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ダクスの女神  作者: 森松一花
番外編
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第18話 沼地の魔女 Ⅱ

「へえ、じゃあ、アリ……今はリリスって呼んだ方がいいかな。リリスはうっかり魔窟から死の国に落ちたエッちゃんとセト様を追って、ここに来たと。そして一時は合流したけど、セト様が死の王と思われるものに連れ去られたと。死の王からセト様を取り返して、地上に戻る……それが目的ね」


 神妙しんみょうに腕を組みながら、オーロラが口にする。


「ええ。だから、そのために、毒沼を渡っていかなきゃいけないの。でも、普通の方法じゃ渡れないって言うから……」


 リリスはオーロラの後ろにいる、番人へと視線を移す。


「……死の王に連れ去られた子。その子は、特別な魂を持っているようだね」


 番人は手を擦り合わせ、静かに口にする。


「……ああ。イヴの魂だ。神のお気に入りってやつだな」


 アークが薄笑いを浮かべ、答える。


「そうかい。どうりでねえ……ひょひょひょ」

「え? おばあちゃん、一人で納得しないでよ。僕やリリスにも説明して!」

「しょうがないねえ。オーロラのお友達だっていうから、特別だよ……」


 番人は一呼吸置き、そして話始める。


「これは、死の国に伝わる昔話だ。はるか昔……天の国には、二人の『神』がいたという。二人の神は……そうだね、親友とでも言おうか。なんともまあ、仲睦まじく暮らしていた。しかし、ある日を境に、二人は仲違いする。一人は天上に残り、一人は地下へと追いやられた。地下に追いやられた神は、天上にいる神を恨んでいる。そして天上の神に嫌われた、霊無き魂たちを囲い込み、いつしか天上の神に復讐をしようとしている。地下の神が住まう場所は、後に『死の国』と呼ばれるようになり、地下の神は『死の王』と呼ばれるようになった……そんな感じだね」

「それは……本当の話なんですか?」

「解らない。本当かもしれないし、嘘かもしれない。だけれども、これが本当だとすると、死の王は神に復讐するために、イヴの魂を利用するかもしれないね」

「そ、そんな! どう利用するんですか!?」

「さあ……人質にするか、イヴの魂を使って兵器でも作るか。そこは死の王にしか解らない。けれども、本来、絶対に死の国に来ることがなかったイヴの魂。それが現れちゃったんだ。死の王としては、手中に収めたいだろうよ……」


 番人が話し終えると、辺りはしんと静まり返る。


「う~ん、なんか、まずいことになっちゃったっぽいね? もしかしたら、死の国と天の国で、全面戦争が起こるかもってこと? そうなったら、死の国の住人である僕たちにも危険が及ぶかもってこと?」


 オーロラが複雑な顔をする。


「そうなるかもねえ。そうなったら恐ろしいねえ……ひょひょひょ」

「た、大変だわ。はやくセトを見つけて、元の場所に帰らないと!」


 焦燥しょうそうするリリスとは対照的に、番人は落ち着き払っている。そしてゆっくりと動き出すと、壁に掛かっている杖を手にする。


「仕方ないね、非常事態だからね……今回だけだよ。特別に、沼を渡らせてあげよう。この杖は、特別な呪いがかかっている。これを持っているものを、沼は避けていく。でも、よそ者に貸すことはできない。オーロラ、一緒に行ってあげなさい」

「はーい! 任せて!」


 オーロラは番人から杖を受け取り、それを掲げてポーズを決める。


「い、いいの? オーロラ。死の国の王に会いに行くのよ? 危険が——」


 リリスが言いかけると、オーロラがリリスの唇に人差し指を添える。


「心配しないで、リリス」


 オーロラはにこりと微笑み、そして告げる。


「僕は、好きな女の為なら死ねる女さ! ついてきて!」



* * *



 オーロラを先頭に、リリスたちは毒沼の前へと立つ。


「じゃ、皆。僕から離れないでね。この杖の効果は半径二メートルぐらいだから。それより離れたら毒がかかっちゃうよ」

「わ、解った」

「じゃ、おばあちゃん、行ってきます!」

「気を付けるんだよ。死の国の王によろしく……なんてね」


 番人に見送られ、リリスたちは沼地の底を行く。

 杖を持つオーロラを避けるように、沼のどす黒い水が真っ二つに割れていく。


「なんか、凄い光景ね……」

「ふふ、リリス。僕から離れないでね! 男どもはうっかり毒がかかっても別にどうでもいいけど!」

「冷たいな、オーロラ。俺とお前の仲だろう」

「アークとは契約してただけだもん! 契約の切れた今、どうなったって知ったこっちゃないね!」


 オーロラがアークに向かって舌を出す。そんな光景が、何だか懐かしい。


「ふふ……オーロラが元気で、本当に良かった。オーロラは、死の国に来てから、ずっと番人のおばあさまのところにいたの?」


 リリスが問うと、オーロラは、うん、と頷く。


「僕はね、死の国に来て思ったんだ。ここ、死の国にはどうしようもないクソ野郎も多いけれど、そうではない、純粋な子どもたちも沢山いる。そういった子どもたちが天の国へと行ける方法がないものか……それを調べていた。そして辿り着いたのが、死の王に詳しい、おばあちゃんってわけ。おばあちゃんのお手伝いをしながら、死の国について色々探ってるの。まあ、まだ天の国に行く方法はわからないんだけどね!」

「そうなの……何だか、オーロラらしいわ」

「えへへ、褒められた! リリスはどうなの? 地上では二年ほど経ってるんだっけ? どうしてたの? クロっちは元気?」

「ええ。私は、ずっとエディリアで暮らしている。悪霊デーモンと天使と暮らしているから、普通の人の生活とは言えないけれど……クロエとは今でも、お店でよく喋るのよ」

「そっか。それならよかった。リリスが幸せに暮らしているなら、僕はそれでいい」


 オーロラは満足そうに微笑み、前を見る。


「……オーロラ殿、この先には何があるんだ?」


 リリスたちの後ろを歩くアダムが、口にする。


「この先には、穴がある。ほら、もうすぐ見えるよ」


 沼が終わり、ごつごつとした岩道へと出るリリスたち。

 しばらく歩くと、全長十メートルほどの、深い穴が見えてくる。穴の他には何もなく、穴の先も岩で塞がれている。


「……この穴、何なの? まさか飛び降りるとか言わないよねえ?」


 嫌そうな顔をして、サマエルが口にする。


「その『まさか』です!」


 オーロラが元気よく告げる。


「えー! やだ! もう俺、穴に落ちたくない!」


 エクスが涙目になりながら、リリスに抱きつく。


「でも、この先に死の王がいるんだよ? 多分ね!」

「多分って、何よ? オーロラ」

「運が良ければ、死の王の所に行けるってこと!」

「……悪かったら?」

「何処に出るか解らない!」

「……それ、やばいやつじゃないの?」


 リリスは顔を青くする。他の皆も、同じような顔をしている。


「でも、これしか方法がないんだよ。どうする? 覚悟はある?」


 オーロラが皆に視線を送る。皆は黙って、目の前の穴を見つめている。


「……まあ、やってみないと解らないしな」


 諦めたように、アークが口にする。


「……迷ってる暇は、ないしな」


 同じく、覚悟を決めた様子のアダム。


「え~! 嫌だ! 俺は嫌だよ! 何でセトの為にこんなことしないといけないの? 帰りたい!」


 泣き言を言うサマエル。


「仕方ないわ……皆、手を繋ぎましょう」


 リリスはエクスとアークの手を強く握る。アダムとオーロラ、渋々、サマエルも手を繋ぐ。


「さあ、絶対手を離さないでね! 行くわよ!」


 リリスは覚悟を決め、叫んだ。



「首を洗って待ってなさい! 死の王!」

お読みいただきありがとうございます。


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