表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダクスの女神  作者: 森松一花
第1章
15/158

第14話 夜の獣 Ⅱ

 エクスが出て行った後、一人になったアリスは居間のソファーに転がる。


 居間は父や母や妹がいた頃より、随分と散らかっている。昔は皆で、笑いながら一緒に過ごした場所なのだけれど。


悪霊デーモンと契約している人間がいるだなんて……聞いたことがない)


 エディリアでは、専門家以外が悪霊デーモンについて興味を抱いたり、研究することは罪になる。王都騎士団が厳重に取り締まっているのだ。

 そのため、アリス達が悪霊デーモンについて知っていることは少ない。ただ、夜になると現れ、人々を誘惑したり、子どもを喰らったりする化け物であるということしか知らない。狂悪霊インセインデーモン悪霊デーモンという違いがあることも初めて知った。


 本物の悪霊デーモンとはどのような姿をしているのだろうか。天使のように突然目の前に現れるものなのか。契約することができるということは、意思疎通が可能ということか。

 天使と違って、契約の時点で、願いを叶えてくれると言っていた。もしかしたら、リリスを生き返らせてくれる悪霊デーモンもいるのかもしれない——


 アリスは一瞬、悪い考えが頭に浮かんだのを打ち消す。


(伯母様の彼氏に力を使わせない方法なんて……)


 そもそも、何故、悪霊デーモンと契約するに至ったのかが解らないのだからどうしようもない。

 ミダスにも何か、不幸があったのだろうか。考えると、頭に顔が浮かんで嫌な気分になる。考えすぎかもしれない。あの男は伯母と付き合っているのだし、年齢の離れたアリスに興味があるとは思えないけれど——あの視線を思い出すと寒気がする。


(とりあえず、差出人を書かずに、注意喚起ちゅういかんきの手紙でも書こうかな……それぐらいしか私にはできないもの)


 思い立ち、居間の戸棚を開けて便箋びんせんを手にする。それを机の上に置き、文章を考える。

 

 少し経って、玄関の扉が開いた音がする。


「エクス? 帰ってきたの?」


 アリスが居間から扉の方を覗くと——



「やあ、アリスちゃん」



 そこにいたのはミダスだった。くせ毛の茶髪に無精髭を生やした、いつも通りどこかだらしのない姿に、気色の悪い笑顔。

 伯母の姿は見当たらない。


「……伯母様は?」

「ああ、伯母さんはね、友達の家に寄ってから帰るから、二時間後ぐらいになるみたいだよ。先に家にいてくれって言われて、鍵を渡されたんだ」

「そう……ですか」


 アリスは急いで机の上の便箋を回収し、自分の部屋に行こうとする。一刻も早く、二人きりであるこの状況を脱したい。


「アリスちゃんってさ……伯母さんのこと、どう思ってる?」


 ミダスが話しかけてくるが、アリスは素っ気なく答える。


「別に……」

「正直、上手くいってないよね?」

「そんなことないです……」



「殺してあげようか?」



 思わず、足を止めてしまう。


「おじさんにはね、気に入らない人を簡単に始末できる力があるんだよ。王都騎士団にもバレたりしないよ。どう? 伯母さんのこと、消したい?」


 まさか、悪霊デーモンの力を使うとでもいうのだろうか——


「アリスちゃんがおじさんとイイコトしてくれるならさ」


 そう言ってミダスはアリスに近づいてくる。アリスは後ずさり、居間の中央まで下がる。


「願い、叶えてあげてもいいよ」


 ミダスはアリスの腕を強引に掴み、そのままアリスの身体をソファーへと投げ飛ばした。警戒はしていたのに、反応できなかった。手にしていた便箋は宙に舞い、叩きつけられた衝撃に呼吸を忘れる。


「うっ……!」


 小さく呻いたアリスの身体の上に男が被さる。汗臭い男の臭いが充満し、恐怖で身体が硬直する。


「アリスちゃん、本当に残念だよね。王子様との結婚が決まってなかったら、俺のものにしてあげたのにな」


 耳元でささやかれ、吐き気がするほどの不快感に身体が仰け反る。


「まあいいか。どうせこれから王子様とヤりまくるんだ。その前に俺が教えてあげるよ」


 意識はあるけれど筋肉が硬直して身体が動かない。声を出そうにも発声が抑制されている。抗えない。抗うと何をされるかわからない。全力で抵抗したところでこの体格差では敵うはずもない。

 抵抗しないことを受容と思ったのか、ミダスは行為を続ける。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。可愛いね」


 可愛い——なんて残酷な言葉だろう。

 相手を人間として見ていない証だ。


 アリスの中に湧いた怒りは、わずかに声を発する力となる。


「……やめてください……気持ち悪いっ……」

「ははは……つれないなあ」


 ミダスはアリスの細い首をめる。


「可愛いんだから、可愛くないこと言っちゃダメだよ」


 手に力を込められて、呼吸ができなくなる。


「かはっ……ぐっ……!」


 自分の下で藻掻くアリスを見て気分を良くしたのか、ミダスは力を緩める。


「大人しくしてれば酷くはしないからさ……」


 息を荒くしたミダスがアリスの服に手をかけようとした瞬間——



「ミダス? 何しているの?」



 居間に女の声が響く。


 声がした方向を振り返ると、そこにはヘロディアスが立ち尽くしている。ミダスもアリスも、彼女が帰ってきたことに気がつかなかった。アリスに被さっていたミダスが上体を起こし、ヘロディアスへと身体を向ける。


 逃げるなら、今だ——


 アリスはミダスを押しのけ、居間から飛び出す。そのままの勢いでヘロディアスにぶつかったが、無視して家の外へと出る。


 アリスのいなくなった居間で、ミダスとヘロディアスは向き合う。


「え……どういうこと? 説明して? ミダス」

「あーあ……いいところだったのに。全く」


 悪びれる様子はなく、ミダスは面倒くさそうに立ち上がる。キッチンに向かい、椅子に掛けてあった鞄の中から札束の入った封筒を取り出し、ヘロディアスに渡す。


「これ、今まで借りてた金。返すからさ、別れてくれ」

「な……!?」


ヘロディアスは愕然がくぜんとし、ミダスに詰め寄る。


「このお金は何? 働いてないのにどうやって用意したの? 貴方、最近変わったわ! 何があったの? 教えて!」


ミダスはヘロディアスを無視し、家を後にする。


「行かないで! ミダス!」


ヘロディアスの悲痛な叫びは、日暮れの街に消えた。

お読みいただきありがとうございます。


続きが気になる、と思っていただけた方は、ブックマークや、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ