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20 令嬢は灯火祭に参加する①

 周囲が騒めく中、耳の良いライラは、やはり私が知らぬ間に漏れた言葉を聞き取ったようだ。

 彼女は少し首をかしげながら、目を細め、不可解そうに私を見つめて、それでも、祭りに関する説明を続けた。


「貴族の華やかな仮装舞踏会とは異なり、これは城下町独自の祭りで、もしかすると本にも記されていないかもしれません。千年前、勇者様たちが魔王を討ち果たしてから一カ月後、人々がようやく平穏を取り戻したある日、当時この町を守った大魔術師が街の人々を集め、自発的に催した祭りが始まりだそうです」


 質問が飛ばされて来なかったことに、わずかな安堵感を感じたが、緊張が完全に消えるわけではなく、仮面の下で私はぎこちなくも平静を装おうと努めた。


 唇の端を意識的に引き上げ、仮面越しでも笑顔が伝わるように工夫しながら、声をほんの少しだけ明るくして、感謝の言葉をライラに伝える。


「そうなんですか、説明ありがとう。初めて聞きましたわ」


 自分の声が微かに震えた気がしたけれど、ライラが特に反応する様子はないが、静かに私を見つめる彼女の視線に額に汗がかき、私は出来るだけ何事もない姿勢を貫いた。


 信じていいの?ライラは気付いてないと?『13年間』という単語をただの戯言(ざれごと)として聞き流したかもしれないと?


 焦燥が胸を締めつける。


 仮に彼女が気付いていたとして、それを表に出していないだけなら――どうしようかな……

 もし今すぐにこれも『秘密事項』だと強調したら、逆に注意を引いてしまうわよね。


 そんな葛藤の中、ライラの視線が私から離れた。同時に、その静かな圧力が薄らぎ、私はほっと安心の息をついた後、耳には彼女の説明が再び流れ込んできた。


「今、渡守たちが配っている白い花は、燈花(とうか)と呼ばれるものです。人の魂が宿るとされており、魔力に敏感で、魔力に触れると花の色が赤く変化します。」


 彼女は中央に建てかけの台を指して、続けて説明する。


「夜になると中央広場で魔力によって作られる篝火(かがりび)が灯され、燈花をその火へ投げ入れる儀式が行われます。その時、花が赤い光の粒となって空気中に消えていき、死者の霊が無事に彼岸へ帰ったことを告げます」


 死者の魂!

 簡単にも、その言葉に心が惹かれた私は、視線を黒づくめの集団が街人(まちびと)に配っている燈花に向けた。


「ライラ、その燈花は何処で採れるの?」

「城外の山で採れるものです。ただし、一部の魔物が好む花でもあるため、毎年祭りのたびに冒険者ギルドに護衛を依頼して収穫しているそうです。」

「そう…城外なら、私には採りに行けないわね」

「もし燈花がお望みなら、列に並んで取りに行くのはいかがですか?」


 肩を落とした私に、ライラが提案してきた。


「いいの?あちらの列って、一般の人たちの列でしょう?私、今は渡守の格好だし……」

「いいえ、少しだけ違います。渡守として選ばれた方々の仮面には、赤い花模様が施されています。私たちの仮面はただの一般的なものです」


 そう言われて、私は集団の仮面とライラの仮面を見比べた。

 確かに、あちらの仮面には額のあたりに美しい花模様が描かれている。その模様は、白い仮面に施されたシンプルなデザインの中でひときわ目を引き、色も鮮やかで、新たに描き加えられたものだと一目で分かる。

 そして花を取りに行く列にも、何人か普通の仮面をかぶった人が並んでいた。


「しかし……」

「もしお嬢様が気が済まないなら、列に並んで手伝いをするのはいかがですか?」


 彼女は広場のある方向を指差した。


「あちらの列には、渡守を手伝いたい人達が並んでいます。彼らは広場まで来られない人々に花を届けるため、町中を回る役目を担っています。渡守に選ばれた人の家族は彼岸で優遇されると言われており、この役割は非常に人気があります。ただ、一日にこの窮屈な衣装を着て動き回る必要があるため、いつの間にか『花を届けると自分にも幸運が訪れる』という話が広まり、手伝いたい人が増えたそうです」


 家族が彼岸で優遇される?


「ライラ、私も出来れば、手伝いたいです」


 思わずそう答えると、ライラは眉を上げ、まるで最初から私が手伝いをすると考えていなかったかのように、念の為、再度私の意思を確かめるように問いかけてきた。


「よろしいのですが?そもそも今回、城下町に来たのは、やりたいことがあって、わざわざ屋敷を抜け出されたのではありませんか?」

「でも、今日は早く屋敷を出たから、まだ時間があると思うの、どうかな…?」


 私は少し躊躇いながら、ライラの考えを聞きたくてそう尋ねてみたが、彼女はわずかに肩をすくめて、「承知いたしました」とだけ答えた。


 あ、この反応、貴族の気まぐれな暇つぶしだと思われたかもしれないな。


 根拠のない迷信に頼る自分に、ちょっと恥ずかしくなりながらも、ライラの了承も得たので、私はさっき彼女が示した列の方へと向かった。


 列に並ぶ人々は年齢も性別も様々で、それぞれ思い思いの装いをしている。黒いマントや白い仮面のいずれかを身につけている人が多いが、完全に渡守の格好をしている人は意外と少ないようだ。


「ライ…」


 列が順調に進み中、あと数人で私の番になる。私は緊張でマントを握る手にじんわりと汗が滲んだ。少しでも安心感を得たくて振り向き、ライラを呼ぼうとしたが、そこに彼女の姿はなかった。


 不安になり、思わず目を大きく見開きながら周囲や先ほど通った場所を(せわ)しなく探すと、ライラが向こうのベンチにいるのを見つけた。

 彼女は私と視線が合うや否や、ベンチに腰を下ろしたまま、いつものように軽く頭を下げ、まるで「私は疲れましたので、ここでお待ちいたします」と言わんばかりの仕草を見せている!


 ライラ!

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