第19話 黒の祭礼 Ⅲ
翌日。午前の授業の終わりを告げる鐘の音が響く。
アリスは立ち上がると、教室の外で待っていた女生徒の方へと向かい、声を掛ける。
「ごめんなさい。待った?」
「い、いえ! 全然待ってません!」
「お昼ご飯持ってきた?」
「い、いいえ!」
「じゃあ、食堂で食べながら話しましょう」
アリスと女生徒は食堂に行く。士官学校の食堂は広い。天井には豪勢なシャンデリアがあり、お城と見間違えるような空間だ。中心には大人数が座れる長い食卓机が並べられていて、端の方には二人掛けの席がいくつかある。アリス達は食事を注文し、二人掛けの席へと座る。
友達——といっていいのか解らないが、アリスは士官学校で他人と食事をするのが初めてだ。正直、少し緊張している。
「あああああ、あの、アリス……様」
目の前の女生徒の方が緊張していたので、アリスの緊張はすぐにほぐれる。
「様って……アリスでいいわよ」
「そんな! 呼び捨てだなんて! アリス様は王族になるんでしょう?」
「まだ王族じゃないし。それに学校では身分とか気にしないで欲しい。セトもそう言っているでしょう」
女生徒はおどおどしてアリスを見つめながら言う。
「じゃ、じゃあアリス……」
「ありがとう。えっと……ごめんなさい……」
決まりが悪い。同じ学級なのに名前が解らない。アリスはそれほどまでに他人と関わっていないのだ。
「あ、名前? 大丈夫! 私なんてアリスと比べたらお月様と犬のクソみたいなものだから、名前なんて覚えてなくて当然だよ! 私はクロエ! よろしくね」
「ええ……クロエ」
ものすごい自分を卑下する子だ。
「それで……アリスは一緒に魔宴に来てくれるの? 禁術に興味があるの? 悪霊に興味があるの?」
急に早口になるクロエ。アリスは少したじろぎながら答える。
「えっと……死者蘇生の禁術ってのが少し気になって……」
本心である。悪霊の力でも死者蘇生は可能なのだろうか。もしかしたら、天使よりも簡単に——
「一番やばいやつじゃん!」
「そ、そうよね……」
クロエに言われてはっとする。馬鹿なことを考えるものじゃない。魔女になったら、死の国へ行くことが確定するのだ。主や大天使——すなわち猊下に反逆することになる。
「クロエは何で魔宴に興味を持ったの?」
目の前にあるシチューを口に運びながら、問う。
「そうだなあ。嫌な奴をぶっ飛ばせるような術に興味があったのと……単純に悪霊そのものに興味があるの」
「まさか、既に契約してるの?」
「契約って何?」
「あ、いや。何でもないわ……」
クロエはまだ魔女というわけではないようだ。
「悪霊について調べることは条例で禁止されているでしょう? 逆に気になっちゃうじゃない? 何か黒くて怖い化け物だっていうけど、もしかしたら悪霊の中にも、可愛い感じのやつとか、意思疎通ができるものもいるかもしれないじゃん!」
クロエはハムサンドを頬張りながら楽しそうに続ける。
「私、一人っ子でさ。父と母はお店が忙しくて、いつも一人で遊んでた。夜も店じまいで両親は遅いから、一人で寝ることが多かった。そんな時、思ったんだ。夜、悪霊でもいいから、話し相手になってくれないかな~って」
瞳に星を宿らせて。恋をする小さな女の子のように。
「もしかしたら、友達になれないかな~なんてね」
「…………」
何故か——既視感を覚えた。しばらく黙ってしまったため、クロエが不安そうな表情を浮かべて聞いてくる。
「あ、キモイ? 今のキモかった? ごめん……」
「大丈夫、思ってないから……」
クロエは、本題に入る。
「アリス、魔宴は明日の夜。十九時に待ち合わせしましょう。場所はチラシの地図を見て。悪霊が出てきたら怖いけど、ここに行くまでの道はそんなに暗くないし、魔女は悪霊と仲良しって聞くから、きっと襲われないわ」
「うん……一応聞くけど、これって魔女以外が行ってもいいものなの?」
「え? 魔女に資格っているの?」
やはり、クロエは魔女のことを『悪霊や怪しい術について研究する人』程度にしか思ってないらしい。悪霊と契約して、霊を失った人間、ということまでは知らないようだ。
だとすると、彼女のことも守ってあげなければ。
「そうよね……解った。十九時ね」
* * *
翌日の日没前後、アリスは王都の外れにある、廃墟へとたどり着く。
人気はないが、決して不気味ではない。外観は思ったよりも綺麗で、人が住んでいると言われても違和感はない。こんなところで本当に魔宴が行われるのだろうか。フード付きの外套を着て、顔を隠したアリスは建物へ近づく。
入口近くの木の下に、同じようなフード付きの外套で顔を隠した人物がいる。遠くからでは、大人か子どもかも解らない。
アリスはその人物に話しかける。
「クロエ」
「あ、アリス! よかった~! ちゃんと来てくれた」
「ここが、魔宴の会場……?」
「うん、そのはず。思ったより普通だよね?」
二人で敷地内へと入る。扉の前には、黒い服を着た女が一人、立っている。
「合言葉は?」
女はアリスたちに訊ねる。アリスは動揺する。合言葉なんて聞いていない。
「……黒猫ちゃんはお昼寝中」
クロエが答える。何だその合言葉は、と思ったが突っ込めない。
「……どうぞ」
にっこりと笑って、女は扉を開ける。
アリスとクロエは、魔女の宴へと足を踏み入れた。
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