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やり直し令嬢は箱の外へ、気弱な一歩が織りなす無限の可能性~夜明けと共に動き出す時計~  作者: 悠月


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43 令嬢は後援任務を受ける②

 リリアの話によると、あの女性は五年前に看護師助手の試験に向かう途中で攫われ、辺境の村<ローグズ村>に売られたという。

 その時、そこで彼女が待っていたのは、想像を絶する地獄のような日々だった。彼女のように攫われた女性たちは数知れず、子を産む道具、あるいは男たちの慰み者として扱われ、残酷な日々を過ごしてきた。


 命が軽んじられ、尊厳が踏みにじられ、人間らしい暮らしなど、最初から許されることはなかった。反抗すれば、さらに過酷な仕打ちが待ち構えて、足を鎖で縛り、骨を折り、精神を壊すための毒を無理やり飲ませられるなど――非人道的な虐待ばかりだった。


 彼女はそんな地獄の中で、従順なふりを続けながらも、ずっと脱出の機会を窺っていた。そして遂に一週間前、ようやくその隙を見つけ、命懸けで険しい魔物道を通して、逃げ出したのだ。

 だが、運命はさらに彼女を試すように、逃げる途中に山狼(やまおおかみ)の群れに追われ、あちこち逃げ回した時、運悪く風刃鳥がその地を通りかかり、獲物の山狼を狩りつつ、ついでに隠れていた彼女にまで目をつけたのだった。


 私たちに助けられ、命を救われた彼女だったが、あの村での悪夢は今もなお彼女を追い続け、精神を(むしば)んでいる。

 それでも、彼女はその苦しみを乗り越え、囚われていた他の女性たちを救いたい一心で、何日も何日も冒険者ギルドに足を運び、(みずか)ら過去の悲惨な記憶を掘り返し、ローグズ村で起きたことを訴え続けて、人に助けを求めたのだ。


 リリアの話を聞き終えた私は、強烈な衝撃に打たれ、全身から血の気が引いていくのを感じた。


「あの……近くの兵士たちは何もしなかったの?スペンサーグ公爵の騎士団に助けを――」


 その言葉を最後まで言い終える前に、リリアはまるで私の無知を嘲笑するように鼻で笑った。


「はあ? あんた、何ボケたこと言っているのよ。あそこはスペンサーグ公爵領内の自治村よ? 村の人間も、隣の兵士も皆グルだろうし、騎士団みたいな偉い人たちが平民の女たちのために動くなんで、あり得ないじゃないの」

「でも……公爵の領地内なら……」

「領地内だろうが、自治村は自治村! あの村は公爵から自治の特権を与えられてて、誰も口を出せないのよ。それどころか、公爵家の保護下にある村だから、村の人間に手を出すなんてことしたら、公爵への反逆行為ってみなされるんだよ!そんな状況で、皆、あの依頼を受けられないのよ!」


 現実の冷たさが容赦無く突きつけてきて、私は心の奥底に、冷たい重い鉛の塊が沈み込んでいく。


 貴族とは、高貴な血を受け継ぎ、選ばれた者として、平民たちを導き、守る使命を託された存在だと、私は幼い頃から教えられてきた。

 私もその教えを信じて疑わなかった。


 私たち貴族は平民から税をいただいたのも、彼らを導き、守るための対価だと教えられた。平民たちが安心して暮らせるよう、困った時には手を差し伸べ、正しき道を示す――それが貴族の務めであり、誇りであると。

 貴族はただ贅沢に浸るだけの者ではない。広い庭と高い塔を持つ貴族たちの屋敷は、単に豪華さを競うためのものではない。それは、平民たちに希望を与え、彼らが目指すべき未来の姿を示すものだと。

 私たちの生活が輝かしく、規範となることこそ、貴族の存在意義の一端であると聞かされてきた。


 ――そう。私たち貴族は選ばれた者として、正しい秩序を守り、弱き者を助け、より良い世界を築くために生きる……そう、信じていた。


 けれど、目の前の現実は、私が信じている理想とはかけ離れている。

 攫われ、蹂躙され、命をもてあそばれる平民の女性たち。その悲劇を目にしても、誰も手を差し伸べない。いや、それどころか、彼女たちの苦しみを招いた村が『自治』の名目に保護されているという現実。


 しかし、あの女性たちすら守れないのなら、何のための貴族なのだろう? 私たちが持つ特権は、一体何のためのものだというのだろう?


 あのローグズ村は、かつて追放者や放浪者たちが集まり、荒れ果てた土地を自らの手で切り開き、自治権を勝ち取った村である。良質な鉄鉱石が採れる鉱山を有することで、名を広く知られるようになったと、領地の歴史書にも美談として記されている。

 屋敷の地図にも、山奥に位置するローグズ村は、スペンサーグ公爵家の直接的な管轄地であり、鉄産業を支える重要な拠点として特別なマークがつけられている。


 でも、あの村で何人もの女性たちが攫われ、非道な目に遭わされているというのに、スペンサーグ公爵家は何一つ動かなかった。

 何年も続いているこの悲劇に、叔父様や文官たちは本当にこの事実を知らないのだろうか?


 ――いいえ、知っているに違いない。ただ、見て見ぬふりをしているのだ。


 胸の奥で怒りが込み上げ、言い知れぬ無力感が押し寄せて、理不尽な現実に唇を噛み締める。

 それなのに、飾りとしての私の公爵令嬢の立場は、何の役にも立たない事実が、ただただ情けなく、悔しくて仕方ない。


「……、だから、貴族様にバレないように、副会長がこっそりギルドとやりとりして、依頼を受けたのだ。ファミリーの姉さんたちも救援任務に動いているの。私もその依頼に参加したいけど、隠密活動だから、自分を隠せる魔導具が必要なのよ。あんた、持っているでしょう、それを一晩貸しなさいよ! …ねぇ、聞いているの!?」


 リリアの怒鳴り声に意識が戻り、私はまだ震える手を強く握りしめ、心の中で一つの決意を固めた。


「リリア、私も行きたいです。私もファミリーの一員として、あの依頼に参加します」


 私の言葉に、リリアは一瞬目を丸くした後、深い溜め息をつきながら呆れた表情で反対した。


「はあ…あんた、本気で言っているの? あのな、風刃鳥を倒せたの認めるが、それは運が良かっただけ。あんた、戦いの経験もないし、魔法だって弱いんだから、魔導具を貸してくれればいいのよ」

「私も行きます!」


 リリアに舐められても、私は再度強い声で言い切った。これは譲れない事なの。


 お互いに目を見つめ合い、数秒間膠着した後。


「……もうー、わかったわよ。でも、あんたの実力じゃ絶対に足手まといになるのは分かっているから、後援を任せるわ。依頼中は、ちゃんと私の指示に従うこと。勝手な行動だけは絶対にしないでよね!」

「はい!ありがとう、リリア」


 私の勢いに押されたのか、リリアは不機嫌そうに顔をしかめながらも、渋々と条件付きで同意した。

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