表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/103

12 令嬢は仲間を得る①

 ここ数日間、私は勉強のほかに、時間がある時にライラを含む、屋敷内の下級使用人を中心に観察していた。

 最終的に彼女を味方に選ぶことを考えて、昨晩こっそり彼女の部屋にメッセージを残し、彼女を今日午後、昼休憩の時間にここへ呼び出した。


 <味方>という単語を辞書で意味を再度確認した――自分の側に立ってくれる人/自分の陣営の人間/自分と利害を同じくする人/自分の内の人間などの解釈があった。


 相手を落とすには、まず自分から利益を提示する必要がある。私の空っぽな公爵令嬢としての権限は、少なくとも使用人を一人、自分の意思で専属メイドにすることができる。

 私の専属メイドになれば、給料も生活の各方面も上級使用人の待遇に変えられる。


 とは言え、この条件だけでは上級や中級の使用人よりも、むしろ下級の使用人の方が食いつきやすいと考えた。

 その中でも、特に食物連鎖の底辺に位置し、他種族の獣人族であり、さらに奴隷の身分にあるライラは、突出した能力を持っているにもかかわらず、排外主義(はいがいしゅぎ)が根強い屋敷の中で同僚たちに疎外(そがい)され、束縛(そくばく)され続けていた。


 彼女の今の現状を考えると、取引をしてくれると考えたのだ。



 ***

「ライラさん、こんにちは、来てくれて嬉しいです」

「いえ、お嬢様のご命令とあれば、喜んでお受けいたします」


 とりあえず挨拶をしてみたが、返ってきたのはよそよそしい決まり文句だった。

 これは、普段庭で仕事をしていた彼女の乱暴な口調とは明らかに違う。


 あれ? 何かおかしい……

 戸惑いと不安が胸に広がり、私は思わず頭を俯けてしまった。読みかけのノートを閉じて膝に置き、空いた両手が無意識にノートの両端をぎゅっと掴んだ。


 沈黙の時間が痛い……何か、何か、早く続きの言葉を出さなければ……。


 まだ始まったばかりなのに、既に逃げたい心境になった私は、心の中で自分を励ましながら、意を決して、顔を上げた。


 だが、その鋭い目を直視することができず、すぐ怯んで視線をやや斜めに逸らし、ライラの様子を伺う。

 彼女は私が見ているのを知っているのに、私の視線を気にも留めず、無表情のままだった。


 気のせいではない。彼女からほんの少し、静かな怒りの感情が漂っている。

 私はもしかして、いつの間に彼女に嫌われてしまったのだろうか。


 前日、使用人の仕事場で彼女と視線が合った時、その真っ直ぐな目に私の存在が映っていたにも関わらず、彼女は私に対して何の特別な感情も抱いていなかった。

 それが彼女を選んだ最後の決め手でもあった。


 でも、いま彼女は怒っている。私は喜ぶべきか、それとも一旦引くべき?


 いいえ、ダメだ、まだ始まったばかりで、ここで怯んではだめだ。


「あの、ライラさん、私の専属メイドになってくれませんか?」


 80%の自信がすぐに60%へ下がった気がして、心細(こころぼそ)くなりつつ、私は予定の回りくどい話を早々に止めて、本題を直接話した。


 ライラは瞬きをして、私の提案が可笑しいと思ったように唇の端がわずかに持ち上がり、彼女は頭を下げて、平坦な口調でさっきと同じ言葉を返した。


「フリージアお嬢様のご命令とあれば、喜んでお受けいたします」


 あれ、私、何か間違ったの?


「あ、あの、ライラさん、それはつまり、私の専属メイドになるのを同意した事でしょうか?」

「勿論です。わたくしに断る理由がございません」

「…あの、なら、ええと、もし宜しければ私の隣に座って…もらえませんか?もう少し具体な話がしたいので……」

「お誘い有難うございます、フリージアお嬢様」


 何でだろう、丁寧な口調のはずなのに、鳥肌が立つ。


 私は不安を振り払うように、昨晩頭の中でシミュレーションした今日の展開を瞬時に思い返す。

 いくつかの段階を飛ばしてしまったけれど、それでも次の段階に進みましょうか。


「ライラさん、これを、貴女に返したいと考えています」


 ノートの最後のページに挟んだ三枚の紙を出して、私はまず最初の一枚を隣に座った彼女に渡した。


 ライラは黙々と紙を受け取り、その内容を見た瞬間、険しい顔になった。


「フリージアお嬢様、これは何のおつもりでしょうか?契約魔術を行使しなくとも、ご命令があれば私は全て従います」


 この反応はおかしい、また何か間違ったのかしら?


 焦りながら、とりあえず私は急いでそれを否定する。


「え?あっ、違います、契約魔術を使用したい訳ではございません」


 私はただ――

 自宅でありながら、居候のような扱いを受けている、空っぽな公爵令嬢に仕える専属メイドでは、彼女にとって十分な利益にはならないのではないかと考えた。

 それに、他人に与えられるものばかりでなく、自分から彼女に何かできることはないかと、必死に考えていた。

 そして模索した結果、たどり着いた結論が、彼女を束縛している奴隷契約を解消することだった。


 そのため、私は昨日叔父様に頼み込んで、ライラの奴隷契約を譲り受けた。


「使用するおつもりがないのなら、なぜこれを私に預けるとお考えに?」


 鋭い眼差しがじっと私を見つめ、ライラが低い声で、そう問い詰めた。


 その視線に射すくめられ、まるで私の心の奥底まで見透かされているようなその目に、私は思わず身が硬直し、恥ずかしさに顔を赤らめた。


 預ける……。

 ――ええ、その通りです、ただの紙切れを返すだけでは、ただの預かり物に過ぎない。


 私が取り繕った『返す』の単語の下の、暗い真意をすぐに読み取るとは、やはり優秀な人だな。


 結局、裏切れない“仲間”を得るため、私は卑怯な手段を取った。

 奴隷契約を一方的に解除するには、特別な手続きが必要で、その鍵となるのは『契約書』と『莫大な金』。

 契約の紙だけを渡したところで、普通の使用人の給料では、契約解消に必要な金を何年積み重ねても到底及ばない額だ。


 時間設定がある奴隷契約は期限を過ぎれば自動的に解消される。しかし、期限前に解約するには、双方の当事者が神殿の神官の前で自らの意思を表明し、正式な手続きを踏まなければならない。

 ライラの奴隷契約は四年前に叔父様がスペンサーグ公爵の名義で契約したもので、特に厳しい制約が課されているわけではないため、血縁者である私にはその契約を早期に解約する権限がある。

 

 今回、彼女に奴隷契約の紙を()()()のは、単なる善意ではなく、打算ある行動だ。

 その目的の一つは、私に彼女をその契約から解放する力があることを示すため。

 そしてもう一つは、皮肉にも、私の誠意を証明するためだった。単なる口約束では余りにも脆く、だから実物の奴隷契約の紙を手渡した。


 どんなに取り繕おうとしても、これは実質的な強迫に他ならない。

 聡明な彼女が怒り出すのも無理はない。


 私は、彼女が長い間努力し続けてきたことを、権力で踏みにじり、道の途中で彼女の努力を無理矢理に放棄させ、別の道へ強制的に進ませようとしている。

 私はまた、他人を自分の人生に巻き込もうとしているのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ