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ダクスの女神  作者: 森松一花
番外編
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第12話 幼き日々 Ⅰ

——生まれた時から、俺はエディリアの、第一王子だった。


 住む場所も、着る服も、食べるものも保障され、何不自由なく過ごす代わりに、剣を持ち、民や家族を守ることを義務付けられた存在。

 そこに俺の自由意志などはなく、生まれてから死ぬまで、ずっと俺は王子であり、王となりえる存在。この命は俺のものではなく、この地のためにあった。


 多忙故に、たまにしか顔を合わせることのない父上と、こちらと目線すら合わせようとしない母上。腫れ物にさわるように接してくる騎士たちに、幼く、関わりの薄い弟妹。


 孤独だった。だが、その孤独は、他でもない俺のせいだ。


 俺は、『イヴ』に生まれてくることが出来なかった。誰もが『イヴ』を望んでいたのに、俺は天使に選ばれなかった。


 母上が俺のことを嫌いなのも、仕方のないことだった。だから、いつも他の人の迷惑にならないように、人目のつかない所で、一人で過ごしていた。



* * *



 そよそよと風の吹く、静寂な場所。

 城の裏扉を出ると広がっている森で、今日も一人、アダムは空を見上げている。



「あ、こんなところにいた」



 やわらかな、美しい声が響く。

 声の方を向くと、黒のドレスに白いエプロンをつけた、若い女がこちらに寄って来る。金色の細い髪を肩ぐらいで切り揃えた、薄い灰色の瞳の、美しい人。


「なんだ……マリアか」


 アダムは面倒くさそうに溜息を吐き、女から目線をらす。


「なんだ、マリアか。じゃありません。アダム殿下、またお勉強をサボって。いいですか? 幼い頃からちゃんと学んでおかないと、立派な王になれませんよ? 陛下もいつも言っているでしょう」


 マリアと呼ばれた女性は胸を張り、たしなめるような口調で言う。


「父上は最近、おれよりも新しい王妃に興味があるようだ。サボったところで、きっと何もいわれない」

「そんな訳ないでしょう、アダム殿下。私も一緒に謝りますから、今からでも先生のところに行きましょう」


 マリアに左手を掴まれるが、それを振り払う。


「学んだって、何にもならない……おれは、誰からも必要とされてない。『失敗作』だから」

「……何故、そんなことを言うのですか」


 怒ったような、悲しんでいるようなマリアの声に顔を上げる。美しい顔を歪めて、マリアが続ける。


「アダム殿下。少なくとも、私やパーシヴァル様は、貴方のことを失敗作だなんて思っていません。イヴが生まれてこない? それがどうしたっていうんですか。イヴや天使なんてこの世にいなくても、人は自分たちの力で、幸せに生きていけるんです。だからアダム殿下も、ご自分の力で、未来を切り開けるんです」

「……天使やイヴを悪く言うだなんて、マリアは『不敬』だ」

「不敬でも何でも結構です。私は天使には祈りません。守りたいものは自分で守るし、なりたいものには自分でなると決めているのです。ほら、殿下。立ってください」


 マリアに無理やり引っ張られ、アダムは立ち上がる。


「……変わってるなあ、マリアは」

「お褒め頂き、光栄です」

「別に、ほめてない」

「あれ? そうでした?」


 マリアがけらけらと笑う。その笑顔を見る度、心の中にある黒い塊が、少しだけ溶けていく感じがする。


「殿下にもきっと、守りたいものや、なりたいものが見つかります。そのために、今は力をつけなくてはなりません。一人でできることが増え、知っていることが増えると、可能性が広がります。だから、大人になるまでに、頑張ってお勉強をするのですよ」

「何歳になれば、大人なんだ?」

「うーん、難しい質問ですね。一応は、この地では十八歳以上を成人としてますけど」

「あと、十三年も勉強しなくちゃいけないのか?」

「いいえ、大人になってからも勉強は必要です」

「それなら、大人になってもいいことないじゃないか」

「そんなことないですよ。大人になったらお酒も飲めるし、結婚もできます」

「大人になったら、マリアはおれと結婚してくれるのか?」

「え~! 殿下が大人になる頃には、私はおばさんですって!」



 ——そう言って笑うマリアは、とても綺麗だった。

 俺は子どもで、彼女より小さな自分を、苛立たしく思った。


 彼女の思想は、俺に大きな影響を与えた。

 彼女の言葉の通り、俺は強く、賢く、早く大人になろうとした。

 不吉の象徴だとか、『大悪霊アークデーモン』に似ているだとか、そんな声はどうでもいい。そんな噂に負けないぐらい、俺が立派になればいい。


 そうすれば、母上だって、きっと認めてくれる——

 その頃は、そんなくだらない、『期待』を持っていた。



* * *



 その日、アダムはいつも通り、訓練場で剣術の自主練習を行っていた。


「四百九十八、四百九十九、五百……!」


 訓練用の剣での素振りを終え、一息ついた時——



「はーっはっは! 見つけたぞ!」



 背後から、頭の悪そうな悪役じみた声が耳に入ってくる。

 振り向くと、よわい十ごろの、自分と同じぐらいの少年がいる。短く切った銀髪の髪と黄金の瞳を輝かせ、少年は口にする。


「今日こそ、君に勝つぞ! 第一王子!」

「えーっと……誰、だ?」


 アダムが口にすると、少年はがくりと上体を崩す。


「オルランドだ! 前に剣術大会で戦っただろう! おじい様は第三十九代目ダリア隊隊長、お父様は親衛隊隊長のオルランドだ!」

「ああ、そう……」

「興味なさげだな!?」


 オルランドという少年はふう、と息を吐くと、持参した木剣を高らかに掲げる。

「僕は、修道院学校で一番強いのだ! それなのに……この間の陛下御生誕祭での模擬戦、君に手も足も出なかった! 僕がどれだけ悔しい思いをしたか……いや、それはどうでもいいのだ。今日こそ特訓の成果を見せるときだ! 僕と勝負しろ!」

「え、今からか?」

「今からだ! 君が王子だからって僕は容赦しないからな! どうせ周りにちやほやされて育ったのだろう! 世界が認めても僕は認めないからな!」


 こちらを指差して吠えるオルランド。少々面倒くさいが、対戦しないことには引き下がってくれなそうだ。


「わかった。いいだろう……先に言っておくが」


 アダムは手にした訓練用の剣を構え、オルランドを見据える。


「泣かしたら、ごめんな?」



* * * 



「クッソ……何故だ。何故勝てない……」


 地面に転がるオルランドが、恨めしそうに呟く。


「……悪くなかったぞ?」

「慰めなどいらないのだよ!」


 オルランドは頭を掻きながら立ち上がり、アダムを見る。


「王子は、どんな特別な訓練をしているんだ?」

「別に。普通の騎士の訓練項目だ」

「素振りは一日何回だ?」

「五百回を、朝と晩に」

「体力づくりには?」

「森の中を、走ってる」

「何を食べてるんだ?」

「……肉、かな?」

「他には……!」

「わかったから、近い、近いって。そんなに色々聞いてくれるな。恥ずかしいだろう」


 ものすごい形相で迫って来るオルランドを押し戻す。


「す、すまん……むう、何故だ。どこで差が出るんだ……?」


 真剣な表情を崩さないオルランドを見て、何だか可笑しくなってくる。


「お前、面白い奴だな」

「面白い? つまらないと言われることの方が多いのだが?」

「いや、面白いって。こんなに面白い奴、初めてだ」


 くつくつと笑っているアダムをオルランドが睨む。アダムはひとしきり笑った後、目頭を拭って口を開く。


「オルランド、だったな……よかったら、俺と、友達になってくれ」


 オルランドは少し驚いたような表情をした後、口元を歪めて笑う。


「……まあ、そうだな。友達になれば、君の強さの秘密を少しは知れるかもしれないからな。いいだろう」


 アダムに向かって、オルランドの手が差し出される。


「よろしくな、えーっと……殿下?」

「アダムでいい。友達にはそう呼ばれたい」

「わかった、アダム」


 お互いに手を握り合い、微笑む。



「アダム様……アダム様!」



 穏やかな空気に包まれる場に、一人の騎士の声が響く。

 近づいてきたのは、王都騎士ダリア隊であり、アダムの剣の師である、パーシヴァル。


「パーシヴァル! どうしたんだ?」

「アダム様、王妃殿下がお呼びです。何やら、急いでいるご様子でした」

「母上が、俺を……?」


 母・ベアトリーチェが自分を呼びつけるなんてことは、今までに一度もなかった。アダムは不思議に思ったが、行かない訳にはいかないだろう。


「ごめんな、オルランド。また今度」

「ああ、また今度な」


 もう少し、新しい友と一緒にいたかったが、仕方ない。

 アダムはオルランドと別れると、城の中へと戻っていった。


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