45 令嬢は後援任務を受ける④
「シアさんとライラさん、来てくれてありがとうございます」
「…?ハィ!」
セリオンの声に、ハッと我に返った。気づけば、部屋の中にいる全員の視線が私に集中している。あの女性の目もその中にあり、心臓がぎくりと跳ねた。
どうしていいかわからず、咄嗟に出る行動は、視線から逃げるためにローブの帽子を深く被り直し、気まずさを誤魔化そうとする。
ライラはファミリーホームに来た事はないが、以前冒険者ギルドの訓練所で一度セリオンと面識があった。
彼女は私を庇って一歩前に出て、その背で私を隠した後、セリオンに問いかけた。
「セリオンさん、それで、私たちは何をすればいい?後方支援と聞いているが」
「ええ、後方支援で間違いありません。リリアさんは備品室で整理しているので、そちらを手伝ってくれますか」
「そう、わかったわ。行こう、シア」
「うん」
ライラに促され、私は素直に頷き、談話室の人たちに軽く頭を下げ、簡単に挨拶をしてから、ライラと共に談話室を後にした。
備品室へ行く途中、通り過ぎたレストランでは、女将と雇われた従業員たちが忙しく動き回っている。テーブルや椅子を片付けて、代わりに布団を敷き詰めたり、清潔なタオルや水を準備したりしている。
これから救い出される女性たちを一時的にここで収容するための準備をしているらしい。
どうりで、レストランの門が閉じた。
備品室に着き、そこにはリリアと数人のメンバーがいた。
中には、ファミリーで唯一の光属性の魔力を持つ上級魔術師、カヤの姿もあった。彼女は短めの水色の髪に治癒師の白い制服をまとい、全体的に淡泊で落ち着いた雰囲気を漂わせている。
今はリリアと一緒に、医療用の備品、体力回復薬、傷薬、解毒剤、包帯などを黙々と整理している。
ふと、カヤの淡々とした青い瞳がこちらを捉え、無感情なまま軽く会釈をした後、再び視線を手元の作業へ戻した。
隣にいたリリアはそれに気づき、私たちの方へ歩み寄り、眉を顰めながらライラをじっと観察する。
「誰だよ、この人?」
「姉のライラだ、今日手伝いに来たの」
私は間に入るように紹介した。そして、ライラに向き直り、言葉を続ける。
「ライラ、彼女はリリア。私と同じファミリーの新人だ」
二人は互いに睨むように見つめ合い、挨拶を交わそうとしない。
一瞬、頭に『同族嫌悪』という言葉が過ぎたが、頭を振り、この少しピリピリした雰囲気を切ろうと、私は先にリリアに話を振った。
「リリア、私たちは何をすればいい?」
リリアは私に視線を戻し、すぐに指を差しながら、指示を出した。
「あそこに置いてある薬を、それぞれ二つずつ隣の袋に入れて、後で潜入チームのみんなに配るから。それと、中には何年前に貯めた在庫も混ざっているから、念のため、色や匂いもチェックしておいて。それから、あの箱の中には小魔石と中魔石が混ざっているので、風属性の中魔石を探し出してね。後で転移陣に使うの」
「分かった」
「他に何か分からないことがあれば、勝手しないて、ちゃんと呼んでね」
「うん」
リリアは伝え終えると、また疑わしげにライラをちらりと見てから、元の位置に戻り、作業を再開する。
私は視線を上げ、ライラに目を向けた。
二つの仕事があるのなら、それぞれ分担した方が効率的だろう。
その視線を受け止めたライラは、すぐに私の意図を察して、小さく肩をすくめながら薬の方へ向かっていった。
「じゃあ、私はこれをやるわ。シアは魔石の方ね」
「うん、ありがとう」
***
深夜、事前の準備が一段落した私たちは、転移陣で予め設定したローグズ村の全体が見渡せる高台に移動した。
見下ろすローグズ村は、静寂に包まれている。月光が屋根や通りを優しく照らし、一見すれば、何処でもある平凡な田舎の村にしか見えないが、この場所で繰り返される残酷非道な行為を思うと、その静けさが不気味に思えた。
今回の作戦は、貴族に察知されないよう、村人たちに気づかれずに、攫われた女性たちを救出する必要がある。
従って、ローグズ村に潜入するメンバーは統一に黒ずくめの装備を身につけている。マントとマスクで顔を隠し、一時的に髪の色や声を変える特殊な飴までを使用しているため、誰が誰か判別できない。
「副会長さん、皆、頑張って。一人でも多く救い出してね」
「ええ、リリアさん。ご安心を、彼女たちを必ず救い出します」
「副会長が言ってた通りだぜ、絶対に全員助け出してやるからな!」
「そうよ、リリアちゃんたちはそこで大人しく待っているな」
私はリリアの背後に立ちながら、彼らの会話を静かに見守る。
自分も何か言葉をかけるべきかと、迷っている。
彼らとは一度しか顔を合わせたことがない。ファミリー全員の名前は一応覚えている。だが今、同じ服装をしている彼らの中で、セリオン以外の人の名前と顔が、なかなか一致出来ない。
仲間たちが明るく前向きな雰囲気を醸し出している中、部外者のような自分が声をかけるのは、どこか気が引けてしまった。
しかし、彼らは貴族たちがやるべきことを代行している。正規の手続きを踏まない行動だとしても、それで女性たちが救えるなら、手段にこだわる必要はないと思った。
迷いに迷った末、私はようやく声を絞り出した。
「…皆さん、どうかお気をつけてください。ご武運を」
場が一瞬静まり返る。
ありきたりな言葉を発した自分が場違いに思えて、私の顔がすぐに熱くなり、穴に入りたい気分で視線を足元に落とした。
その時、静寂を破ったのは、周辺に響き渡る豪快な笑い声だった。
「ぶはははー!ゴブウンって、俺、初めて聞いたぞ、それ!」
防音の風結界が張られているとはいえ、その声はまるで地面にまで振動を与えそうなほど強烈だった。
あっ、声が変えたとしても、この大柄な男性なら分かる。特徴的な体格が目立っていて、名前はウルフだ。
ウルフは隣の女性に叩かれても、腹抱えてまだ笑いを堪えていない。
セリオンはそんな彼を軽く嗜め、優しい声で私に向けた。
「ありがとうございます。シアさんたちも後方支援をお願いします」
その言葉が合図になったのか、周囲のメンバーも次々に声をかけてくれる。
「そうだよ、おチビも初依頼なんだから、しっかり頑張れよな」
「心配すんな。彼女たちはすぐ助け出してやるからさ。なんか異常があったら、ちゃんと知らせろよ」
「安心して、アタシたちで何とかするわ。シア君も後方を任せたからね」
最後に、誰かが私の頭をぽんと軽く撫でた。
顔を上げる間もなく、彼らは一人、また一人と黒い影のように森の中へと消えていった。
その背中を見送りながら、私は心の中で強く祈った。
――どうか、何も問題が起きませんように。




