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41 令嬢は評価を貰える

 マルス先生方の保護によって、私はすぐに安全なスタート地点へ転移され、臨時に建てた治療室のテントへと移動された。

 現在、医療班の先生モナが診察用の魔導具を使って、私の体調を確認している。


「シアさん、特に目立った怪我はないようですが、他に痛むところは有りますか?」

「いいえ、大丈夫。保護者のお守りのお掛けで、少し擦り傷を負っただけだ」


 戦いの余韻がようやく収まり、落ち着いて自分の姿を見下ろすと、ローブは泥と草で汚れ、風刃鳥の攻撃で大きな穴が開いていた。

 地面に転んだせいで、腕や膝には擦り傷がいくつもついている。それでも、秋の厚手の服を着ていたおかげで、服が少し破れた程度で、貴族令嬢として肌が露出するような事態にはならなかったのが幸いだった。


「まだ見習いなのに、風刃鳥を倒したと聞いたわ。すごいじゃないの」

「いえ、あの…保護者のお守りがあったのと、あの風刃鳥は古い傷がの残っているので……」

「何をそんなに謙遜しているのよ!あの魔獣が古傷が残っているようが、倒したのはあんたなんだから、もっと誇りなさいよな」


 横で私の診断を待っているらしいリリアは不満げな顔で、突然私たちの会話に割り込んできた。

 モナはクスリと目を細め、リリアに続いて補充の言葉を掛けてくる。


「リリアさんの言う通りですよ、シアさん。初めての戦いで(ひる)まずに魔獣に立ち向かう事自体はすごいことなんです。初戦の恐怖で冒険者を辞めてしまう人もいるほどですからね。それなのにシアさんは無事に魔獣を倒したのですから、もっと自分を誇ってもいいんですよ」

「……はい、ありがとうございます」


 二人の言葉に、なんだか気恥ずかしくなって、私は思わず俯いてしまった。


 口ではそう言っているが、自分の心の中でもすごいことを成し遂げた気分がいっぱいだ。

 でも……やはり風刃鳥を倒せたのは外的要因が大きく、私自身が凄いわけではないと思う。それでもこうして誰かに褒められ、この頃の努力が報われた気がして、凄く嬉しかった。


「うん、あの変異種は、汚染されて間もなかったのかもしれませんね。シアさんの傷に瘴気の気配が見られませんわ。ただ、念のため治癒魔法をかけておきますね。擦り傷もこれで回復すると思います」

「はい、ありがとう、モナ先生」


 魔導具を使った診断の結果、特に異常は見当たらなかった。モナはホッとした表情で魔導具を下ろし、私に優しく微笑んだ。


「光属性の魔力は、他の属性よりも受け入れやすいけれど、他人の魔力が流れ込むことになるから、反抗せずに受け入れてくださいね」


 彼女はそう言って、そっと私の頭に手を置き、その手のひらから淡い白い光が漏れ、私の体を包み込んだ。

 その瞬間、まるで冷たい空気の中で温かな陽光を浴びているように、さっきまでもジリジリとした痛みが次第に和らいでいくのを感じた。


 先生たちの話によれば、風刃鳥は本来、雑食性の魔獣で、主に草や花を食べて生きているという。子育ての時期には栄養価の高い肉を求めることもあるが、通常は人間を襲うことはないらしい。

 だからこそ、リリアが風刃鳥が人を攫われたと聞いた時、先生たちはすぐにそれが『変異種』だと推測し、何人かの先生が救援に派遣された。


 実際、専門の人に確認したところ、微かではあるが、あの風刃鳥には変異種特有の気配が感じられたらしい。


 変異種について、未だその発生原因が解明されておらず、現時点での研究結果では、元々正常だった生物が『何らかのもの』と接触することによって汚染され、肉体や精神に異変が現れるとされている。

 そして、その『何らかのもの』は現在、暫定的に<瘴気>と名付けた。


 瘴気に関する研究も不明なものが多く、現在判明していることは、汚染の初期段階で光魔力で浄化できるが、中期以降になると、死を避ける手立てはなくなると言われている。

 唯一、瘴気に対抗する薬があるとすれば、それは私の祖父が栽培に成功した新種の樹木<清樹(しんしゅ)>かもしれない。その葉には、汚染の進行を遅らせる効果があるとされているが、残念ながら、その薬は貴族専用のものであり、平民には決して手に入らない。


 瘴気は貴族社会の時、噂話としてしか聞いた事がなかったが、最近よく耳にするなと、私はぼうと少し他人事のように思った。

 そして、モナの魔法が止めるのを見張って、私はずっと気になっていた問題を尋ねた。


「モナ先生、あの女性の容態はどうなっている?」

「むんっ?ああ、あの人ね。心配しなくても大丈夫ですよ。彼女は転移後すぐにギルド本部の治療室に運ばれました。あそこには最新の医療設備や薬が整っているから、きっと大丈夫ですよ。」


 その答えに、私はホッと胸を撫で下ろす。


 正直、あの時見た女性は血まみれで、今にも息を引き取るのではないかと心配でたまらなかった。ギルドの治療室へ運ばれたのなら、きっと助けるだろう。


「そろそろ他のチームも戻る時間ですね。あなたたちもそろそろ外で集合しなさい、成績はまだ発表していないでしょう?」

「はい」

「わかった」


 私とリリアはモナに促されたまま、揃えて返事をしてから、テントを出た。


 ちょうどその時、太陽が雲に隠れ、初冬の風が破れたローブの穴から吹き込んで、少し寒く感じた。


 私はふっと一つ重要なことを思い出し、隣に立つリリアの表情を伺う。

 彼女はあからさまに不機嫌な顔を隠そうともせず、頬を膨らませているのだ。


 しかし後の成績発表前に先に伝えなければと思って、私はおずおずと、彼女に声を掛けた。


「あの…リリア、すみません。私が取った課題の薬草が燃やしたので、点数が……風刃鳥の魔石を点数に換えてもらえたけど、4ポイントだったんだ……」


 風刃鳥は五つ星の魔物だ。本来なら5ポイント以上の評価をくれるもおかしくない。

 ただ、さっきも言ったように、保護者のお守りとあの風刃鳥は最初から傷ついていたこともあって、リーダーのマルスは戦闘面から、私に4ポイントをくれた。

 他の先生方は、薬草を燃やして魔獣を混乱させ、授業で学んだ知識を活用したのは良かったと褒め、5ポイントを与えてもいいとも言ってくれたが、最終的には4ポイントに落ち着いたのだ。


 まあ、それでも私はは過分な評価だとは思っているけど。

 だが、本当なら薬草採集だけで5ポイントがもらえるはずなのに、リリアには悪い事をした気がして、胸の中に後ろめたさが広がっていった。


 ところが、リリアはその話を聞くなり、まるで花が咲くように、パッと顔を輝かせ、得意げな笑顔を浮かべた。


「ふーん、そう……4ポイントね?じゃあ、やっぱりあたしの方がすごいってことね! あたしが倒した毒牙猪は、ちゃんと5ポイントを貰えたんだからな!」

「うん、やはりリリアは凄いよ。毒牙猪と戦った時、軽やかな動きで、背後に羽が入ったみたいで、すごく綺麗だった。私もリリアみたいに動ければいいなと思うよ」


 リリアの戦いぶりと比べると、私の動きなんてまるで子どもの遊びのようだ。狼狽えてばかりで、動きも鈍臭(どんくさ)い……自由に身体(からだ)を動かせる彼女が羨ましい。

 それらもきっと彼女が絶えない努力を積み重ねた結果なのだから、私も訓練を頑張らないとね。


「……ふんっ、 当然よ。だってあたし、いずれS級冒険者になる女だからな!」


 リリアは胸を張り、自信満々にそう言い放った。

 いつもの彼女らしい態度に、私は思わずクスッと笑ってしまった。

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