこっそりと私の方へ歩み寄ってくる。
彼女は私に近づき、怯えた様子で、それでも私の服の裾を強く掴み、まっすぐな萌葱色の瞳で期待を込めて見上げてきた。
「ネネは、えらい人?ルナは、ニニといっしょにしたい。ニニもいっしょがいい!」
ネネというのは、私を指しているかしら?それなら、ニニは兄の意味でしょうか?
困惑しながら彼女の言葉を考えて、ある若い女性の先生が私たちに気づき、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ルナ!公爵家のご令嬢に対して、なんて無礼な!申し訳ございません、フリージア様。この子、まだ救済院に入って日が浅く、躾が行き届いておりません」
この人、確かベラという名前だ。
ベラは私からルナを引き離すと、その小さな頭を無理やり地面に押しつけた。
その乱暴な動作に驚いた私は、思わず声を上げてしまった。
「おやめなさい」
「ですが、フリージア様、この子がご失礼を……」
「わたくしは何も気にしておりません。この子を放しなさい。彼女はわたくしに何かを伝えたかったようです」
「しかし……あ、かしこまりました」
ベラはまだ何かを言い出しそうだったが、ライラが先に手を上げて強引に彼女を退かせた。
やっと解放されたルナは、何が起きたのか分からず、ベラの睨む視線を本能的に避けるようにして、私の背後に隠れた。
「ルナっ!」
「ベラ、落ち着いてください。これではこの子が怯えてしまいます」
「はい、承知いたしました」
ベラが再び声を荒げようとしたのを、私はそっと手を上げて彼女を制止し、ルナを庇った。隣の小さな頭を、慣れない手付きで、軽く撫でて安心させる。
「ネネはニニもつれてくれるの?ルナ、ニニにあいたい」
暫くして、ルナが私を見上げて、小さな声でまた尋ねてきた。
「ニニって、あなたの兄のことかしら?」
「あっに…?ちがうよ、ニニはニニだよ」
「では、ニニというのはあなたのご家族?」
「かぞく?!あっ、ルナとニニはかぞく!いっしょにすむ」
うん、どうにも上手く意思疎通できていないようで、私は少し距離を置いたベラを見つめ、彼女が解釈してくれるのを待つ。
「この子は……一か月ほど前に、両親が隣町へ向かう途中で魔物に襲われ、亡くなられました。元は旅商人のご家庭で、他に親戚もおらず、この子を救済院でお預かりすることになったのです」
「この子に兄はいますか?どうして一緒に引き取ってもらえないのでしょう?もしかして、その者はもう成人しているのかしら?」
私の問いに、ベラは少し言い淀んだ。
「十歳の兄がいます。しかし……」
十歳、それではまだ幼い子供ではないか!
「領地内では十六歳未満の孤児は救済院で保護する方針だと学びましたが、どうしてこの子の兄だけ例外なのでしょうか?」
さらに問い詰めると、ベラは視線を逸らし、申し訳なさそうに頭を下げた。
「それが……その、その者は障害を抱えた、咎人なんです」
「咎人って?つまり障害者のこと?それなら尚更、彼を支援すべきではありませんか?」
咎人は、かつて障害者を指す古い言葉である。昔の人々は、先天的な不足を持って生まれる者を前世の罪や罰の結果と考え、悪魔に何かを奪われた存在とみなされ、忌避の対象とされた。
しかし現在では、それが単なる迷信であり、医学では遺伝や環境の要因だと解明され、『障害者』という新たな名称が用いられるようになった。
ベラは恐怖を浮かべた目で強く首を横に振ると、さらに深く頭を垂れた。
「いいえ、大変心苦しいのですが、とが……現在の施設では障害を持つ子供たちに適した設備がなく、対応が非常に難しいのです」
設備がないのなら、整えればいいだけのことでは?それを理由にルナの兄だけを引き取らないというのは、筋が通らないはずだ。
だが、ベラの目に浮かぶ隠せない怯えは、彼女がいまだ古い迷信を信じ込んでいる人だと察する。
ならば彼女を通すのではなく、直接グリーン男爵に――いいえ、叔母様に直接伝えるべきでしょう。




