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16 令嬢は城下町へ出掛ける①

 過去の記憶は所々欠けている部分があるが、幸いな事に常識的な事は忘れていない。

 エマさんが住んでいる<ヴァルハン村>は小さいが、王都に近いため、冒険者ギルドや商業ギルドなど各種の組織は村で一番大きな公共の建物の一階にいくつか小さなカウンタを設置し、職員たちが定期的に一人を交代で派遣されていた。


 私が読み書きが出来る事を知った職員たちは私を積極的に勧誘し、時間がある際に彼らの仕事の内容を簡単に教えてくれた。また人員が少ないため、彼らが用事がある時に、私が少し代わりに職務を手伝うこともあった。


 当時の経験を思い返しながら、私は最近、心の中でさまざまな計画を練っていた。


 確かに、以前何処かで貴族令嬢か令息か、領地で拐われ、高額な見受け金を要求されて、ようやく戻ったという話を耳にしたことがあった。

 聞いた時は他人事のように、可哀想なと思っていたが、いざ自分が一人で市井へ行く計画を練っていると、直ぐ現実味が帯びてくる。


 けれど、私は市井の常識を知らない世間知らずの貴族令嬢ではない。かつて平民として暮らしたこともあるのだ。エマさんが何度も繰り返しに、教えてくれた『娘一人で街へ行くときの注意事項』も、ちゃんと覚えている、はず。

 きっと貴族令嬢の正体を隠し通し、しっかり用事を済ませることができるのだ。


 それでも……もし、万が一、私が拐われるようなことがあったら…体面を重んじる叔父様なら、きっと悩むだろうな。

 勝手に屋敷から抜け出すふしだらな姪を、高い見受け金を支払ってでも取り戻すのか、それとも、私が既に死んだものとして処理し、穏便に騒ぎを収めるのか……


 だめ、ネガティブなことばかり考えたら、自分の気持ちが沈んでしまうだけ、時間の浪費だ。

 あの村の様子と違うかもしれないけれど、スペンサーグ領地に暮らす多くの平民たちも、きっと純粋に日々の生活に勤しんでいるだけだろう。

 盗賊に拐われたり、魔物に襲われたりといった物騒なことなど、そうそう起こるはずがない、と信じる。



 ***

 城下町へ行く準備のため、私は今日衣装室で鏡の前で、季節の服を全て並べ、着替えを繰り返した。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


 いつの間にか、ライラが私の背後に立っていた。彼女は私のいつもと違う様子に、疑問を投げた。


「ライラ、ちょうどいいところに来たわ。城下町にちょっと用事があるのだけど、この格好なら、目立たないでしょうか?」


 ライラの意見も参考にしたいと考えて、私は彼女に今着ている服を見せた。


 シンプルな、文様も装飾もない、地味な色合いのワンピースを身に纏い、不気味な白髪は全て帽子の下に隠し、不吉な金色の目もちゃんと眼鏡で覆い隠した。

 これなら、ただの平民の子供に紛れ込めるはずだ。


「はぁ、無理で御座います。どう見ても、『さらってこい』と貴族令嬢が誘拐犯にアピールしているような格好でございます」

「えっ、あ、それなら、この青いワンピースはどうかな?」


 ライラに呆れたようにため息をつかれ、私は戸惑いながら、慌てて別の服を取り出す。

  さきのが一番素朴な服だと思っていたが、でもこの青いのも、地味かもしれない?


 期待の目を彼女に向けると、ライラはきっぱりと頭を振り、真っ当な提案をくれた。


「もし城下町へお出かけになられたいのでございましたら、後ほど私から執事長にお伝え申し上げます。馬車と護衛の準備をさせていただきます」

「それはダメです、これも秘密事項なので」


 確かに令嬢の外出には馬車と護衛が必須であることは理解しているが、私はすぐさまその提案を却下した。


「左様ですか」


 ここ数日、よくライラに頼んで、内密で書庫から魔法書を借りる前科があるせいか、彼女は私の意図をすぐに察したようで、涼しげな表情で了承の目を向けてくる。


「それで、お嬢様は具体的に、お()()で、どちらへお出掛けのご予定ですか?」


 ライラの声はいつも通り冷静だったけれど、その『一人』という単語が妙に強調されているように感じられ、私は一瞬たじろいでしまった。


 もしかして、私の令嬢らしからぬ行動に怒っているの?ごめんなさい……

 でも、私が街へ出掛ける間、ライラには私の不在を隠す手伝いをしてもらう必要がある。それなら、ある程度事情を話しておく方がいいだろう。


「ええと、商業ギルドと中央広場…それから…時間があれば、雑貨店と冒険者ギルドにも行くかしら。だけど、この服もダメなら……」


 頭の中で組み立てた予定を口に出しながら、ライラは9歳の時に我が家に来たと思い出し、もし当時の服があれば…と考えて、期待を込めてライラに尋ねてみた。


「ライラ、私の体に合う、貴女の古着を少し貸してくれる?」

「申し訳ございません、お嬢様。私の古着は既にすべて処分されております。」


 しかし、ライラは軽く首を振り、穏やかな声で答えた。


 肩を落としかける私に、ライラはすぐに別の提案をしてくれた。


「ですが、必要であれば備品室からお嬢様に合うサイズのメイド服をお探しします。お出掛けはいつになさるご予定でしょうか?事前に、街へ出られるためのお召し物をご用意させていただきます」

「ありがとう、ライラ!出来るだけ早く準備してくれればいいの、本当に助かるわ!」


 目の前がぱっと明るくなったような気分で、彼女の完璧な対応に、思わず笑みがこぼれる。


 さすがライラ、やっぱり優秀だわ!

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