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やり直し令嬢は箱の外へ、気弱な一歩が織りなす無限の可能性~夜明けと共に動き出す時計~  作者: 悠月


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47 令嬢は訓練メニューを調整したい

 あの任務以来、私は時折ファミリーホームに訪れ、そこにいる女性たちの看病を手伝うようになっていた。

 彼女たちの年齢は15歳から49歳に及ぶが、誰一人として完全な回復には至っていない。薬も、カヤの光魔術も、深く刻まれた古傷を癒すには力及ばず、壊れた精神は今なお不安定なままの者は少なくない。


 救出された36人の女性のうち、6人は故郷への帰還を希望し、数人のメンバーが護衛を兼ねて同行し、数日前に出発した。

 だが、残された女性たちはそれぞれの事情からスペンサーグ城に留まることを選択した。


 とはいえ、いつまでも彼女たちを一階のレストランに居させるわけにはいかず、皆が新たな居場所について頭を悩ませていたところ、まさかフィオラ商会の副会長であるガレフが妖精の円舞曲に訪ねてきたのだった。


 ガレフは商会独自の情報網を駆使し、女性たちがここにいることを掴んでいたらしい。彼は女性たちの代表として立ち上がったソニアさんと商談して、正式に彼女たちをフィオラ商会の従業員として雇い入れる契約を結んだ。

 さらには、従業員用の寮までも用意されることになり、彼女たちに新たな住む所まで提供した。


 思いもよらぬ形で再びガレフと関わりを持つことになった私は、どこか複雑な心境だった。


 しかし、リリアの口から語られたフィオラ商会の話に、私は驚きと困惑を隠せなかった。

 設立からの歴史は浅いものの、フィオラ商会は今やスペンサーグ公爵領で一、二を争う大商会に数えられる存在となったという。しかも、質が良く手頃な価格の必需品を数多く生み出し、平民たちからも非常に高い評価を得ているそうだ。


 それほどまでに名高い商会の存在を、なぜ私は以前一度も耳にしなかったのだろう?確かに引きこもりがちではあったが、領地の重要な商会については、家庭教師から常識として教え込まれていたはずだ。それなのに、どうして……


 疑問が頭をよぎったが、すぐにそれを振り払った。


 過去は過去、今は今、過去に囚われず、今ここにある時間に目を向けると、前から決心していたのだから。

 ひとまず、彼女たちが新しい居場所を得られたことを素直に喜ぶべきでしょう。


 それでも、やはり心配で……その後も彼女たちの新しい住まいに訪ねてみた。幸いなことに、私の不安は杞憂(きゆう)に終わったようで、フィオラ商会は契約通りの待遇を守り、代表のソニアさんを幹部に抜擢しつつ、彼女たちに配慮して在宅の仕事を中心に任せているという。


 一度、ソニアさんに金を渡そうとしたが、『仕事が得られたおかげで、自分たちの力で生きていけます』と微笑んで断られてしまった。

 ソニアさんは今、不慣れな仕事に励むだけでなく、新しい業務の開拓にも追われ、忙しい日々を送っている。

 何度訪れても彼女の姿を見ることはできなかったが、他の皆さんの顔には、自分の力で生計を立てることへの誇らしさがうかがえ、かつての曇りが、少しではあるが晴れてきているように思えた。



 ***

 私は深呼吸をひとつし、シズの部屋の前に立った。首に掛けた指輪を握り締め、意を決してノックをする。


「……」


 中から返事はない。小さな機械音が鳴り、「ガチャ」という音とともにドアが自動で開いた。

 足を踏み入れると、部屋の中は相変わらずシンプルな一人部屋。だが、もう一歩進んだ瞬間、視界が揺れ、気づけば以前訪れたあの薄暗い書庫へと転移された。


「何か用か」


 低く響く声に心臓がドキリと跳ね、振り向けば、机の上で古びた書物を読んでいたフクロウが、無機質な赤い目をこちらに向けていた。


 前回、ソニアさんたちのことでジスに助けを求めた時、彼に冷たく断れた。

 『魔女は世界に干渉できない』、『多くの人の未来に影響を及ぼすことは厳しく制限されている』と語り、魔女と深い関係を持つ彼自身も、その制約に縛られているのだと教えた。


「シズ、こんにちは。少し訓練メニューを調整したくて、相談に来ました」

「なぜ?」


 無駄のない短い問いかけに、私は一瞬言葉を詰まらせる。


「別のことに時間を割きたいと考えています」

「薬草の勉強は既にしているだろう。それ以外、何がある?」


 彼はやはり、私が魔法の訓練の他に、薬草の勉強をしていることを知っているようだ。不思議ではないが、ただ何も彼には隠せないことに少し気まずさを感じた。


「それだけではありません。公爵令嬢としての役割を果たしたい……と考えています」

「九歳の子供が、か?」

「……確かに、私はまだ幼いです。それでも、早く始めるべきことがあると思います」


 シズはしばらく無言で私を見つめた。その赤い瞳に射抜かれていると、心の奥底まで見透かされているような錯覚に陥る。

 私は喉をゴクリと鳴らし、先ほど魔術師協会でもらった初級魔術師の徽章(きしょう)をポケットから取り出し、彼に見せた。


「今朝、魔術師協会で初級魔術師の資格を得ました」


 ギリギリの合格点ではあったが、それでも資格は資格だ。


「だから、魔法の勉強を少し緩めてもいいと思います」


 言葉を発しながら胸の奥に罪悪感が広がる。


 私は恩知らずだ。教えを()う立場でありながら、彼の采配に異議を唱え、他のことを優先しようとしている。こんな中途半端な態度では、何も成し遂げられないかもしれない。


 魔法の訓練は確かに厳しい。人工ゴーレムとの戦いでは怪我を負うこともあれば、魔力を使い果たし、全身が鉛のように重くなることもあった。それでも、全力で何かを成し遂げようとする瞬間には、心の底から喜びを感じた。

 自分が少しずつ強くなれた気がしたからだ。


 しかし、それは私が責任から逃げているのではないかと思った。たとえ、いずれ公爵令嬢という立場を失うとしても……いいえ、だからこそ今この立場を利用すべきだ。

 今の私がのうのうと日々を過ごしている中、攫われた女性たちのように、苦しみの中で必死にもがいている者がいる。その現実に目を閉じたくないのだ。


「そろそろとは思ったが。良かろう、訓練メニューを調整する。こなすかどうかは、君次第だ」


 シズはそう言い残し、私をあの空間から放り出した。


 翌日、スズが届けた新たな訓練メニューは、相変らずぎっしりと詰まっていた。しかし、色分けやマークが付けており、選択肢は私に委ねられていることを示していた。


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