四年に一度の『婚約破棄世界大会』決勝!
大歓声の会場で、実況を務めるベニー・マイクが声を張り上げる。
「四年に一度行われる『婚約破棄世界大会』、ついに残すは決勝戦! 会場はロゼッタ王国に特設された婚約破棄専用ドーム! 10万人を収容できる観客席は超満員となっております!」
豪奢な宮殿のようなドームには老若男女、大陸中の観客が詰めかけている。
「解説は婚約破棄に詳しい、ラック・ロエス氏にお越し頂いております。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「よろしく」老紳士ラックが会釈する。
「ここで『婚約破棄世界大会』についておさらいしましょう。四年に一度開催されるこの大会、参加資格があるのは“婚約をしている未婚の貴族令息と令嬢のカップル”となります」
ベニーは落ち着いた口調で説明を続ける。
「この決勝では、ここまで勝ち進んだ五組のカップルに婚約破棄をしてもらい、10人の審査員がそれぞれ持ち点10点で審査をします。この合計点が最も高かったカップルが優勝、すなわち金メダル獲得となるのです!」
トーンを変え、横にいるラックに話を振る。
「ラックさん、今回の大会いかがですか?」
「年々、大会のレベルは上がっておりますのでね。今回も素晴らしい婚約破棄を見られると思いますよ」
「なるほど~」
大会概要とルールのおさらいが終わり、いよいよ決勝が始まる。
一組のカップルが、観客席に囲まれた試合場ならぬ破棄場に入場してきた。
「最初のカップルはノール王国代表の男爵家令息アレク・シャソンと同じく男爵家令嬢オリビア・サング! どのような婚約破棄を見せてくれるのでしょうか!?」
髪をオールバックに整えたアレクが、あどけない可愛さを残したオリビアと向き合う。
「オ~リ~ビ~ア~!」
突如、アレクが両手を広げて歌い出した。
「お前~との~、婚約を~、破棄~、する~!」
対するオリビアもまた、両手を広げこう返す。
「ひどい~、ですわ~!」
令息が婚約を破棄し、令嬢が何らかの反応をすることで、競技終了となる。
見事な婚約破棄が決まった。
「ラックさん、いかがでしょう?」
「プロのオペラ歌手並みといっていい見事な歌唱力でしたね。これは高得点が期待できますよ」
「そうですね。アレク、オリビア組、決勝の大舞台でとんでもない隠し玉を見せてくれました!」
退場していく二人に大きな拍手が送られる。
「得点は全ての組が終了した後、まとめて発表されることになります。さあ、二組目の入場です!」
二組目はヴァイス王国出身のカップル、子爵家令息ヘンリー・レイジと男爵家令嬢シャロット・ヘイン。
ヘンリーは体格がよい令息であり、シャロットも女性としては長身を誇る。
会場中の視線が二人に注がれる。
すると突然、ヘンリーがシャロットを殴りつけた。
シャロットはよろめき、わずかに後退する。
「シャロット・ヘイン、お前との婚約を破棄する!」
対するシャロット、すぐさま反撃をする。
「むんっ!!!」
「ぐべあっ!」
シャロットの拳はヘンリーを大きく吹き飛ばし、そのまま観客席まで叩き込んだ。
大歓声が上がった。
「こ、これはすごい婚約破棄だ!」
「バイオレンスな婚約破棄……なかなか斬新ですな」
「ええ、それにしてもシャロット嬢、凄まじいパンチでした。ヘンリー殿はまだ起き上がれません。大丈夫でしょうか……?」
客席に突っ込んだヘンリーはしばらく失神していたが、ようやく起き上がった。
「いいパンチだったよ」
「ありがとうございます」
ヘンリーの頬は大きく腫れ上がっているが、清々しい表情だ。
まるで死闘を繰り広げた戦士同士のように、お互いを称え合う。
「いかがでしょう?」
「これも高得点が期待できると思います。90点以上は固いでしょうな」
「これまでの大会ならば、まずメダル圏内といったところですね」
続いて三組目――
「ワーロット王国の伯爵家令息ミュエル・ラヴィウス、伯爵家令嬢セシリア・スネルのカップルです!」
細身で目つきの鋭いミュエルと、向日葵を思わせる朗らかな雰囲気のセシリアによる婚約破棄。
「婚約破棄!」
「嫌!」
一瞬で終わった。
「は、早い……!」唖然とするベニー。
「なるほど、スピード重視の婚約破棄できましたか」ラックは大きくうなずく。
「婚約破棄から返事までわずか一秒程度! 今大会最速記録なのは間違いありません!」
「勝負に出ましたね。このスピードを審査員がどう評価するか、非常に楽しみです」
最速の婚約破棄が行われたところで、破棄場に四組目が登場する。
会場が大きく沸き上がる。
「さあ、今大会の優勝候補筆頭カップルの登場です! ロゼッタ王国の公爵家令息アンドリュー・ケーニヒと侯爵家令嬢ジニー・レジエ! 共に美しい金髪を誇る今大会屈指の美男美女カップルですが、果たして……!?」
アンドリューが言い放つ。
「ジニー・レジエ、お前との婚約を破棄する!」
ジニーも一歩も退かない。
「あなたのような浅はかな男性、こちらから願い下げですわ」
会場が震えた。
「決まったぁっ! これはオーソドックスといいますか、貴族らしい高貴さを纏った素晴らしいやり取り! ラックさん、いかがでしょう!?」
「変に捻らず、真正面から攻めてきましたね。二人とも自分の気品の高さを理解しているのでしょう。さすが優勝候補といったところですな」
「手応えを感じているのか、アンドリューとジニーの両名、嬉しそうに腕を絡めております!」
「100点近い高得点が出そうですな」
残るは一組。
盛り上げるべく、ベニーが喉を振り絞り実況をする。
「五組目はクエス王国の伯爵家令息ライディス・オーロと子爵家令嬢ローズ・ウルム! 前大会では決勝まで進むも惜しくもメダルに届かなかったベテランカップルです! 雪辱を果たせるのか!?」
「ベテランならではの婚約破棄を期待したいですな」
黒髪黒スーツの貴公子ライディス、いきなりタップダンスを始めた。
タタタンと、リズミカルに靴音を響かせる。
おおっ……と会場がどよめく。
「ローズ・ウルム!」名前を呼ぶと同時にダンスを止める。「お前との婚約を破棄する!」
これを受け、ローズはくるくると回転を始める。
「回り始めた!」とベニー。
なかなか回転は終わらない。
「溜めている……溜めているぞ!」実況に熱が入る。
十秒、二十秒と回り続け、ローズがピタリと停止する。
目を回すことなく眼前のライディスにこう言い放つ。
「あんまりですわ!」
決まった。
「これはすごい婚約破棄が来た! いかがでしょう、ラックさん」
「完璧なタイミングでしたし、芸術点も非常に高そうです。金メダルの行方、分からなくなりましたね」
「さあ、五組の婚約破棄が出揃いました! 審査が終了するまでしばらくお待ち下さい!」
審査が進められ、いよいよ得点発表となる。
会場の掲示板に、順位と得点が一斉に表示される。
1 ライディス・オーロ ローズ・ウルム (クエス王国) 100点
2 アンドリュー・ケーニヒ ジニー・レジエ (ロゼッタ王国) 99点
3 アレク・シャソン オリビア・サング (ノール王国) 97点
4 ミュエル・ラヴィウス セシリア・スネル (ワーロット王国) 95点
5 ヘンリー・レイジ シャロット・ヘイン (ヴァイス王国) 92点
「出ました! 優勝は……金メダルはライディス、ローズペア! なんと100点満点です! 婚約破棄史上初の快挙!」
「これは文句無しでしょうな」
「そうですね。非常に美しくリズミカルな婚約破棄でしたからね~」
「しかし、他の組も凄い。決勝進出組全てが90点越え、こんな大会は初めてです」
「ラックさんがおっしゃった通り、年々婚約破棄のレベルも上がってますね!」
「そういうことですな。これは早くも次回大会が楽しみです」
さっそくインタビュアーが、金メダルを獲得した二人に駆け寄る。
「ライディスさん、おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
「金メダル、取りましたね!」
「いやー、嬉しいです!」
「今のお気持ちを一言!」
「いやー、とにかく嬉しい、に尽きますね」
「前大会の雪辱を果たしましたね!」
「そうですね。前回は四位に終わり、本当に悔しかったので、ローズとともに一から出直しました」
「優勝の秘訣はなんでしょうか?」
「相方であるローズとともに一つ屋根の下で暮らして、社交の時も働く時も寝る時も片時も離れませんでした。なので、息ピッタリの婚約破棄ができたんじゃないかな、と思っています」
「今後の目標は?」
「やはり連覇ですね。ローズとともに二人三脚で頑張っていきたいと思います」
隣にいる令嬢ローズも満面の笑みを浮かべる。
「ライディス様とともにまた四年間常に一緒に過ごして、お互いを理解し合って、最高の婚約破棄を見せることができれば、と思いますわ」
四年後の連覇を誓い、ライディスとローズは強く抱きしめ合い、熱い口づけを交わす。
二人の躍進を期待して、大きな拍手が湧いた。
そして誰も言わないが、誰もが思った。
お前らもう結婚しろよ、と――
完
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