◎ライラ視点 お嬢様の為に?③
夜、あのスズメどもへの悪戯を終えた私は、自分の部屋で休憩しながら、隣のお嬢様の部屋の気配に耳を澄ませてる。
ふと窓の方から「ドンドンッ」という音がして、非常食のスズが嘴で窓を叩いてるのが見えた。
私は奴を一瞥し、あらかじめ準備しておいた晩御飯を手に取って部屋を出る。
くっそ、また非常食が知らせに来る前に、お嬢様が帰ってきたのに気づけなかった。
お嬢様の部屋のドアを二回ノックして、中に入ると、やっぱりお嬢様がそこにいた。
椅子に腰掛けて、少し疲れた様子で私を見上げると、緩んだ笑顔を浮かべた。
「ライラ、ただいま」
「お帰りなさいませ、フリージアお嬢様」
言葉を交わしながら、私は慣れた手つきで夕食と薬をテーブルに並べ、彼女の身支度を手伝う。彼女が食事を終えるのを見届け、片付けを済ませた後、今日の仕事はこれで終わることになるので、そのまま部屋を出て自室に戻った。
お嬢様から微かに魔力の気配を感じるようになった。以前はそんなもの、全くなかったのにな。
最近、あの小動物もよく頑張ってるんだろうな。でも、何でそこまで一生懸命なのか、正直わからねぇ。
――いや、別に分かりたくもねぇし。
でも、あの子は私を信頼してる。
たとえ、それがただの契約上の付き合いだとしても、我が一族の流儀として、他人に信頼されたら、その分の信頼を返さないとダメだ。
私はお嬢様を裏切るつもりなんてないが、困ったことに、あんまり彼女に何かしてあげてるわけでもないんだよな。
突然、屋敷のスズメどもがほざいた『お嬢様に相応しくない』の騒音が頭をよぎり、でもすぐにそれを否定した。
5年だけの主従関係だぞ?そんな関係で、何を求めてるんだよ。口先の敬語ならまだしも、私は自分を変える気なんてさらさらないわよ。
***
翌日の夜、遅くに目が覚めた私は、お嬢様の部屋を見ると、微かな光がドアの隙間から漏れていた。
私は軽くノックして、中に入ると、お嬢様は机に突っ伏して本を開いたまま寝落ちしていた。
はあ……本当に、何でこうも必死なんだか。
ため息をつきながら、お嬢様を起こさないようにそっと抱き上げ、ベッドに運んでやった。
寝てるお嬢様は、寝息を立てながらも眉間にしわを寄せ、口までギュッて閉じてる。
まったく、ガキは花畑でも夢見ていりゃいいんだよ!
また一つため息を吐きつつ、つい彼女の眉間に指を伸ばしてみた。
月明かりに照らされた彼女は、銀糸のように白い髪が光をまとい、肌までも淡く輝いてるみたい。無邪気で清らかで、まるで絵本の天使みたいだ。
その寝顔に思わず見惚れていた時、窓際からぞっとするような嫌な気配がして、目を向けると、そこには目を赤く変えた非常食――いや、非常食の姿をしてる別の存在がいた。
「スズ?いや、お前は…お嬢様が言っていた兄弟子のシズか?」
「ええ、その通りだ」
いつも「チュンチュン」としか鳴かないはずの非常食が、無機質な男の声で喋り出す。妙に滑稽に感じるが、今のこいつから漂う、いつも以上に嫌な気配でそんな気分にもなれねぇ。
「お前、なんのつもりであんな無茶な訓練メニューを作ったんだ!」
「何のつもり、とは?私は彼女本人の意思に基づいてメニューを作成しただけだ。それを実行するかどうか、決めたのも彼女自身」
よく言うよ。何を企んでんのか知らねぇが、どうせ単純なお嬢様を利用してるに決まってんだろ。
だけど、悔しいが、こいつの実力が本物だってことも分かる。
お嬢様が最初に訓練に行く頃、一応心配で、何回か付いていた。
今でもあの訓練メニューは無茶だと思うけど、お嬢様は泣き泣きにこなしてた。そしてこの短期間で、少しずつ強くなってるのは確かだ。
「……おい、お前、お嬢様を守りたいんだろ?だったら、私も鍛えろ。」
声を張り上げ、私は威勢よく自分の要求を述べた。
「お前が預かったスズって奴は、どうせいずれ返すんだろ?ならば、お嬢様の一番近くにいるのは私だ。何かあれば、真っ先に動くのも私だ!」
正直、お嬢様が外を出るたびに、あの非常食だけを連れていくのには、非常に腹が立って仕方ない。
私の方がよほど役に立つはずで、契約魔術にも縛られて、彼女に害はないのに、他人が押しつけてきたペットを大事そうに連れて歩くなんて、気に食わないわよ。
シズは少し首を傾げ、私をじっと観察した後に問いかけてきた。
「君に彼女を守る意志があるのか?」
「はぁ?あるに決まってんだろ!」
忠誠とかそんなもんはないけど、守りたいって気持ちは本音だ。
5年の契約期間限定だけどな。
勿論自分の打算がないわけじゃない。故郷を出てから生計を立てるのに必死で、他人への悪戯以外、ロクに動いてこなかったから、腕も鈍っちまった。最近、暇だし、訓練したいって思ってたとこだし。
「良かろう、特に手間も掛からない。明日、スズを通して、メニューを送る」
そう言い終わると、奴の瞳がスッと閉じられ、あの圧迫感のある気配が和らいだ。
そして、再び目を開いた時には、黒い瞳に戻った非常食がいつものように「チュンチュン」の鳴き声をあげながら、私を睨みつけてきた。
……はぁ、なんでスズメごときに睨まれなきゃいけないんだ。
っていうか、私、今さっきまでコイツにビビっていた?
その事実に気づいた瞬間、無性に腹が立ってきて、窓際にとまっていた非常食を掴むと、そのまま思い切り奴のベッドに向かって投げつけた。
「チュン!」と非常食の抗議の声を背後に、私は気にせず、ドアをそっと音を立てないように閉め、部屋を後にした。




