◎ライラ視点 お嬢様の為に?①
フリージアお嬢様の観察記録:
⚫︎ 部屋ではよく縮こまってるけど、他人の前では急に背筋伸ばして、緊張すると口調がやたら丁寧で貴族っぽくなる。
→だからさ、そんなの城下町じゃ絶対浮くだろ。
⚫︎ ご飯をいつもちまちまと少量だけ食べる。
→だからチビのままなんだよ。もっとしっかり食えよ!
⚫︎ 鏡が嫌いで、部屋の鏡全部服部屋に押し込んでる。
→いやいや、可愛い顔してんだから、勿体ねぇんでしょ。ほんと意味不明。
⚫︎暗い狭い所が好き。人目のつかない庭の隅で使用人の会話を盗み聞きしてたり、夜は照明の魔導具じゃなく、小さな魔導ランプだけ使ってる。
→ま、人さまの趣味にケチつけるわけじゃねぇけどさ。取りあえず、あの庭でサボってる連中、ちゃんと厳選しといたほうがいいよな。ガラの悪いのは、除外しとかないと後々面倒だし。
⚫︎ 静かな子供。一人の時間が好きで、夜によく月とか見てる。
→ガキの癖に、なんでそんな辛気臭いの?夜に月見て黄昏るとか、老人のやることだろ!もっとさ、楽しいこと探せよ!
⚫︎ よくため息をついている
→ いや、ガキがため息つくなっての。まるで人生の苦難を背負ってるみたいに見えるけど、貴族のお嬢様だから、もっと楽しいことに目を向ければいいのに。
⚫︎ 悪夢から覚めるとき、いつも泣いているように見えた。
→ 一体どんな夢見てんの?子供らしく、夢の中で花畑でも追いかけてりゃいいのにさ。
⚫︎ いちいち他人のお話を深読みし過ぎ
→疲れないの?あたしなら、そんな余計なこと考えてたら三日で頭おかしくなるわ。
⚫︎ 何か言いたそうな顔して黙る癖ある。
→それ、逆に気になるから!こっちは「何?言いたいなら早く言えよ!」ってイライラするだけよ。
⚫︎ 笑うとき、一瞬だけどすごく柔らかい表情になる。
→ 滅多に見ないけど、あれを見ると、こっちもなんだか嬉しくなる……かもしれねぇ。
⚫︎ 頼っているように見せかけて、実際全然頼って来ない。
→もうさ、バカじゃん。お嬢様なのに、誰にでも命令できる立場にいるのに、それを使おうともしないなんて。あんな細っこい体で何ができんの?頼れよ、バカ。独りで全部抱え込むとか、なんかの罰ゲームでもやってんのか?
⚫︎ 続く……
***
「ねぇ、ライラお姉ちゃん、フリージアお嬢様の前でも、いつもの口調なの?」
「そんな訳ねぇでしょ、ちゃんとあの本にある長ったらしい固定用語ってやつ使ってるわよ」
「へぇ、そうなんだ……じゃあ、ミキも覚えなきゃいけないの?めんどくさいねぇ」
「つべこべ言ってないで、さっさと覚えなさいよ!後であのスズメたちに見つかったら、まだ何かやらされるか、分からないわよ」
「はい~」
今、私と会話してるのはミキ、兎獣人の女の子。栗色の髪に大きな目、頭の上に立ってる耳が元気に動いてるのがとても印象的だ。
彼女は同じく奴隷契約した下級メイド、まだ10歳で、公爵邸に入ってまだ2ヶ月も経っていない彼女は、他の新人と一緒に仕事の基本や丁寧な言葉使いを学んでいるところだ。
私はよく休憩の合間に、彼女に勉強を教えてる。
教えるっていうか、実際のところ新人には暗記が一番大事なんだよね。私がやってることって、ほとんど雑談みたいなもんだよ。誰が誰と繋がってて、誰かさんの弱点がどこか、あの連中の仕事がバカみたいだとか、そういう話。
あと、ついでに私たちの仲を周りに知らしめて、この子への圧力を少しでも弱めるとかね。
「ライラお姉ちゃんはいいよなぁ。洗濯室のおばちゃんが言ってたけどさ、お嬢様がライラお姉ちゃんを特別に選んだんだって!」
「別に」
私は無感情でそう返した。
だって、別に私が何かしたわけじゃないし。お嬢様が勝手に奴隷契約を結んだ連中から適当に私を選んだだけかもしれないし。でもそのおかげで、5年後にはここから出られるんなら、文句なんでないさ。
正直、貴族の事情なんて面倒くさいし、関わりたくないけど、まぁ、一応は一時的にでも私の主人だし、ちょっとは考えてやらないとな。だから、ミキには今後私の後を継がせるつもりで、今チョクチョク、面倒を見てる。
「ねぇねぇ、お嬢様、最近ずーっと部屋にこもってばっかりだけど、何かあったの?」
「心配すんなよ。ご飯もたっぷり食べられたし、元気そのものだ」
ミキは屋敷に入ったばかりの頃、飾りの高そうな花瓶を落としたことがあった。そのときお嬢様がそれを見て、「わたくしが壊した」と言い張って、ババアに必死で説明してた。そこからか、ミキはお嬢様を慕ってるみたいだけど……
お嬢様が今転移魔術で城下町に行って、魔法の勉強してるなんて、すでに『秘密事項』と言われた以上、ミキには言えねぇんだよな。
それに、この答えも間違いじゃないし、魔法の勉強で疲れてるのか、以前適当に作った<お嬢様の観察記録>を修正しなければならないくらいに、少食だった前が嘘のよに、最近はよく食べるようになったんだ。
午後3時。遠くから響く鐘の音が、静寂をまとった空気をわずかに震わせた。その音を合図にするかのように、ミキは散らばった荷物を手早く片付けると、ベンチから飛び上がり、私に満面の笑顔を向けて言った。
「じゃあ、ライラお姉ちゃん!私は仕事場に戻るね!」
「はいはい、行け行け」
軽く手を振りながら送り出す私をよそに、ミキは元気いっぱいに兎耳をぴょこぴょこ揺らしながら駆け出していった。
その軽やかな足取りを見送って、私は不在の主人を思い出す。
お嬢様、ミキより二つ下のはずなのに、あの落ち着きようったらおかしいわよね。ほんと、子供のくせに静かすぎて、辛気臭いったらありゃしない。
ちょっとくらいミキみたいに無邪気になればいいのに、って思わずにはいられないわ。




