表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダクスの女神  作者: 森松一花
番外編
151/158

第13話 幼き日々 Ⅱ

 きらびやかな装飾が施された、王妃の部屋。豪奢なソファーに腰かけたベアトリーチェは、いつになく上機嫌な顔をしている。


「アダム、久しぶりね。少し、大きくなったかしら」

「興味のあるフリをして頂かなくても結構です。何用でしょうか、母上」

「ふふ……話が早くて助かるわ」


 ベアトリーチェは立ち上がり、アダムの前に立つ。そのまま屈むと、アダムの瞳を真っ直ぐに見つめる。


「アダム。貴方にね、新しい弟ができたの」

「……弟なら、既に五人ほどいるでしょう。何を改まって……」

「第三王子ノアと、第四王子イサクの間にね、今まで公にしていなかったけれど、もう一人王子がいるの。だから、今日からイサクは、第五王子になるわ」

「……公にしていなかった弟?」


 ベアトリーチェの黒い瞳に映る自分を見ながら、アダムは疑問を浮かべる。


「そう。その弟こそが、『イヴ』。貴方が生涯を賭けて守るべき、相手」

「……は?」


 頭から水を浴びたような、衝撃が走る。突然そんなことを言われても、理解が追い付かない。


「イヴって……? そんな、何で、急に?」

「イヴはね、生まれた時から身体があまりにも弱くて……長く生きられる保障がなかったの。皆をぬか喜びさせるわけにはいかないでしょう? だから、体調が安定するまで、存在を隠していたの。今年で五歳になるわ。とても可愛い子よ」


 意気揚々と語るベアトリーチェを不審に思い、アダムは口を開く。


「そんなの……信じられると思いますか? イヴが生まれていたのなら、天使から名を貰った時に大騒ぎになるハズでは?」

「アダム」


 ベアトリーチェの強い口調に、アダムはびくりとする。


「信じる、信じないじゃないの。貴方は、イヴを守る。それだけでいいのよ。詮索はいらないわ……少しは私の役に立ちなさい、解るわね?」

「……はい」


 アダムが答えると、ベアトリーチェは満面の笑みを見せた。



* * *



(おかしい……絶対におかしい。イヴが生まれている? そんなことあるか?)


 長い廊下を歩きながら、アダムは思案する。


(急に、五番目の弟がいて、それがイヴだなんて。民に存在を隠すことはあるかもしれないけれど、王家のものにまで存在を隠すなんてことあるのか?)


 アダムは歩みを止め、重厚な扉を目の前にする。

 ここは、代々イヴが使用している、特別な部屋。

 ベアトリーチェに言われてやってきてはみたものの、アダムの心の中は不信感で一杯だ。


(まあいい。ベアトリーチェの言う、『イヴ』とやらを、一度見ておこう。本物かどうかは……きっと、俺が見れば、解る)


 己はイヴとして生まれてくることはできなかったが、アダムにも一つだけ、特別な力がある。イヴを守るためだけに備わったその力——ベアトリーチェが知らないはずがないのだが。

 アダムは息を深く吸い、扉を叩く。


「……はーい?」


 姿を現したのは、小さな太陽みたいな、子ども。

 先祖代々のイヴと同じように、繊細に輝く金色の長い髪。だが、零れ落ちそうなほど大きな瞳は——死を連想させる、紫色。


 一目見て、解った。彼は、『イヴ』ではない。彼はベアトリーチェによって仕立て上げられた、偽物の『イヴ』だ。


 それなのに、何故だろう。心の中に沸き上がる、この嬉しさは。


 今日からこの子が、自分の弟になる。この美しい子どもが、自分の『イヴ』になってくれる。

 イヴとして生まれてこれなかった無意味な人生が、この子どもによって、意味のあるものに変わる——


 踊り出したいぐらいに弾む心を制し、アダムは静かに口にする。


「……初めまして、だな」



 ——そうして、俺と、『イヴ』は出会った。

 イヴは暗黒街で育っただけあって、自由奔放で、本当に何も知らない子どもだった。


 可愛かった。

 俺を慕い、いつも部屋に行くと嬉しそうにしてくれた。

 イヴの笑顔は、寂しさで捻くれた俺の心を、溶かしていった。

 

 満たされる庇護欲と、自尊心。

 偽物だとか、本物だとか、そんなことは最早どうでも良くなった。


 イヴを守りたい。

 イヴの目に映るものを、美しいもので満たしてやりたい。嘘でも何でもいいから、輝く王都を、穢れなき目で見ていて欲しい。

 そのためだけに存在していると言われても、本望だと思った。


 俺は、イヴと、この地を守る。

 そう、心に誓った。



* * *



「兄上~、これから、何処に行くの?」


 不安そうにこちらを見上げるイヴの手を引き、廊下を歩く。


「中庭だ。俺の友達に会わせたいんだ」

「嫌だ、怖い。お部屋に帰りたい……」

「兄上の友達だぞ? 怖くないさ」


 尻込みするイヴの背を軽く叩き、中庭に入る。


「オルランド」


 声を掛けると、ベンチに座っていた銀色の頭がこちらを向く。


「アダム! と……その子は? 可愛い子だな、弟か?」


 オルランドがイヴへと視線を移す。イヴは恥ずかしそうにして、アダムの後ろに隠れる。


「ああ。俺の弟の、イヴだ」

「イヴ……げ、猊下げいか!?」


 目の前の子どもがイヴであったことに、オルランドは目をしばたたく。


「も、申し訳ありません。可愛い子だな、とか言って……」


 オルランドがかしこまると、イヴは首を横に振る。


「イヴ、オルランドはな、修道院学校に通ってるんだ」

「学校……?」


 興味を持ったのか、イヴがオルランドの顔を見上げる。


「ああ、そうです。綺麗な学校ですよ。花がたくさん咲いてて、本がたくさんあります」

「本当? どんな本があるの?」

「どんな本でもありますよ。絵本もあります」

「いいな! 学校、行ってみたい!」

「行くのは無理かもしれませんが……今度、猊下のために本を借りて来ましょうか?」


 オルランドの言葉に、イヴは目を輝かせる。そんな姿を見て、アダムは胸をなでおろす。



「殿下たち~! おやつの用意ができましたよ~!」



 中庭に、軽やかな女の声が響く。


「マリア、待ってたぞ。ほら、イヴ。お茶にしよう」

「お菓子?」

「そうだ、お菓子だ」


 中庭のテーブルに、マリアが菓子を広げる。イヴはそれを見て、わあ、と、嬉しそうな声を上げる。


「はちみつのクッキー、ある?」

「はい、ありますよ。たくさん食べてくださいね。オルランド様もどうぞ!」

「僕もいいのか? 悪いな、マリア」

「皆で食べると美味しいですから。ね、アダム殿下!」

「ああ、そうだな」



 ——イヴがいて、オルランドがいて、マリアがいる。

 鬱々(うつうつ)としていたはずの俺の日常は、いつの間にか、たくさんの幸せであふれていた。


 俺は、孤独ではなくなった。

 毎日が楽しくなって、まるで、イヴが幸せを運んできてくれたみたいだ、と思った。


 だが、そんな幸せはいつまでも続かない。

 とある朝、訓練場に足を運ぶと、いつもの険しい顔を、更に険しくさせたパーシヴァルがいた。



 そして、パーシヴァルの口から語られたのは——マリアの、訃報だった。


お読みいただきありがとうございます。


続きが気になる、と思っていただけた方は、ブックマークや、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ