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ダクスの女神  作者: 森松一花
番外編
157/158

第19話 死の王

 ——身体が、痛い。


 重い瞼を開けると、そこに広がっていた光景。マラキア城の聖堂によく似た、白く、だだっ広い部屋で、セトは意識を取り戻す。


「ここは……何処だ?」


 セトは部屋の最奥の中心。豪奢な金色の細工が施された椅子に、黒い触手のようなもので縛り付けられている。天井は暗く、先が見えない。左側の壁にはおごそかな大きな扉があるのが見えるが、ここが何なのか全く解らない。


「……目を覚ましたか、姫よ」


 部屋の奥。暗闇から人の声がする。


「だ……誰だ?」


 恐る恐る口にすると、声の主が姿を現す。

 灰色の皮膚に、白く、波打つ長髪。長身で、均整のとれた身体。人間でいうと二十代後半ぐらいの、寂しげな黒い瞳をした、美しい男。


「これ……お前がやったのか? 俺は何でここに連れてこられた?」


 セトは問うが、男は黙って目を伏せている。


「お前が……死の王、ってやつなのか?」


 その言葉を聞くと、男は口元を歪める。


「ああ、そう呼ばれているよ」


 黒い瞳がセトを見据える。深く、冷たいその視線に、背筋が凍りつく。


「俺を、どうするつもりなんだ?」


 震える唇から、声を絞り出す。

 しばらく沈黙が続いたが、死の王は深く嘆息すると、口を開く。


「奴は今、何処にいるのだと思う?」

「……は?」

「エディリアは変わった。天使も失われた。だが、奴は何もしない。姿も現さない。どうしてだと思う?」

「あの、何の話だか解らないんだが……」

「しかし、だ。こうして私の前に、姫が現れた。私が姫の魂を手に入れれば、奴から私に会いに来るのではないか。そう思っているのだよ」


 死の王はセトの近くに寄り、セトの頬を指でなぞる。


「美しいな。奴が気に入るわけだ」


 セトの姿を、うっとりと眺める死の王。

 ——正直、状況が全く読めない。


「お前……本当に、死の王なのか?」

「何故、そう聞く?」

「なんかお前……あまり、悪い人に見えな——」


 セトが言い掛けると、部屋がぐらりと揺れる。


「こ、今度は何だ!?」

「……ああ、邪魔が入ったな。少し待っていろ、姫」


 死の王はセトから離れ、部屋の中央に立つ。

 部屋は揺れ続け、天井からはぱらぱらと破片が落ちてくる。

 大きな音と共に、天井から何かが降り注いでくる。



「うわあああああ!?」


 

 それは声を上げ、ズドン、と、死の王とセトの間に落ちる。


「ど、何処に出たの? ここは何処?」

「痛い! オーロラ、俺の上に乗ってる!」

「ああ、ごめんね! エッちゃん!」

「大丈夫か? イヴ?」

「俺は大丈夫だけど……あれ? 誰かいる?」

「どうやら……成功のようだぞ、皆」


 落ちてきた人物と目が合い、セトは目をしばたたかせる。

 瓦礫がれきと一緒に騒がしく落ちてきたのは——兄と、リリスたちだった。


「兄様……? 兄様たちだ!」


 セトは瞳を輝かせ、現れた救世主たちを見つめる。

 だが、それも束の間。死の王が、静かにリリスたちを見ているのが目に入り——急に恐ろしくなる。


「やあ、久しぶりだな。死の王」


 己の服をぱんぱんと叩きながら、アークが口にする。


「……黄昏ダクス、か」


 死の王が、静かにアークを睨み付ける。


「俺、今はアークって呼ばれてるんだ。可愛いだろ?」


 あくまでも気さくな雰囲気で、アークは言葉を放つ。


「……お前が来たことは解っていた。何しにここへ来た?」

「まあ、ちょっとした事故だ。そこにいる姫を返してくれ」

「自ら私の地に来ておいて……返すと思うか?」


 死の王の瞳が暗い色を帯びる。どうやら、怒っているらしい。


「じゃあ、あの扉。あの扉は、地上に繋がっているな?」

「……答えると思うか?」

「そうだな……なら、強引に行くとしようか」


 そう言い終わるや否や、アークが手刀で、死の王の身体を半分に裂く。

 死の王の身体はそのままどさりと地面に落ち、動かなくなる。


「ふっ、不意打ち! 不意打ちだわ!」

「卑怯だぞ、アーク!」


 目の前の急展開に付いていけてないのか、何やらエクスとリリスが騒いでいる。


うるさい。こんな簡単に片付いてくれる相手ではない……」


 瞬間——死の王の身体が黒い液体へと変わる。天井からもぼたぼたと黒い液体が降り注いできて、瞬く間に巨大な黒い液溜まりができる。


「何? 何これ! 黄昏ダクスのせいでヤバいことになってない?」

「イヴ、俺から離れるな!」


 アダムが剣を抜き、構える。

 黒い液溜まりは形を作り、高くそびえ立つ。次に見た時には、黒いうろこに覆われ、鋭い牙と爪を持つ、巨大な翼を生やした——絵本の挿絵でしか見たことがないような、ドラゴンに似た姿の、異形となっていた。


「何だこれ! カッコいいな!」


 エクスがキラキラとした目を向ける。


「そ、そんなこと言っている場合じゃないでしょ! これが死の王の本当の姿なの!?」

「まあ、そんなところだ。あくまで邪魔をする気だな……」


 アークは不敵に笑い、竜の姿となった死の王を見据える。


黄昏ダクス、やるのか?」


 アダムが剣を握り締める。


「ああ。俺と王子で、こいつの相手をする。エクスとオーロラは俺たちの補佐。リリーとサマエルは姫を助けて……扉を開けてこい」

「よ、よく解らないけど……やるしかないのね?」

「そういうことだ。気をつけろよ、リリー!」


 フシャアアアアアアアアア!


 竜が咆哮し、黒い炎を吐く。


「おお、危ないな。王子、あの炎に当たるんじゃないぞ。魂がなくなるからな」

「はは、それは怖いな……!」


 竜の攻撃をひらりと避けながら、アダムとアークは斬りかかる。竜もすかさず爪を立てて応戦し、激しい戦いが繰り広げられる。


「兄様! 兄様が危ない……!」


 セトも何とか皆の力になろうと、身体を動かしてみる。だが、黒い触手が腕と足にしっかりと絡み付いていて、身動きが取れない。


(くそ……! どうして俺はいつもいつも、迷惑しかかけられないんだ!)


 血が滲むほどに手を動かし、逃れようともがいていると——


「……セト!」


 リリスとサマエルが竜の攻撃の合間を縫い、こちらに近付いてくる。


「リリス! イヴ兄様!」

「やあ、セト。お前が呑気に囚われのお姫様やってる間、こっちは大変だったんだから。こんな所、とっとと逃げるよ……って言いたいところなんだけど……」


 サマエルがセトに絡み付く触手を引っ張り、怪訝な顔をする。


「これ、どうやったら切れるの?」

「わ、解りません……先程から、解こうとしているのですが」

「引っぱれば、ちぎれないかなあ」


 サマエルが力を込めるが、触手はびくともしない。


「エル、私にやらせて」

「えー、俺が切れないなら、リリーにも切れないと思……」

「はあああっ!」


 リリスが触手に手を掛け、そして力を込める。

 すると、触手がぶちん、と音を立て、はらりと地面に落ちる。


「……力あるんだね、リリー」


 少し落ち込んだ様子のサマエル。

 触手が切れたことによってセトの拘束は解け、自由になった手足を動かす。


「あ、ありがとうございます。イヴ兄様……と、リリス」

「セト、大丈夫?」

「ああ……大丈夫だ。それより、俺も……兄様たちを、助けなきゃ!」


 アダムとアークの元へ駆けようとするセトを、サマエルの腕が静止する。


「馬鹿。あんなヤバいモノ相手にどうやって非力な俺たちが戦うのさ。そんなことよりも、俺たちにできることをやらなきゃ」

「俺たちに、できること……?」


 サマエルが、左側の壁にある扉を指し示す。


「あくまでも黄昏ダクスの予想だけど……あの扉は、地上に繋がっているんじゃないかって話だ。あそこを調べて、リリーとセトは、先に地上に戻った方がいい。元天使と黄昏ダクスなら大丈夫でしょ。足手まといがいなきゃ上手くやれるハズだ」

「そんな……兄様たちは、どうするのですか?」

「俺たち? 俺たちは肉体がないから、地上には帰れない。何とかして死の王から逃げて、ヘルムに帰るよ」

「兄様たちと、ここで、お別れなんですか!?」

「はあ? 何をあたり前の事言ってんのさ? 死んでるんだよ、俺たち」

「そ、そんな……」


 セトの目に、じわりと涙が浮かぶ。

 頭では解ってはいたけれど、認めたくなかった。地上に戻ったら、もう二度と、兄たちには会うことが出来ないということが。


 このまま、ちゃんとしたお別れも言えないまま、また、兄と別れなくてはいけないのだろうか——


「セト! エル! こっちに来て! 扉が重くて、全然開かないの!」


 いつの間にか扉の前まで移動していたリリスが声を上げる。


「ほら、セト。急げ、ぼさっとしない!」


 サマエルに背を押され、前へと進むセト。

 後ろ髪を引かれる思いで扉の前に立ち、リリスとサマエルと共に力を込める。

 だが——扉はびくともしない。


「駄目だわ、皆で押しても開かないなんて!」

「これ、俺たちが非力なの? それとも特別な術でもかかってるの?」

「解らないわ、どうしたらいいの!」

「くそっ……一体、どうすれば……」


 セトが言いかけた瞬間——背後からぞくり、と、冷たい視線を感じる。



「逃がさぬぞ……姫」



 後ろに、死の王が立っている。

 アダムたちが今まさに竜と戦っているというのに、白髪の美丈夫の姿の死の王が、そこにいる。


「こいつ……分裂できるのか!?」


 サマエルが叫び、セトとを庇うように抱きしめる。


「い、イヴ兄様!」

「どけ、姫をこちらに渡せ」


 死の王は腕を刃物のように変形させ、サマエルに構える。


「……嫌だって言ったら?」

「そうか……ならば、消えてもらう」


 死の王が腕を後ろに引く。セトはサマエルにしがみつき、目を瞑る。

 グシャリ、と、肉に刃物が突き刺さる音が耳に入る。

 恐る恐る目を開けると、サマエルと死の王の間——死の王の腕が脇腹に突き刺さった状態で、アダムが立ち塞がっていた。


「兄様!」


 悲痛な叫びを上げるセト。


「イヴには……指一本触れさせない……!」


 苦痛に顔を歪めながら剣を振り、アダムが死の王の身体を切り裂く。死の王の身体は再び黒い液体へと変わり、地面に溶けていく。


「ぐっ……!」


 血のようなものを吐き、倒れるアダム。


「兄様! イヴ兄様! 兄様が!」


 セトは泣きながら、倒れる兄の傍へと寄る。


「まずいな……ここまで魂が傷つくと、人間の形を保てなくなるかもしれない……!」

「そうなると、どうなるんですか!?」

「このままだと兄上は……壊人デソレイターになる」

「そんな! 兄様を助けてください! 兄様!」

「うるさいなあ! 俺だって嫌だよ! 兄上が壊人デソレイターになるなんて!」


 サマエルの声が震えている。セトもどうしたらいいのか解らず、涙が溢れてくる。


「オーロラ! こっちに来て! アダム殿下が!」


 リリスが叫ぶと、オーロラがこちらに気が付いて寄って来る。


「大変……魂が損傷してる。早くおばあちゃんのところに連れて行かないと!」


 オーロラはアダムの傷口を抑え、焦る様に口にする。


「オーロラ、オーロラは兄様を治せるのか?」

「ううん、僕には治せない。僕たち死の国の人たちは、肉体があるわけじゃないから縫うわけにもいかない。おばあちゃんのところにいけば、魂の増強薬があるから壊人デソレイターになるのを食い止められるかもしれないけれど……魂そのものを修復することはできない。魂ごと修復する……そんな奇跡みたいな術を使える人なんて、いたとしてもイヴだけだよ!」

「イヴ……? イヴならできるかもって……?」


 サマエルがセトを見る。


「え、でも、俺、治癒の神道術テウルギアなんて使ったことなくて……」


 セトは焦り、口ごもる。


「一か八かやってみるしかないんじゃない? ほら、急ぐ! 俺がコツを教えるから! その通りにやれ!」

「は、はい!」


 オーロラと代わり、セトはアダムの傷口に手を添える。


「いい? 余計なことは考えなくていい。ただ、兄上のことを考えて、人差し指の先に自分の体温の全てを集めるように念じて!」

「はい!」


 セトは深呼吸する。目を閉じ、そして念じる。

 セトの手元が薄く光り、アダムの傷口が少しずつ塞がっていく。


「できる! 俺、できます!」

「何も言わなくていい! 集中しろ!」

「す、すみません!」


 セトとサマエルのやり取りを横目で見つつ、リリスは立ち上がる。


「アーク! アダム殿下はセトが何とかするわ! それよりも門が開かないの! どうすればいい!?」

「……死の王め、厄介な術をかけているようだな……」


 アークは舌打ちし、そして叫ぶ。


「エクス!」

「ふぇっ? 何だ!」

「俺を投げろ!」

「投げろって……? どういうことだ……?」


 するとアークは地面を蹴り、空中で黒猫の姿に変化する。そのまま宙で一回転すると、エクスの肩の上にすとんと着地する。


「おお……お前、猫になれるんだな!」


 愛らしい姿になったアークに、エクスが目をぱちくりとさせる。


「俺を、奴の頭の上まで投げろ」

「わかった! 行くぞ!」


 エクスは猫の姿になったアークを両手で持ち、天井目掛けて放り投げる。竜の頭上で人の姿に変わったアークは、そのまま下に向かって構える。


「さあ、遊びは終わりだ。死の王よ、吹き飛べ!」


 アークの手刀が、竜の頭を真っ二つに割る。

 竜は断末魔の声を上げ、ドロドロとした黒い液体へと姿を変える。


「リリー!」


 竜を片付けたアークが、扉の前まで駆けてくる。


「見て、アーク。この扉、開く?」


 アークが扉に手を添え、そして唸る。


「開かないことはないが……少々、時間がかかるな」

「時間? どのくらい?」

「頑張れば、十分ぐらいかな……だが……」


 瞬間——背後で黒い液体が動く。

 複数の液だまりが盛り上がり、そこから死の王が姿を現す。


「逃がさぬ……姫の魂は、私のものだ……」


 五十体ほどに分裂した死の王が、ゆらりとこちらに迫って来る。


「アーク、私が戦うわ」


 リリスは一歩前に出て、死の王たちを見据える。


「私が時間を稼いている間に、アークは扉を開けて」

「……できるのか?」

「やってみるわ。エクス、力を貸してくれる?」


 リリスはエクスに右手を差し出す。エクスはキラキラと瞳を輝かせて、リリスの手を取る。


「もちろんだ! 俺はリリスのものだからな!」


 瞬間——エクスが剣へと姿を変える。

 リリスはエクスを手にし、一回、二回、頭上で振り回す。


「あと、オーロラ。私とエクスの為に歌ってくれる?」

「え? 僕?」


 きょとんとするオーロラ。リリスは微笑み、オーロラを見つめ返す。


「嬉しい! 僕もリリスの力になれるなんて! 聴いて、超頑張る!」


 オーロラは息を吸い、そして歌い始める。歌を受け、エクスの剣が鋭く、大きくなる。



「さあ、かかってきなさい、死の王!」



 リリスは叫び、死の王へと振りかぶった。

 


お読みいただきありがとうございます。


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